第21話 伝わる想い

 ‪華やいだ広間を突っ切った先のバルコニーに、ようやくその姿を見つけて声をかけた。

 ‬

「リンディ」‬


 ‪呼ばれた少女がふわりと振り返る。赤みを帯びた桃色の髪が揺れた。‬


「エバン」‬


 ‪花が開いたような微笑みに一時見とれて、エバンも笑顔を返した。


「ここにいたんだな。すごい人だらけでなかなか見つかんなくて」‬

‪「お祭り騒ぎよね。料理も豪華だし」‬


 ‪豪華絢爛な城の催しに場違いな気もするのだが、エバンら一行は王に感謝され、人々から祝福を受けた。

 ‪ロイルは挨拶回りに勤しんで、レウナは少し心配そうについて回っている。‬

 ‪ゼノは見た事もないような料理に舌鼓を打っていた。

 ‪そしてカイトスは人混みを嫌ってか、あるいは兵士時代の仲間に見つかりたくないからか、姿が見えなかった。おそらく一人で人目のつかない所へ行っているのだろう。


 ‪すっかり日が暮れ、美しく広がった星空を見上げながらエバンは言った。


「あの時……カンザの動きが一瞬止まった時さ、何か伝えてたのか?」


 ‪リンディは一度瞬きをすると、同じように空を見た。


「私の力を……私の苦しみを取ってくれてありがとうって伝えたのよ」‬


 ‪意外な答えにぽかんと口を開けたエバンだった。それから小さく吹き出した。‬

 ‪リンディもつられて笑った。‬

 ‪なごやかな雰囲気が二人の周りを包む。‬


 ‪ふと、エバンは佇まいを改めてリンディと向かいあった。


「あ……あの、さ」

「……何?」


 ‪真摯に見つめる緑色の瞳を見つめ返して、リンディは少し首を傾けて問う。‬


「俺、ずっと思ってたんだ。リンディはいつも俺を支えてくれて……信じてくれて。当たり前に思ってたけど不思議で」‬

「うん」


 ‪暫しの間の後、深呼吸したエバンは決意したかのように口を開いた。


「どうして、初めて会った時から俺を信用してくれたんだ?」‬


 わずかに沈黙が流れる。

 広間の賑わいを何故か遠く感じながらリンディの答えを待った。


「生まれて初めてだったの。話す言葉と心の声に、裏表がない人に出会ったの」

「……え?」

「色んな心を持つ人たちを見てきたわ。思い出したくもない醜い心も、複雑な心も。その中でエバンは一番真っ直ぐで、きれいな心を持っていると思えたのよ」


 星明かりに照らされたリンディの白い肌に目を奪われた。その頬がわずかに紅潮している。


「すごく、安心したの。びっくりするくらい。初めて会ったのに不思議よね。でも、私はずっと──エバンと出会った時からずっと、あなたを信じてるの」


 それから少しはにかみながら再び小首を傾げた。


「信じて、くれる?」

「当たり前だろ」


 吹き出しながら破顔した。

 そんな事だったのだ。そんな単純な事だった。


「なんだ、俺、いつも寄り添ってくれてるリンディに何か返したいとずっと思ってたけど……そっか。リンディを安心させる事ができてるなら、よかった」

「気にしなくていいのに。私はエバンと居られるだけで幸せよ」

「なら……これからもずっと側に居続けなきゃな。俺だってリンディと居るとすごくほっとする」

「えっ」


 突然の発言に、リンディの頬がさらに紅潮する。


「リンディと居ると、あったかくて、自信が持てて、優しい気持ちになれる。きっと、リンディの心がそうなんだ」

「エバン……」

「俺は……そんなリンディが──」


「おーい!エバン!」‬


 ‪突然乱入した声に、二人きりの雰囲気があっけなく霧散する。

 ‪思わずため息をもらしてしまったエバンだった。

 ‬

「ゼノ……」

「エバンを探してるみたいね」

 ‬

 ‪くすくすと苦笑混じりにリンディが言う。‬


「リンディ……」


 ‪何とも言えない表情のエバンに、リンディは優しく微笑んだ。


‪「大丈夫よ。わかってるから」‬


 ‪今度はエバンが首を傾げた。

 ‬

‪「エバン、今きっと私と同じ事考えてる」‬

「……リンディ」


 ‪二人はもう一度見つめ合って、同時に笑った。

 ‬

「あ、いたいた!なぁ、エバン。あっちの料理食べたか?すげーモンあったんだぜ!」‬


 ‪やって来たゼノがエバンの手をぐいぐいと引いて広間へ戻ろうとする。

 ‬

「わ、わかったから。そんなに引っ張るなよ」‬

 ‪

 騒がしいゼノに引かれていくエバンの背中を見送りながら、リンディは小さく呟いた。

 ‬

「私にとって、あなたは……一番大切な人だもの」




 *




 長い宴が終わった朝、エバンは故郷へ帰る支度を始めていた。

 どんなに英雄扱いされるれても帰る場所があるのだ。いつまでも母を心配させてはいられない。


「道中気をつけて」

「落ち着いたら遊びに来なよ」

「ありがとう。ロイル、レウナ。二人も気をつけて」


 二人はゆっくりリヴァウェイに戻ると言う。


「大丈夫。レウナが守ってくれるみたいだから」

「……なっ、何言って!」

「だってあの時『あんたはあたしが守るから!』って……」

「あー!うるさい!あ、あれはあんな状況だったから……!」

「じゃあ、もう守ってくれないのかい?」

「ちが……っ!そういう意味じゃ!!」


 真っ赤になって慌てるレウナを見て楽しそうなロイルであった。


「俺ん所にも来てくれよな!」

「あぁ、もちろんだ。ゼノ」


 ゼノは父ハンクと共にアルタイル隊と戻るらしい。隊の移動には時間がかかるのだ。


 それからまだ行き先がわからない人物を見上げる。


「……カイトスはどうするんだ?」

「俺は……」


 カイトスは今まで共に歩んできた仲間たちの顔を一通り見回すと、エバンに視線を戻して言った。


「俺はおまえたちの護衛も兼ねてイズールドまで行く事にしよう」

「え……!?」


 嬉しさと驚きで思わず口が開くエバンに構わずカイトスは続ける。


「それから、エンクロウへ──俺の故郷へ行こうと思う。もう一度、俺として歩いて行くために」


 エバンはその答えに満足すると同時に、カイトスの意外な表情に一瞬目を疑った。

 見間違いかと思い仲間を見回しても、それぞれ驚いたような顔をしている。

 そのまま隣にいるリンディに目を移し、徐々にそれが事実だと確信していった。

 エバンの表情がほころび、仲間たちにも微笑みが浮かんだ。

 本人は気づいていないだろうが、表情が乏しかったその顔は、今は僅かにだが口角が上がっているのだ。

 誰もが初めて見る、カイトスの「笑み」だった。

  



 やがて三人はイズールドへの帰路を歩き出した。

 それぞれの生活へ戻るために。

 新たな一歩を踏み出すために。

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