第20話 心の力

 ‪戦場の一角で、シリウスとアルタイルの両隊長が顔を合わせていた。‬


 ‪「これはアルタイルの。このような援軍、まことにもってありがたい。どうやって恩を返せばよいのやら」‬

 ‪「礼には及びませんぞ、シリウスの。元々はあなた方を叩くためだったのだ」

 ‬

 ‪思わず大犬の隊長は目をいた。

 確かに、つい先程まで自分たちは操られていたのだ。これには苦笑するしかなかった。

 ‬

 ‪「しかし、陛下の許可もなく出兵してしまった。どんな制裁があるやら……」‬

 ‪「それは我らも同じ事。まさか操られてカンザの奴にいいように扱われていたとは……嘆かわしい限りです」‬

 ‪「全くもって。それでは、お互い様という事で」‬

 ‪「裁かれる時は共に、ですな?」‬


 ‪笑みを浮かべ合った二人は、一度頷くと隊の指揮を取るため、それぞれの隊へ戻って行った。




 *




 ‪(なぜだ……なぜこんなにも感情が変わる……)


 ‪アルタイル隊の加勢により、全体の兵士の士気が上がった。‬

 感情が読める今、カンザの中には様々な思考が否応なく入り込んできていた。‬そのどれもが希望に満ち溢れ、カンザを煩わせる。


 (今だ!)

 (もう大丈夫だ!)

 (倒してしまえ!)


 ‪「うるさい、黙れ!」‬


 ‪叫びと共に剛紫破を地面に叩きつけた。‬

 一気にどよめきが消し飛ばされる。

 ‪しかしそれは一時的なもので、心の声は再び沸き上がった。


 ‪「くっ……何だと言うのだ。どいつもこいつも」‬


 ‪(それが、心を読む能力よ)


 ‪突如、語りかけるかのような声が心に忍び込んだ。

 ‪その声は元の能力の持ち主だった。意識的に思考を投げかけているため、声からは逃れられない。


 ‪(持っているだけで、こんなにもたくさんの声が聞こえてくる。とても辛い能力よ)‬


 ‪「何だと!?」


 視線を巡らして声の主の姿を探す。神器を振るう仲間たちの真ん中に、少女はいた。こちらに真っ直ぐ視線を向けて。

 ‬

 ‪(わかるでしょう?今はみんながあなたを倒すために一つになっている。もう勝ち目はないわ)‬


 ‪「黙れ!」‬


 ‪(だけど、あなたには伝えたい事があったの)


 ‪カンザはいぶかしげな顔になり、次の瞬間リンディの表情と声に驚愕した。少女は静かに微笑んでいたのだ。

 ‪そうして気を散らせているカンザの隙を狙って、カイトスが懐に飛び込む。


 ‪「吠えろ、呈黒天!」


 ‪気がついた時にはすでに刃は目の前だった。‬

 ‪防ぐのが一瞬遅れ、体勢が崩れる。


 ‪「エバン!」

 ‪「ああ!」


 ‪カイトスの言いたい事はわかっている。‬

 ‪エバンは名前を呼ばれる前から飛び出していた。

 ‬

 ‪「吠えろっ、金聖!!」‬


 ‪エバンは渾身の力を込めて斬り込んだ。‬

 ‪斧で庇う間もなくカンザに金の刃が直撃した。大柄な体が倒れ込む。‬

 ‪急所は免れたがまともに食らってしまった。‬

 ‪カンザは呻き声を漏らしながら立ち上がろうと体を起こし、壮絶な形相でエバンらを睨み付けながら怒号を飛ばした。


 ‪「しつこいやつらめ!まだわからんのか。俺はあの腑抜けに代わってこの国を大きくしてやるんだ!」‬


 ‪果たして聞いている者がいるのかさえわからないが構わず吠え散らした。


 「何が和平だ!笑わせる。俺がこの国をもっと大きく、強い国にしてやる!他国に二度と侵略されないよう、徹底的に叩きのめしてやるんだ!」

 「それで兵士や魔物を操ってたのか」


 割れ鐘のような声に、静かな声が割り込んだ。


 「そんな事を続けるから、戦がなくならないんだ。悲しむ人が減らないんだ」


 金聖を突きつけて、エバンはカンザを見つめる。その眼差しは悲しみにも似た色を浮かべていた。


 「国王様は、間違ってない。強く大きくなるためにする事は、力任せにねじ伏せたり従わせる事じゃない。想い合って、支え合う事だ!」


 ずっと側にいてくれた幼なじみ。力を貸してくれた仲間たち。故郷の家族や村人。今まで出会ってきた人々。

 その繋がりがあって、エバンはここまで来れた。


 「おまえは少しでも誰かを想って行動したのか?」

 ‪「うるさい!貴様らは黙って俺に従えばいいのだ!!」


 カンザは体を震わせ、赤を通り越してどす黒いほどの顔色で怒鳴った。

 ‪そうして再び剛紫破を取り上げようとした時、戦場全体に通る声が響いた。

 ‬

 ‪「導け銀翼ぎんよく。災いをもらたす者に裁きの鉄槌を!」‬


 ‪年老いてはいるが威厳のある声に誰もが動きを止めた。‬

 ‪その声に呼ばれ、雲一つない空から突如として稲妻が落ちてきた。‬それは魔物に直撃し、次々と他の魔物へ降り注いだ。偶然などではなく、狙っているようだった。‬


 ‪「……ばかな」


 ‪呆然とした声がカンザから漏れる。そのまま凍りついたかのように動きが止まった。

 ‪雷撃によって魔物はほとんど姿を消していた。生き残ったものは逃げるように辺りに散っていく。


 ‪砦の北にある山裾にいた声の主は、裾の長い白い服に身を包んでいた。頭には同じ色の高い帽子。手には銀色の翼が象られた杖が握られている。‬

 ‪立派な髭を蓄え、深いしわもあるが、瞳は切りつけるかのように鋭い。

 ‪その周りに黒装束の集団が膝をついている。中に見覚えのある薄水色の髪を見つけて、エバンが目を見張った。


 ‪「あれは……」‬

 ‪「兄さん……よかった」‬


 ‪息を整えてロイルが立ち上がる。‬


 ‪「知っている者は少ないが、兄は国王直属の隠密部隊の一員なんだ」‬

 ‪「国王、直属……!?それじゃあ、あの人は……」‬


 ‪喘いだエバンにロイルはゆっくり頷いた。

 ‬

 ‪「オリトン国王、カストル・ハウト・オリトン陛下だよ」‬


 ‪兵士たちが一斉に最敬礼をする。‬

 ‪エバンは今一度、その王の姿を見つめた‬。

 背筋をしゃんと伸ばし、戦場全体を捉えている。まさに上に立つ者の風格だった。‬

 銀翼と呼ばれた神器は、無事に王の手元へ戻ったらしい。ロイルがフリックの仲間──つまり、隠密部隊へ託したのも頷ける。


 ‪オリトン王は視線を巡らすと、戦場から少し外れた林の一角を指差した。


 ‪「そこにいる男とカンザを捕らえよ」‬


 ‪その声に応えて全兵士が動き出した。‬

 ‪魔物を恐れて隠れていた人物は、王の出現に姿を現わしてしまったらしい。


 ‪「ひ、ひぃ!」‬


 ‪捕らえられたのは、白衣を着た腰の曲がった白髪の老人だった。‪国王とは対照的に、情けない声を漏らしながら兵士に引きずられている。大きな丸い眼鏡の奥の瞳は完全に怯えきっていた。‬

 ‪カンザはそんな老人を見て眉にしわを寄せて舌打ちした。


 ‪「ちっ、ボイドめ。非力なのがわかっているなら、さっさと離れればよかったものを……」‬


 ‪ぼやいているカンザもついに兵士に拘束された。剛紫破が手から落ちる。


 ‪「せっかくここまで来たのを……せっかく女神にカギをかけてもらったのを……」‬


 ‪白衣の老人はもう無駄な足掻きこそしないが、口だけは達者に動いている。

 ‬

 ‪「疲れを封じてもらったこの体でシリウスの女神を作り出したのに、全て無駄になるとは……」‬

 ‪「全ての事情は隠密部隊に聞いた。両者、反逆の罪で終身牢獄行きとする」‬


 ‪王の言葉にボイドはがっくりと頭を垂れ、カンザと共に城へと連行されていった。‬

 ‪国全体を巻き込んだ事態はようやく終息へと向かい始めた。

 ‬

 ‪「国王陛下!」


 ‪そこへ二人の隊長が転がり込むように王の前へやって来てひざまずいた。‬


 ‪「我らアルタイル、陛下の許可もなしに挙兵してしまいました!」

 ‪「我らシリウスも、まんまとカンザの手にかかり、情けない事に操られていました!」‬

 ‪「このような失態、誠に申し訳ない限りです!」‬

 ‪「どうか我々に制裁を!」


 口々に許しを乞う二人を見て、国王カストルは微笑みを浮かべた。‬


 ‪「操られていたのは私も同じ事。それよりおまえたちのおかげで事態を終息できた。感謝しているのだよ」


 ‪隊長らは目を見開いた。何か言いたそうな二人を制して、王は兵士ではない人物へ話しかける。‬


 ‪「それからそこの少年たち……リンディ・ラミラとロイル・ドルーウェンだね」

 ‬

 ‪突然視線を向けられたエバンらは驚きに息を飲んだ。


 ‪「フリックから君たちの話は聞いている。本当に感謝しているよ。この場が片付いたら城へ招待しよう」


 ‪エバンはリンディと目を見合わせた。‬

 ‪生きている間に見れるとは思えなかったオリトン国城内に入る事が許されたのだ。‬

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