第39話 一難去ってまた一難

 ファミレスでの騒動から一夜明けた。俺は今、バイト先である『まさやんの本屋さん』で開店の準備をしている。


 といっても、もう特にすることはない。


 ホウキを片手に店内を見渡す。ホコリやチリ一つ無いといってもいい綺麗さだ。


「……、早めに来すぎたなぁ」


 昨日は家に帰ったら、疲れてすぐ寝てしまった。ぐっすり寝たおかげで、朝は早めに目が覚めてしまったのだ。家でダラけるくらいなら、『まさやんの本屋さん』に行こうと思い立ち、そして現在にいたる。


 店内の時計をみると、朝の9時だ。開店まであと1時間はある。


「まあ、ゆっくりと休んでればいいか」


 掃除用具を片付けて、レジカウンターの内側にあるパイプ椅子に座った。


 冷房の稼働する小さめの音が、しんとした店内によく響く。


「……、加奈は、さすがにまだ来ないか」

 

 開店の30分前くらいに来る感じだし。


 店のガラスドアに目を向けた。朝の明るい光が店内に差し込んでいる。ドアの外側、商店街の通りも、アーケードの透明な屋根部分から陽光が降り注ぐ。晴れやかな通りを、人がまばらに、ゆったりと行き交いし、穏やかな雰囲気だ。


「昨日の慌ただしさとは真逆だな、ははっ」


 俺は昨日のことをゆっくりと思い返す。加奈と、その友達である由紀のことだ。


 加奈と同じ高校に通う、俺らと同い年の高校1年の女子。淡い金色の綺麗な髪が目を引く彼女。顔の輪郭に沿うくらいのショートヘアーで、端整な顔付きにとても似合っている。クールなカジュアルさと、アクティブな雰囲気を持つ女子だ。

 それに対し、加奈は艶やかな黒髪を肩付近までなびかせ、おっとりとした顔付き。大和撫子のような、大人女子って感じだ。


 見た目の印象は対極にあるような2人だが、互いにすごく仲良しである。と言っても、俺は昨日それを良く知ったわけだけど。


「ていうか、由紀が加奈を好きすぎるんだよな」


 だから、加奈に内緒で、バイト先まであとをつけてきた。変装までしてな。


 おれはつい苦笑する。


 今だから笑い話になるが、由紀は加奈にバレないように、とんでもない格好をしていた。野球帽を目深にかぶり、目には黒いサングラス。そして大きめのマスクをつけていた。どう見ても不審者だろ? そんな奴が店に来たらビビる。

 俺も加奈もどうしたらいいか分からなくてさ。でも加奈の手が震えてるのに気づいたとき、俺は店内のバックヤードへ逃げ込んでいた。

 あのときは加奈を少しでも安心させたくて、咄嗟の行動だった。ギュッと握りしめ、加奈の手を引いてて……。

 透明感のある白くて綺麗な、温かくて滑らかな手。今も脳裏に焼きついている、加奈の手を握った感触が、鮮明に。


「つっ……」


 冷房の効きが急に悪い。


 頬が熱い。


 へ、変に意識しすぎた。あ、あれは、普通のことだったろ?


 俺が由紀の怪しい格好に気を取られて、加奈が帰ってきたことに気づかず、声をかけられて、びっくりして尻もちついてさ。そしたら、加奈が手を差し伸べてくれて……、だから握ったわけで。

 

「そ、それにずっと握ったままだったのは、か、加奈をま、守るための、し、自然な行動だったわけだし。ゆ、由紀が悪いっ。あ、あいつが不審な格好して来なけりゃ、こんなことになってないっ」


 加奈の手をずっと握ってた俺を、ヘンタイと勘違いすることもなかっただろう。


「ふぅー、たく、何1人でまた蒸し返してるやら」


 でもなんだ、終わりよければ全てよし。昨日ファミレスで、加奈と由紀の3人で話し合ってさ。由紀の誤解がとけて、さらに、加奈と由紀の仲も元通りになった。まあ、2人の仲を詳しく知らないから、偉そうには言えないけど。でも2人はファミレスで終始楽し気に会話しててさ。俺はたまに口を挟みながら、見守っていて思ったんだ。


「ギクシャクした感じは無くなったなぁって」


 加奈はバイト終わりに、由紀とこれからもご飯に行く約束をした。友達同士、仲良くさ。


「……、あっ、いや、親友同士か」


 由紀は加奈のことを、親友といってたしな。加奈も、そう言ってた。


 そのとき、ふと思った。


「じゃあ、なんで加奈は……、由紀を遠ざけるようなことしたんだろ?」


 夏休みは会えない、バイトがあるから。


 その理由は、極端すぎるように思う。昨日話したみたいに、バイト終わりにご飯行くとか、会う時間はとれる。それに、


「なんで由紀にバイト先を教えなかったんだ……?」


 加奈と由紀は、側から見てとても仲良しで。だから、加奈が急に、由紀に冷たい態度を取ったのが不思議だ。う〜ん……、考えだすと、よく分からない。


「加奈に聞いてみるか?」


 いやいや、それは野暮ってもんだろう。解決したんならそれでいい。それよりも、


「加奈のやつ、バイト期間の2週間、休みないと思ってないか?」


 うちはブラックバイトじゃないんだ。休みはちゃんとある。だから、


「休みの日は由紀と遊べるってことを教えなきゃな」


 てか、まさやんがちゃんと伝えろよ。まあでも、休みのこと言ってなかった俺も悪いか。


 時計をまた見る。時刻はもうすぐ9時30分になろうとしていた。


 加奈、そろそろ来るな。


 2人で一緒に、またバイトできる。そういや、俺と加奈も、まだぎこちないとこもある。俺も加奈と、早く親友の関係に……。


 チクリ。


 胸の奥に引っかかる何か。


 ん? なんだ? この、違和感。


 親友。親友……、俺の望む関係。


 チクリ。


 な、なんだ、こ、の、感覚。


 よくわからない痛み? 焦り? 


 ふと、俺の手のひらが熱を帯びる。加奈の手を握りしめていたときのように。俺は何かを望んでいる? 親友より、もっと、上……? それって……、


「ばっ、ばっか!? な、なに考えてんだ俺!?」


 俺は普通の関係を望んでるはずだろ!? 親友で十分!! それ以上は望まない。


「ふぅー、そう親友だ。親友。慌てず、時間はあるんだ。ゆっくりと、積み重ねていこう」


『夏休みが終わったら、もうここに―――』


 ん? 


 ふと蘇った言葉。……そういや、由紀は、加奈に向かって、あのとき何かを言おうとして、


 ふわっ。


 突然、温かな微風が頬を撫でた。


 視線が吸い寄せられる。店のガラスドアが開け放たれていた。


 そこには、


「あっ、かっ、加奈?」


 俺の声に反応して、口元を緩める。


「おはよっ、太一くん」


 優しげに笑う加奈がいた。そして、


「あ〜っ!! 超涼しい!! ほんま生き返るわぁ〜!!」


 聞き覚えのありすぎる関西弁。俺は、思わず声をはった。


「なっ!?!? ゆ、由紀っ!?!?」


 俺の声に反応して、口を歪める。


「なんやねん、ヘンタイ」


 関西弁女子の、加奈の親友である由紀が、嫌そうな顔して俺を舐めつけていた。


 ど、とうして由紀がいるんだ!?


 俺は2人を交互に慌ただしく見て、ただうろたえていた。加奈はそんな俺を見て気まずそうに笑う。


 えぇっ!? 一体、どういうことだ??


 すると由紀が、


「うちも、ここでバイトするから。ふんっ、まあ、よろしく」


「えっ……?? なっ!? は、はあぁぁぁ!?」


 加奈と2人だけの穏やかなバイトという想いが、心のなかで大きく崩れていくのがわかった。そして、気になった由紀のあの言葉、


 『夏休みが終わったら、もうここに―――』


 の、意味を考えることも、忘れてしまって。


 だってさ、そうなるだろ?


 由紀が、『まさやんの本屋さん』でバイトするって、どういうことだよ!?


 俺はそのことで、頭がいっぱいだった。

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