第38話 後悔

 由紀と、俺と、加奈、3人の皿には、それぞれ3種類のパスタが、器用に、綺麗に、同じように、盛り付けられていた。


「加奈っち、めっちゃ映えるなぁ」

「あははっ、そうだねっ」

「あっ! 写メとろ! 加奈っちもっと近寄って!」

「ええっ!? あ、う、うん!」


 由紀が自分のスマホを手に、加奈を引き付ける。パシャっと効果音のあと、2人して画面を見合って楽し気に会話を始めた。ははっ、もうちょっと食うのはお預けだな。……………………、あっ、そういや。


 俺はあることに気づいた。


 バイト終わり、まさやんに、写メ送る。


 まだ何も、まさやんに送るような写メを撮っていなかった。まずいな…………。送ってないって、また、ねちねち言われるのは面倒だし……。


 つい目線が、由紀と加奈に向く。


 …………、2人の写メ撮って、送ろうか。


「な、なあ、2人とも」


 由紀と、加奈がこちらに向く。俺の喉が鳴る。そんなに緊張することでもないだろ、し、自然に。


「しゃ、写メ撮って良いか」


 俺は自分のスマホを構える。すると、由紀が目を吊り上げた。


「なんやねん急に! キモい! なんで撮る必要があんねん!!」

「あっ、いや!? そ、その、お、送らないとい、いけないんだよ!?」

「なっ!? だ、誰にやねん!?」 

「あっ、いや、あの、ま、まさやんに……!?」

「だ、誰やねんそいつ!? めっちゃ怪しいし!! か、勝手に取るなッ!!」

「いや、ちょっと待て!? あっ!」


 スマホを由紀に奪われてしまった。か、完全に失敗した! お、俺のばか!!


「加奈っち!! やっぱこいつヘンタイやで!! どうする!? まずはこのスマホたたき割ったら良い?」


 や、やめろ!! いきなりそんな選択しをとるな!!


 鬼のような剣幕の由紀に、加奈が、苦笑した。とても、柔らかな笑みで。


 すっ。


 加奈はとても優雅に、優しく、俺のスマホを由紀から取った。そして、


「太一くん、こっち来て」

「えっ!? か、加奈?」


 加奈が俺の方へ身を乗り出して、スマホを構える。自撮りするために、俺が一緒に映れるように。


「か、加奈っち!? なにしてんの!?」

「ふふっ、はい、由紀ちゃんももっと近づいて。はやく、はやく」


 加奈に急かされ、由紀は慌てて加奈に近づく。


「ん~、太一くん、もっと近づいて」

「へぇっ!? あ、ああ」


 加奈の側へ。身を乗り出す。加奈のさらりとした黒髪が、俺の頬に触れそうで、顔が強ばる。シャンプーなのか、せっけんなのか、親しみのある、ほのかに甘い香りが、鼻をくすぐる。


「た、太一くん」

「つっ!? お、おう?」


 スマホの液晶をみている加奈が、つぶやく。


「え、笑顔でねっ」


 加奈の少し緊張気味の声に、


「あ、ああ」


 俺も同じように返した。


 パシャリ。


 シャッター音のあと、3人、とりあえず離れ元の位置へ。俺は、胸の鼓動を鎮めるのに専念していた。


「うん、いいと思う。はい、太一くん」


 加奈がスマホを差し出す。俺は、「あ、ああ」と何とか返事をして受け取った。


 スマホの画面には、由紀と、俺と、加奈の3人が綺麗に映っていて、その端には、シェアしたパスタの皿がうまくフレームインしている。良い写メだ、まさやんは満足すると思う。


「なあ、加奈、い、良いのか?」


 まさやんに送ってもさ。


 きっとその意味が伝わったのだろう、加奈は、とても優しく笑んで、

「うん」


 と、小さく頷いた。


「そっかっ、ありがとっ」


 スマホを動かす指が軽い。添付して、まさやんへ。


 由紀が戸惑っているなか、加奈が事情を説明している。きっと変な誤解は解けるだろう。


 スマホが鳴った。まさやんからの着信だった。


「もしもし?」

「お~、太一!! 写メありがとな!! めっちゃ良い写メだぜ!! て、んなことより!! お前、なに!? 他の女の子!! 加奈ちゃんと、もう1人写ってんじゃねえか、可愛い娘が!? お前、加奈ちゃんというものがいながら、どういうこと!?」

「あのな……、そっちの発言が、どういうことだよ。加奈の友達だよ、友達」


 だから慌てて電話してきたのか? たく、アホすぎるだろ。


「なんだ、そういうことかよ! まあ、そんなとこだとは思ってたんだよ」


 じゃあ、電話をわざわざしてくんなっての。


「あっ! だったら、ちょっと、加奈ちゃんにかわってくれないか! 急ぎで!!」

「はあ? なんでだよ…………」

「い・い・か・ら!! 早く!! 店長命令!!」


 なにが店長命令だ。急に偉そうにすんなっての。


「太一くん? もしかして、まさやん?」

「ん? あぁ、そうだよ。えっと、ごめん加奈、まさやんが、かわってほしいって」

「えっ? あたしに?」


 加奈にスマホを渡す。


「もしもし? あっ、はい、いえいえ、良かったです。えっ? あははっ、そ、そうですね、わ、私が撮りました」


 加奈が恥ずかし気に笑う。おい、まさやん、加奈を困らすなよ。なに、言ってんだか。


「えっ? あっ、由紀ちゃんにですか? い、良いですけど、ちょ、ちょっと待って下さいね」


 ん? 加奈? 


 俺のスマホが、由紀の手に渡される。


「え? 加奈っち?」

「あ、えっと、由紀ちゃんと話したいんだって、その、まさやんから」


 なっ!? まさやんの野郎!? 電話してきたのって、そいうことなのか!? このロリコン野郎!!


「はい、由紀です。はい、いえ、初めまして。えっ? そうです、加奈っちは、うちの親友で。はい、えっ? あ、そうですね、関西出身で、今年の4月にこっちにきまして。はい、こっちに住んでいます。えっ……? えぇ!? そ、それって!? いや、急に言われても、そ、そんなん、い、いいんですか!? う、うちはもうOKですけど!」


 最初は表情が硬かった由紀が、急に嬉しそうに話し出す。おいおい、一体なにがあったんだ? 


 加奈も不思議そうに見守る中、


「はい!! では、それで!! おおきにです!! はい、それでは~」


 と、勝手に通話が切られてしまった。


「ゆ、由紀ちゃん?」

「加奈っち!!」

「は、はい!?」

「ご飯!! 食べよ!! うちもうお腹すいた!!」

「あ、う、うん。そうだね」


 加奈は由紀がなぜご機嫌なのか聞きたかったのだろう。だが、由紀のパワフルな笑みに押されもう聞けない雰囲気だ。


「あっ、スマホ、返すわ。ほれ」

「うおっ!? 投げるやつがあるか!?」


 キャッチし損ねてたら、液晶われちゃうだろ!?


 だが、由紀はそんなことどうでもいいらしい。俺に、命令する。


「はよ、手あわし。ご飯、食べれへんやろ」


 どうやら、3人で、いただきます、と言いたいらしい。こ、こいつは、ほんと、勝手なことばっか……。まあ、もういいけどさ、たく。

 

 加奈が苦笑しながらも、手を合わせているのを見て、俺もそれにならう。


「ほな、いただきますっ!!」

「「いただきます」」


3人で、平和に、楽しく、食事が始まった。


なんやかんやあったが、最後は俺の望む結果になって、内心ほっとした。由紀と加奈は笑っていて、美味しそに、、シェアし合ったパスタを味わっている。


 俺も、パスタを口に運ぶ。うん、うまい。


パスタを食いながら、ふと思った。そういや……、俺は加奈のなんなのか、答えてなかったよな。由紀をチラリと見る。無邪気に笑ってる顔を見ると、もうそんなことは忘れてる感じだ。加奈も、あのときは、何かとても知りた気な雰囲気だったけど、もう気にしてない感じだし。


まっ、いいか。そんなことはさ。


俺は楽しそうな2人を見ながら思った。


今は、上手い飯を味わおうって。


 でも、今思えば、俺はここであることに気付いてなきゃいけなかったんだ。いや、心にひかかっていたのに、それを無視したんだ。なぜ、加奈は、由紀と会えないと言っていたのか。親友をなぜ、わざわざ遠ざけるようなことをしていたのか。


私の、


それが何を意味するのか、もっと考えるべきだったんだ。そして、由紀が、口にした、


『夏休みが終わったら、もうここに―――』


 由紀は、あのとき、何て言おうとしたのか。


このときの俺は、もっと気にするべきだったのに…………。


『いない』


 夏休みが終わったら、加奈が遠くへ引っ越すことを、このときの俺はまだ知らなかった。

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