第37話 親友との仲直りと、

「どうして、そんなことしたの?」 


 加奈が落ち着いた声音で、由紀に聞いた。


 しん。


 と、場が静かになる。


 由紀は顔を強ばらせていた。それに対し、加奈は真っ直ぐな瞳で由紀を見つめている。

 俺は2人の様子をそっと見守るしかなかった。加奈は別に怒っている感じではない。ただ純粋にわけを知りたい、といった雰囲気だ。由紀もそれを感じとっているのだろう、小さな口元が何か言いたげにソワソワと動いている。


 そして、由紀が小さく呟いた。


「い、嫌やったの……」

「えっ? 由紀ちゃん?」


 加奈が尋ねると、由紀の声が弾けた。


「い、嫌やったのっ! か、加奈っちと、遊べないのが!!」


 俺と加奈が目を丸くして注目するなか、由紀は、わがままを言う幼い女の子のように、自分の思いを打ち明けた。


「加奈っち、夏休みに入る直前に、バイトするって突然言うし! そ、それで、夏休みは、会えない、一緒には遊べないって言うから……!! ぐすっ」


 由紀は瞳を潤ませて、加奈に寄り添う。


「ゆ、由紀ちゃん!? お、落ち着いて、よしよ~し」

「うぅ、加奈っち~……!! ふふっ」


 優しく頭を撫でられた由紀は、顔がだんだんニヤけていった。こいつ、加奈のことどんなけ好きなんだ……。まあなんだ……、つまり由紀が加奈のあとをつけていた理由は、


「寂しかった……、ってとこか」


 独り言のようにポツリ呟いたら、由紀がこっちに慌てて顔を向けた。


「な!? 何言ってんねんっ!! そ、そういうんじゃないしっ!!」

「いや、話を聞いてたらそう思うんだが……」


 由紀が頬を赤くして声を張る。


「う、うちは、加奈っちと遊べないのが嫌やっただけ!! だ、だって、加奈っちはうちの親友やもん!!」

「親友?」

「そう! し・ん・ゆ・う!! 同じクラスやし、昼休み、放課後は毎日しゃべるし、それに、加奈っちが図書委員で図書室行くときは、うち、いっつもついて行くし」


 と、由紀は満面の笑みで、自慢げに語る。こいつ、学校でも加奈にべったりって感じなんだな。今も、隣にいる加奈に引っ付いてるし。……、やっぱ寂しかったんじゃねえか。夏休みは会えないって言われたことが。

 

 俺の考えを肯定するかのように、由紀が小さく声を漏らした。


「そやから……」


 か弱い声音。さっきまで明るかった表情は陰をひそめ、寂しそうな瞳で思いを打ち明けた。


「加奈っちが、バイト先教えてくれないのショックやったし……、そ、それに……、バイトの話が、う、嘘やったらどうしようか不安で……」

「えっ? ど、どうして……?」

 

 俺らのやり取りを見守っていた加奈が、思わず口を開いた。表情は戸惑っている。バイトの話をなぜ嘘だと思ったのか? と、加奈は言いたげだった。由紀は、少しの間の後、決心したかのように口を開いた。


「か、加奈っち……、ほんまは、うちのこと、き、嫌いになったから……、嘘を―――」

「そっ!? そんなこと絶対ないっ!!」


 うおっ!? か、加奈!? 


 大きく凛とした声だった。真っ直ぐな思いを伝えるのには十分なほどに。それは、由紀にも伝わっている。潤んだ瞳で加奈を見つめていた。


「か、加奈っち……、あっ」


 加奈が、ぎゅっと由紀をハグする。


「由紀ちゃん、ごめん……、私、ひどいこと言っちゃって……」

「えっ!? そ、そんなことない!! う、うちが、気にし過ぎただけやもん!! か、加奈っちは、なにも悪くない!!」

「ううん、そんなことないよ……。だって、親友を傷つけちゃったんだもん……。私の、で……」

「つっ!? か、加奈っち~!!」


 加奈と由紀がよりぎゅっと密着する。


 まあ、色々とあったが、加奈と由紀の仲が戻った感じで良かった。いや、より親密になったというべきか。2人とも、嬉し気な笑みを浮かべている。俺はどうも今は蚊帳の外といったところだ。う~む、喜ばしいのだが、なぜだろう……、何とも言えないモヤモヤみたいなものが、胸の奥で小さく湧いていた。俺の知らない、引っ越したあとの加奈を知っている由紀が、嫌に引っかかる。この気持ちはなんなのだろう……?


 しっと?


 ば、バカか俺は。こ、これはあれだ、女子2人がハグしてるのを、ジッと見てるのが気まずい。そういうことだっての。

 俺は2人から視線を外して、飲み物を口にする。冷たい口当たりが、余分な体温を奪ってくれて、落ち着く。耳だけは、2人の楽しげな会話を自然と聞いていた。


「ねえ、加奈っち」

「ん? なぁに?」

「え、えっと、も、もし良かったらでいいねん、バイト終わり……、今みたいに、一緒にご飯とか、これからも行きたいなって……」

「あっ…………、うん」

「ほんまに!!」

「うん、私も、やっぱり、そうしたいから」

「や、やったぁ!! ありがとう、加奈っち!!」

「ううん! 私のほうこそ、ありがとっ!! 由紀ちゃん!!」


 2人ともはしゃいでるな。ははっ、聴いてて、ちょっと笑いそう。


 俺もどこか嬉しくて、小さな笑み浮かべたときだった。


 由紀が、突然、言った。


「うち、ほんま嬉しい! だって加奈っち、夏休みが終わったら、もうここに―――」

「つっ!? ゆ、由紀ちゃん!!」


 んっ? 


 加奈がなぜか慌てて止めた。俺は2人に目線を向け、気になって口を挟んだ。


「どうした? 夏休みが終わったら?」

「な、何でもないの、何でもないから!! あははっ」


 そ、そうなのか? じゃあ加奈、なんでそんな必死に?? なんか隠すような雰囲気があるのはどうしてだろう?


「か、加奈っち? こいつ、もしかして……」

「由紀ちゃん」


 とても冷えた声音だった。由紀の言葉を遮るには十分なほど。由紀はハッとしたように、言葉を濁す。


「あっ……、う、うん! せやな!!」

「う、うん……!」

「お、おい? 2人とも?」


 俺が疑問の声を上げると、


「なんやねんっ、ヘンタイ」

「つっ!? そ、その呼び名はやめろっ!」

「ふん、あんたはそれがお似合いや、またうちらのことジト~~~ッ、と見て。ほんまキモ」

「つっ!? そ、そんなに見てねえよ!! さっきまで視線は外してたし!!」

「うわキモ!? なんの言い訳やねん!」

「ぐぐっ!?」


 た、確かに!? 今の発言はキモイかもしれん!! 


 由紀がジト目で俺をねめつける。き、気まずい。たく……、あっ。

 

「お待たせしました、ご注文の品でございます」


 ちょうど良いタイミングで、店員さんが持ってきてくれた。場が、ふわっと緩む。

 加奈が、いそいそと受け取る。


「ありがとうございますっ。えっと、これは由紀ちゃんのだよねっ」

「うんっ♪ ありがと加奈っち。こっちは加奈っちで~、これは、ふん……、あんたのや」

「ん? あぁ、そうなのか」


 冷製のパスタが3種類。イクラが中央にのっていて、周囲を海鮮系の具材で飾られているのが由紀、トマトとバジルのシンプルなコントラストが綺麗なのが加奈、で、チーズとハムがトッピングされてるのが、俺のみたいだ。注文をまかせたから、どれか分らんからな。

 自分の皿に手を伸ばした。そしたら、


 ぺチンッ! 由紀に、フォークの柄で手を叩かれた。こ、この暴力女が!!


「いてえなっ!? な、何すんだ!?」

「それはこっちのセリフや。まだシェアしてないのに勝手に取らんといて」


 シェアだと? あっ、そういえば、そんなこと言ってたか。


「じゃあ、加奈っちにまずは、はい♪」

「えぇ!? ゆ、由紀ちゃん! ちょっととり過ぎじゃない?」

「そんなことないって」


 いや、そんなことある。俺のチーズとハムのパスタが、半分ちかく減った。しかも、


「で、うちはこんなけっと」


 さらに、半分カット。おいおい、俺のパスタの量が……。なんだろう、高級フレンチで出てくる、でっかい皿に可愛らしくちょこんと盛り付けたくらいの、少ない量になってんだが。


「なんなん?」

「い、いや、なんもないですよ」


 由紀の釣り目からサッと顔を逸らした。まあ、別にいいさ。俺は俺で、由紀に迷惑かけてるからな。


「じゃあ、あらためて―――」


 ペチッ。

 

「いてっ、えっ? か、加奈??」


 自分の皿に手を伸ばそうとして、今度は加奈に軽く叩かれてしまった。でも、フォークではなく、細身のキレイな指で。


「あっ、ち、違うの!? えっと!?」


 加奈が慌てて訳を話そうとする。白い頬が赤くなり、表情はなんだか恥ずかし気にしていて。まだ、俺の手の甲に触れている白い指が、じんわりと、熱を帯びていく。


 や、やばい、めちゃくちゃ恥ずかしい。


 俺はサッと手を引っ込めた。


 か、加奈のやつ、い、一体なんでこんなこと……!? 


 すると、加奈の小さな口元が、答えてくれた。


「わ、私のを、シェアしてないから……」


 目線を伏し目がちに言う加奈は、なんだか、恥ずかし気で。


「か、加奈?」


 黙ってるのが気恥ずかしくて、俺は名前を呼んでいた。加奈の華奢な両肩がぴくんと、跳ねる。


「な、なに?」

「あっ、いや、お、俺は別に、シェアしてもらわなくても、い、良いぞ?」

「っ……!? ぅ……、そ、それは……」


 そう伝えると、加奈が口ごもる。形の良い淡い唇が小さく揺れる。


「そうやで加奈っち! こいつに別にシェアせんでもいいやん!」


 隙をついて、口を挟む由紀。たく、お前は清々しいほど、言いたい事を隠さないのな!


 すると加奈は、


「だ……、だめっ」


 小さな声で、意地でも張るかのように応えた。赤らんだ頬になんだが力をこめ、そして、自分のパスタをフォークとスプーンで器用にとる。それを、俺の皿へ移した。そのあと、トマトとバジルが添えられる。チーズとハムの単調な色しかなかった俺の皿が、華やかな色彩に染められる。


「は、はいっ! い、良いよ、太一くん」


 加奈が緊張気味に声を張る。俺の鼓動が跳ねたのが分かった。い、良いよって言われても、手を伸ばしづらい。


「……ちょ、ちょっと待ち!」


 すると、由紀がまた口を挟んできた。たく、なんだよ。


「う、うちのも分けるから」


 そう言って、由紀も自分の皿から海鮮系のパスタを一部取り、俺の皿にそっと添えた。俺と加奈が目を丸くして見つめると、


「う、うちだけ、シェアせんのは、お、おかしいやろ!! 気が小さいというか、その……、あ~もう!! は、はよ取ったら」


 俺は苦笑した。はいはい、言われなくてもそうするよ。

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