第3話 また君に会える季節の訪れー2

 嬉しそうにピースした可愛い女の子の写メが、タブレット画面にアップで表示された。


「うおっ!?」 


 びくっ! 


 思わず俺の両肩が跳ねた。


 そんな俺を見て、まさやんは、がはははっ! と派手に笑った。


「懐かしいだろ~、お前が初めて連れてきた友達だ。たしか、小学2年生のころかな」


 俺の鼓動が乱れる。思わず目を逸らした。

 こんなのが残ってるなんて。

 俺は手に持っていた缶コーヒーに口をつけ、一口ゆっくり喉に通した。ちょっとだけ気分が落ち着いた気がした。

 まさやんが優しい声音で話続ける。


「初めて加奈ちゃんをみたとき、あまりの可愛さでびっくりしたなぁ~」

「……、そのロリコン発言は危ないぞ」

「ん? がははははっ!! そういう意味で言ったんじゃないんだがな。まあなんだ。生き物オタクだったお前が、俺の店に友達を連れてきてすごく嬉しかったよ。でも女の子を連れてくるとは予想してなかったけどな」

「……たまたまだよ。お互い生き物が好きで、それで俺が調子に乗って連れてきた。それだけ」

「ん? そうか、まあ~、別に理由はなんだっていいさ」


 まさやんがタブレットをそっと置く。くそ、その写真消して……、いやそれはまさやんが怒るか。まさやんが残したい思い出なんだし。


 俺に消す権利はないと思った。


「あの頃のお前たちはほんと仲が良かったよなぁ~」


 ニコニコしながら言うまさやん。俺はその言葉を受け流しながらズズーとコーヒーを飲む。


「2人で一緒に本を読んだり」


 ズズー。


「互いに生き物のクイズ出し合って遊んだり」


 ズズー。


「あと……、そうそう! お互い誕生日に本をプレゼントしたこともあったな!」


「ゴフッ!? んんッ! ゴホッ!」


 コーヒーが喉のへんなとこに入った。


 くくくっ、まさやんの笑いを押し殺したような声が耳に入る。くそ……! 完全に遊んでやがる。


「いや~、そんな仲良かったお前たちが……、急に2人で来なくなったのは寂しかったなぁ」


 しんみりした声音になるまさやん。思わず口を挟む。


「そういうもんだろ」


 ふと頭に浮かぶ嫌な映像。小学校の教室、冷やかすクラスメイト、泣きながら教室から出ていった、加奈。

 そして小学5年生の夏休み入る前、親の仕事の都合で、急に―――、


「そういや加奈ちゃんが引っ越すとき、お前に渡してほしいって受け取った手紙をまだ大切に残してるぞ! 今渡そうか!?」

「なっ!?」


 俺が小学5年生のとき、受け取るのを拒否した―――、っていやいやいや!! なんでまだ残してんだよ!?


「いや、捨てろよ! そんなの!」

「ちなみに今ここにあるぞ」


 まさやんが手品みたいに、ヒョイと便箋を出した。綺麗な白色のシンプルな便箋。

 思わず声を上げた。


「はああ!? ば、ばかか!? す、捨てろよ!!」

「捨てろってお前、ひどいこと言うなよ~、ほれほれ」

「いやいや、受け取らないから!?」

「まあまあ、そう言うなよ」

 

 しつこいまさやんに、俺は声を荒げた。


「う、受け取るかそんなの!! 今さら受け取っても意味ないだろうがっ!!」


 しーんとなる店内。まさやんが目を丸くして俺を見つめていた。たく、人をおちょくりやがって。何考えてんだ、このロリコンエロくそおやじがッ!!


「そうか……、それもそうだな」

「え?」


 疑問に思ったのもつかの間、まさやんが白い小さな便箋を、

 

 ビリビリビリ!


「なっ!? ええっ!? 何してんだっ!?」

「何って、破いてんだよ」

「いやいやいや!! えっ!? いやいや!? 今まで大切に残してたのはなんだったんだ!?」

「ん? いや、お前が受け取らない、捨てろって言うから」

「素直か!? いきなり破るか普通!? こっちは心の準備が―――」


『また君に会える季節の訪れに 君が綺麗になって戻って来る 少し大人になって 白い肌眩しくって 今年の君は誰もがほっとけないよな程 綺麗で』


 いきなり大音量の音楽が店内になり響いた。なっ、なんだ!?


「はい、もしも~し?」


 まさやんがスマホを取り出し耳にあてる。

 で、電話の着信音かよ!? 

 

「お~! はいはい! そうか~、そりゃ良かった! うんうん、明日の午後に来ればいいからね」


 まさやんが弾んだ声で話している。スマホから聞こえる微かな声音は、まさやんが店から逃げるときに話していた女性の声だ。どこか懐かしい声の響き。

 まさやんがすごく嬉しそうにしている。

 たく……、どうせ沖縄旅行に一緒に行ける事になって、喜んでいるんだろう。この女たらしが。

 俺はレジカウンターの端に置いてある合鍵をひったくった。


「あっ! ごめん、ちょっと待ってて! おい太一!」


 椅子から立ち上がった俺に、まさやんが慌てて声をかける。俺はひらひらと片手を振って店のドアに向かう。


「2週間、よろしくたのむな! 逃げんなよ~」


 後ろから聞こえるまさやんの楽し気な声に、俺は前を向いたまま手を軽く上げた。


「たく……、なに言ってんだか」


 何を考えてるのか時々わからないことがある。ほんと困ったおっさんだ。


 店の外へ出ると、商店街のアーケード内は熱気がこもっていてすごく暑い。昼間の夏の熱さを色濃く残していて、店内のクーラーが効いた温度がすぐ恋しくなる。

 ちらっと後ろを振り返る。まだ楽しそうに電話してるまさやん。その表情はとても優しくて。俺もよく知っている表情だ。

 電話している相手がどんな女性なのか、急に気になった。どこか懐かしさを感じる声の持ち主。って、なに考えてんだ俺は。


 ちょっと会ってみたいな、と思った自分はどうかしてる。


 軽く頭を左右に振り、近くに置いてある自転車にまたがった。家に帰るためペダルを漕ぐ。


「明日から、夏休みか」


『また君に会える季節の訪れに 君が綺麗になって戻って来る 少し大人になって 白い肌眩しくって 今年の君は誰もがほっとけないよな程 綺麗で』


 まさやんのスマホ着信音が俺の脳内でリピートされる。夏らしい、爽やかでどこか甘酸っぱい歌。

 

 俺には一生縁のない―――、青春ってやつだな。

 

 ちょっと苦笑いをしながら、蒸し暑い商店街の中を自転車で颯爽と走っていった。


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※ 

タイトルや、歌の歌詞は、ケツメイシさんの、「また君に会える」の一部を使用させて頂きました。

著作権が気になり、引用元を記載いたしました。

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