十二:混沌(三)

「姫、一体何を!」

「手荒い真似を失礼した。しかし、己の言動をもう少し考え直した方が良い」


姫の下へ駆け寄ると、姫はラネット王子に深々と頭を下げた後、僕の手を引いて歩き出した。僕は申し訳程度にラネット王子へと軽く頭を下げたが、ラネット王子は茫然と姫の後ろ姿を見つめているようであった。


 上下分かれた半そで半ズボンの白い着物に着替え、四人で大広間に集まった。依然、姫は不機嫌そうな顔のままだ。


「どうなされたのです姫。もしや、お体を狙われましたか?」


これ程整った顔をした美人だ。その確率も有り得る。心配して尋ねると、「いや」と一言。どうやら違うらしい。


「でしたら何故あんなことを。姫自身が一番、自らの行動が国に大きく関わることをお分かりでしょう?」

「うむ。しかし、アイツの言葉がどうしても許せなかったのだ」

「言葉とは?」


僕を含めた三人が姫を見る。すると、姫は顔の前に両手をやった。


「あまり見ないで、恥ずかしい」

「嘘おっしゃい」


 僕のツッコミに、姫だけが笑った。僕やアランだったら笑って誤魔化せるかもしれないが、うちには頼れる裁判官がいる。アズキが姫の手を握ると、目をジッと見つめて言った。


「あの王子が、一体何とおっしゃったのです?」

「いやん、恥ずかしい」

「アズキはずっと見ますよ。話すまで」


アズキの揺るが無い視線に、姫は、「チェ~ッ」と唇を尖らせた。アズキの勝利だ。僕とアランはハイタッチをする。


「あの男に誘惑されたのだ。実に魅力的な人だ、妃にならんか。と」

「あら。素敵なことじゃないですか」

「だが、私はイリス国の王だから駄目じゃって言ったらアイツ、あんな小さな国の民どうでも良いだろうと。もしどうしても気になるなら、こっちの民にして働かせてやるって」


「ああ~」

思わず三人でそう言っていた。確かにそれはビンタするな。しかし、ビンタをした相手があのカオス国の王子となれば……。


「謝ってきます」

「いやじゃ~! あんな奴に謝る必要など無い!! いいから反省させとくのじゃ」


 何時に無く怒る姫。こう言ったところはまだまだ幼いな。……と言っても、姫は二十五、僕は二十三で実は僕の方が年下だったりするのだが。


 怒りで顔を真っ赤にする姫をなだめた後、姫のことはアズキに任せて僕とアランは男子更衣室に戻った。入口を何度か見たが、ラネット王子はまだ出てきていない。彼が僕達の目をすり抜けて出て行った。なんてことさえ無ければ、再度会えるだろう。白い着物を脱ごうとしたその時、大浴場から出てきた彼を見つけた。


 脱ぎかけていた着物の襟を正すと、僕はすぐにラネット王子の下へ駆け寄った。


「ラネット様、姫より事情は伺いました。知っての通り、彼女は奇天烈な姫で。勝手な姫で申し訳御座いません。彼女に代わり、深くお詫び申し上げます」


 僕から少し離れた場所からアランが見守る。その間も、僕とラネット王子の間には奇妙な沈黙が流れていた。黙っているだけなのに、この男の威圧感が重くのしかかる。だが、一度下げた頭を、これ以上上げも下げもしない。


「お前は、何故代わりに謝るんだ? 国の為か? 自分の為か? それとも、彼女の為か?」


 彼の質問の真意が分からない。僕を試している? それとも、僕を通してイリス姫、そしてイリス国を試しているのか? 数秒考えたが、あまり考えすぎるのも不利だ。すぐに、浮かんだ答えを言う。


「自分の為です」

「……フンッ、そうか」


今、鼻で笑われた? やはり、自分の為と言うのは素直すぎただろうか。あちゃーと片目を瞑って後悔していると、ラネット王子はガサツな笑い声を上げる。


「ならば良い」


ラネット王子はそれだけ言い残すと、僕の肩をポンと叩き、衣を脱ぎ始めた。もう、顔を上げても良いと言うことだろうか。ゆっくりと顔を上げてラネット王子を見ると、王子の背中は意外にもたくましい。アランと僕の中間くらいの筋肉量はある。あまり男の裸を見つめていると変に勘違いを受けそうなので、僕はラネット王子へと再度頭を下げた後、アランにアイコンタクトを取ってそのまま更衣室から出た。


 … … …


「とりあえず、大丈夫そうだな」

「だと良いが、アレで許してもらえたのか不安だな」


 廊下を歩きながら、僕はアランと先程のことを話していた。アランは冷凍された水飴を口に含みながら喋っており、その手には残り三人分の水飴を持っている。


「いいや、あの反応はきっと大丈夫だ。それに、本当に怒ってりゃあ俺達をこの宿から追い出したりするさ」

「それもそうか……それにしても、また面倒な人間と関わってしまったな」

「そうだなぁ。でもまぁ、過ぎたことをどうこう言ったって仕方無い! だろ? 後悔している暇があったら、今を楽しむのさ」


 アランはそう言うと、足を止めてニヤリと笑う。目の前のドアノブを捻って思い切りドアを開けると、姫とアズキが何故か激しくラテンダンスをしていた。本当に何故?


「あ、貴方達っ! ち、違うのよ? これは姫に踊りなさいって言われてつい。何せ姫の命令だったから」


僕達の視線に気付き、アズキは激しく踊っていたラテンダンスを中止した。その後慌てて言い訳をしているが、どう言い訳をした所で、先程僕がアズキのラテンダンスを見てしまった事実は消えない。すまん、今頃になってじわじわと笑いがこみ上げてくる。


「何じゃ、もう終わりか? アズキ、ブレイクダンスも一緒にしようと言っておったじゃないか」


アズキはブレイクダンスも出来るのか。流石は忍者、姫よりも数段キレが良かったものなぁ。


「ブレイクダンスは後で見るとして、ホラ。水分補給しましょ」


 アランは持っていた冷やし水飴を女子二人に手渡した。そして、最後に僕に渡す。冷やし水飴なんて普通に言っているが、僕はこれを見るのは今回が初めてだ。美味しいのだろうか? 一口含んでみると、甘さと冷たさによって幸福感で満たされる。この照りつける日差しと対抗するには持ってこいの食べ物だな。中の方は円状の穴があり、そこに液体が溜まっている。恐らく、この中の液体も甘く、冷たくて美味しいのだろう。しばしその美味しさに浸りつつ、僕達はポイペ国の王のことについて話し始めた。


「折角ポイペ国へ来たのだ。王に挨拶くらいはしておかねばのう」

「手紙も無しに行ったりして、大丈夫ですかね?」


 当たり前のように話している僕達の隣で、アズキが申し訳なさそうに手を上げる。


「姫、他国へは私達はついていけないかと。ですので、今回はお止めになった方が……」

「何じゃ? アズキがシャイガールなら、私が架け橋になってやるぞ?」

「いやそうではなく。忘れていらっしゃるかもしれませんが、私達はあくまでも隠密に生きるべき存在。ムネモシュネの際は緊急と思い派手にやってしまいましたが、私と彼が他国の牙城に堂々と向かうわけには……」


 アランもこくこくと頷く。そう言えばそんなこともあったな。ムネモシュネ国側も、乱闘したなど口外出来ない為に、彼女らの存在はうやむやになっている。他国に身バレ出来ないとは、スパイってのも大変な身分だな。……ただし、僕がスパイになったら、この先楽しく過ごせそうな気はする。


「なぁに、他国の王に従者を殴られても怒らんような王じゃ、二人で行っても殺しやしたりせんよ。なんだったら、魚でも獲って献上してやれば良い!」

「姫、この海で魚を獲って渡しても、ポイペ王は食べ慣れているのでは」

「あ」


 姫はしばらくしてから、腹を抱えて笑い始めた。……ああ、この先が思いやられる。

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