十三・自信(一)

 猫背になって俯いて歩く人を度々見かける。


 それはもともとの姿勢の悪さも問題かもしれないが、己に対する自身の無さからくる者も少なからずいる。ちなみに、僕はこう見えて姿勢は悪く無い。自信に満ちている。と言うと、確実に嘘になる。むしろ、自信が無いことを隠す為、あえて姿勢を正して虚勢を張っていると言う方が正しいだろう。


 謙虚に生きると言うのは非常に大事なことだ。これは人と関わることが大事なこの世の中にて必要不可欠なこと。しかし、それと自信が無いのは意味合いが全く違ってくる。


 自信の無い人は自身の無い人。なんて掛けてみるが、あながち間違いでもない。自信の無い人は、どうしても自分よりも他人のことを考えてしまう。その所為で、何をするにも躊躇ったり、不安になってしまうのだ。


 人と関わりたくないなら、自信なんて関係ないだろう。なんてつっこまれてしまいそうだが、これが意外とそうでもないのだ。長年生きていれば、嫌でも人と関わらざるを得ない。そんな中で、自尊心をなくすような出来事があった。僕の場合は、トラウマに近い。


 じゃあ、自信の無い人には何が足りないのだろうか。


 三人が深い眠りにつく深夜。僕はそんなことを思いながら、真っ黒に塗り潰された空を見つめていた。時間も時間だけあり、昼はあれ程賑やかだった城下町も静まり返り、人工的な明りは全くない。僕が見つめる黒の先には、数点の星だけがある。


「カオス、か」


聞きたく無かったその名を、思い返す。


 あの赤髪の男が、カオス国の王子なのか。そう思うと、幾つもの感情がぐちゃぐちゃに混ざり、最終的には無に戻る。イリス国の兵である以上、この先、あの男と関わらざるを得なくなるのだろう。何時に無く面倒な話だ。ならば、ならばせめて。


「イリス国を、守らねば」


いっそ逃げ出して、これからも平穏な世界で暮らしていきたい。そんな外道な気持ちも心の隅に置いておきながら、僕はそう呟いていた。


 … … …


 翌日、アズキとアランは住民に化けてポイペ国を調査することとなり、残った僕と姫は当然昨日姫が話していた結果となった。そう。ポイペ国へ挨拶をしに行くこととなったのだ。


 姫は考えているようで考えていないことも多い。逆も然りだが。今回は、一体どちらなのだろう。


 ただ、姫の表情は希望に満ちた、陰りの無いものであった。不安など、一つも無さそうに。


 今回は観光目的だったこともあり、正面から王に会えないかと兵に相談した。これも結構勇気がいたのだがね。姫が、「ポイペ国なら大丈夫じゃ!」の一点張りだったので、仕方なく。今は、城の門前で兵の報告待ちだ。


「大変お待たせいたしました! 是非、中へお入り下さい」


 兵が快い返事をしてくれたことに安堵する。今までの他国の反応は、始めから友好的なものでは無かったからな。僕は兵達に頭を下げると、玄関扉までの長い通路を歩きだした。


 城の中へ入ると、話を聞いていたらしきポイペ国の大臣が笑顔で出迎える。うむ、良い国じゃないか! 大臣が直々に王の下へ案内してくれるらしく、金の刺繍入りのレッドカーペットが敷かれた廊下を歩いて行く。


「此方で御座います」


 大臣の声によって足を止める。扉の大きさは、イリス国の王の間とさほど変わらないな。ただ、扉は金属で出来ているらしく、木で作られている姫の扉とは頑丈さが全く違う。これがまた、妙に真っ白な壁を基調とした城内の雰囲気に合っているんだよな。


 門番二人が扉を開けると、その先には大きな窓のある王の間が現れた。その窓からは、美しい海が一望出来るようになっている。なんて羨ましい城だ。どうせなら、この国の兵になりたかったな。


 着々と前へ進んでいるが、肝心の王が見当たらない。どこにいるのだろうか? キョロキョロと辺りを見渡すと、それらしき人物が、そわそわと部屋の端を行ったり来たりしていた。


「そこで何をしていらっしゃるのです」

「ギャアッ!!」


 姫に声をかけられた瞬間、その人物は飛び跳ねた。地に足を付けた瞬間、「これはこれは!」と必死に作り笑いをする。


「た、大変申し訳ない。少々物思いに老けておりまして」

「事前に他国から人が来るのにですか?」

「そ、その~……大変、申し訳ない!」


姫に言い返せなくなったポイペ王は、素早く土下座をした。


「いやいやいや! 頭をお上げ下さい!!」


ポイペ王の下へ駆け寄り、僕は跪いてその肩に触れる。姫はポカンと人物を見つめていた。


「なんじゃあ。もしや、王じゃ無かったのかの?」


そうとも思えなくもないが、この身なりは絶対にポイペ王だろう。真っ白な綿に、縦に金の刺繍が入った赤いマントを羽織っているし、その上大きな王冠まで被っているのだから。海のように深く美しい青の髪や、少々恰幅の良い体型だってある種王の風格がある。これで王で無かったら、本物の王は一体どんな格好をしていると言うのだ。


「大変申し訳御座いません。王は少々、考え過ぎるクセのある者で……」


などと大臣がフォローしているが、考え過ぎでこの態度はおかしすぎるだろう。大臣が近寄って、「大丈夫ですよ」と肩を叩くと、ポイペ王がやっと立ち上がってくれた。が、その背は年寄りかと言う程丸く、見るからに自分に自信が無さそうなのが分かる。


「す、すみませぬ。その、これは魔が差して」

「まぁそう落ち込むな。肩の力を抜くのじゃ。息を吸ってー。吐いてー」


 姫が両手を広げて呼吸の動作をすると、王はつられて同じ動作をしていた。息を大きく吸って、そして大きく吐く。気持ちが落ち着いたのか、丸い背中を更に曲げて礼を言う。


「有難う御座いました。少し、気が落ち着きました」

「良い良い。それより、もっと自信を持つのだ。そんなんじゃ、他国になめられるぞ?」


と話す姫が、正にポイペ王をなめている気がするのだが。今それをここでつっこんで姫を笑わせても、ポイペ王が傷つきそうなので黙っておこう。


「その通りだと思います。ですがその、私自身、何をどうしたら良いのかもう……」

「もしや、ここのことも大臣が?」


僕は大臣へと話を振る。大臣が、「まぁこちらへ」と、隣の客間へと僕達を移動させると、ふかふかの赤い椅子に座らせて話を続けた。


「先程のことですが、ポイペ王は、たった一年前まで王子だった者なのです。それまでは、父であるポイペ王四世がこの国の王を務めておりました。ですので、現ポイペ王は、まだひよっこ同然なのです」

「そうなんです……」


 王の隣に立つ大臣の方が王にすら見えてくる程、大臣はしっかり者だ。ムネモシュネもポイペも、大臣に恵まれた国だな。イリス国には大臣と思(おぼ)しき人物が存在しない。何せ、この理解に苦しむ姫なのだ、ついていける人間がいなかったそう。ゆえに、彼女とよく行動している僕は、カレブを始めとした兵士達から若大臣などと呼ばれるようになってしまっている。


「まずは胸を張って顔を上げい。あまり暗い顔をしていると、民からだって馬鹿にされるぞ? ま、私はされてるけどな! はははっ!!」


 馬鹿にされていること知ってたのか。知っててこの笑顔とは、もはや潔い。


「そうですよ。此方の姫はとんちんかんすぎて城の者、特にシェフからはかなり馬鹿にされております」

「って、そちが言うなよ! ははははっ!!」


馬鹿みたいに笑い飛ばす姫に、ポイペ王は唖然。大臣が微笑ましそうにクスクスと笑っていた。僕も、自身が無さそうなポイペ王を気遣って軽く笑う。姫は本気で面白かったらしく、笑い過ぎて流れて来た涙を拭っていた。


「いえ……実際、馬鹿にされているのです」


 姫が馬鹿にされていると聞いて気を許したのか、ポイペ王は複雑な面持ちで話した。


「ポイペ王、馬鹿にされていると言うのは、実際それを見たり聞いてしまったと言うことですか?」

「う、うむ。私が外へ、ポイペ国を知ろうと言うことで出た時に」

「ほう。自国を学ぼうとは良い心がけではないか。ウラノス王やコイオス王は絶対そんなことせんぞ」


他国の悪口を身内以外の所でいうなってば。僕は口元に人差指を置き、「申し訳御座いませんが、この話はコレで」と、ポイペ王と大臣に口止めをする。


「それで、一体何を言われたのです?」

「それが……王が代わって、大丈夫かな。とか、前の王の方が良かった。とか、今の王は頼り無い。とか……」


 その後もポイペ王の、「とか」は止まらなかった。総合的に聞くと、やはり悪いのは彼の気の弱さにあるらしい。


「とりあえず、もっと自信を持って下さい。そうでないと、民だって信頼できるものも出来ません」

「全くじゃな」

「でも……」


でも。とか、けれど。とか……後ろ向きな口調を何回聞いたことだろう。人間、謙虚なのは当然必要だが、あまりに後ろ向きなのは卑屈と捉えられる。卑屈になる人程、本当は優しかったりする。むしろこの後ろ向きな言葉が、こう言った人々の足枷となっていることは多々ある。僕達がどうこう言って直るものならば良いのだが、この手のタイプは、言っても言ってもこの後ろ向きな呪文を唱え続けるのだ。これ以上は何を言っても無駄だろう。僕は半ば諦めて口を閉じる。


「ポイぺ王! 大変ですーっ!!」


 部屋中にポイぺ王のマイナスな雰囲気が漂うこの部屋に、数人の兵士達が飛び込んできた。お陰様で、重い空気が少し晴れた気がする。が、それも一瞬のことだった。


「な、なんだい……。大変だなんて物騒な……」

「……ムネモシュネ国へ送るはずだった貨物を、賊に取られてしまいました!!」

「え、えええ……ええーっ!!」


 兵士の言葉を聞いた瞬間、ポイぺ王の叫び声が部屋中に響き渡った。

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