十一・潜入(四)
僕は外へネズミを放ち、姫達の向かった倉庫部屋に向かった。急がないと。彼女達は姫と王子。幾ら周囲の視線を集める為とは言え、あの二人だけで彼女と合わせたのはまずかった。服を引き裂くような人間だ、後ろ盾が幾らいるか……なるべく早歩きで向かう。
倉庫部屋を勢いよく開ける。すると、そこには笑顔で談笑するムネモシュネ王、そして姫とクロノ王子がいた。え? え? どう言う展開?
状況が掴めず、一度扉を閉める。扉を再度開けると、今度はムネモシュネ王と、姫が睨みあっていた。クロノ王子はそれを他人事のように傍観している。
「いや、わざわざ今から雰囲気作らなくても良いですから」
僕がつっこむと、ムネモシュネ王と姫は声を出して笑う。これにはクロノ王子も苦笑いしていた。
扉を閉め、中に入る。僕は改めてムネモシュネ王の前へ行き、腰から曲げて深く頭を下げた。あれだけ追い回したし、兵に怪我もさせてしまった。礼儀としてこれは詫びないとな。
「今までのご無礼の数々、申し訳御座いません」
「まぁ、気にしていないと言えば嘘になるがな。随分と掻き回してくれたな、貴公らも」
「しかし、仕掛けたのはそなたの方じゃ。剣士は誘われたと言っておったが、ウラノス国と手を組ませたのじゃろう?」
痛い所を突かれたのか、フフッと笑う。クロノ王子がイリス姫より美人だと言っていたが、確かに彼女より大人であることもあり、大人の妖艶さがある。見た目年齢で行くと、もうすぐ四十路って所か。
「ああ。ウラノス国をたった二人で止めたと聞いたが、何だか嘘臭くてな。何時か会う時が来れば、何かしら確かめてみたいと思ったのだ。とは言え、わざわざウラノス国の親分にまで話に行くのは面倒事になりかねんだろう? だから、残党に、”うちの家来にさせる代わりに、手を組んで欲しい”とな。だが、こうも早くその機会が来るとは。実は驚いているよ」
そう言えば、アズキがあの手紙を出したのがあの国に行くきっかけだったな。彼女達はあの国であって僕にそれとなく事情を話してくれるつもりだったらしいが、あそこに姫が来たこととか、僕が逃げ出したこととか、色々な偶然が重なって乱闘に発展してしまったんだっけ。
「二人噂に聞いていない人間が参入したが、それにしても凄かった。モモロン、貴公の凄まじき能力。そして、イリス姫。……否、イリス王の機転の速さも」
「見ておったのか?」
「ああ、公爵の家から少々」
「……何故、止めんかったのだ?」
「それがなぁ。途中で止めるつもりが、兵士長が言うことを聞かんで。アイツ、長年のキャリアからちとこれでな」
ムネモシュネ王はそう言うと、両手を握り、それを鼻の前にくっつける。あの剣士のオヤジは天狗だったってことだな。
「まぁ、彼共々痛い目を見たと言うことだな。しかし、貴公らは非常に優れている。血こそ流れたものの、その命を一人として殺めなかった。これには目を見張るものがある」
怖いくらい僕達を褒めるムネモシュネ王。何か裏があるのではないかと不安になってしまう。あのボロボロの服の一件だってあるしな。
「……だがなぁ」
否定的な言葉が始まる。僕は緊張感を持って彼女を見た。姫も心なしか身構えている気がする。
ムネモシュネ王が立ち上がると、眉を吊り上げて姫を指さす。
「あの服のしまい方は許せん!!」
「はい?」
え、今何て言った? 一瞬理解出来なくて、自分の頭に触れる。しまい方? 許せないのはしまい方だけなのか?
「あのなぁ、人が折角服をあんな綺麗にしまっておるのだ、見よう見まねでも良いから、ちゃんと綺麗にしようと努力してしまえ!!」
「貴方のタンスに、勝手にしまったことは気にしていらっしゃらないのですか?」
「それより、あのしまい方を何とかしろ!! 私は綺麗好きなのだぞ!!!」
「ほれほれ始まった。噂通り短気な奴じゃのう」
姫の言葉で、ムネモシュネ王は我に返って倉庫の木箱に座る。その木箱も塵一つ舞わないのが、彼女が掃除を徹底させているのが分かる。
「……違う、従者は確かに殴ったが、それはアイツが鼻をほじった手を自分の服で拭っていたのを見て無性に腹が立ったからなのだ。有り得るか!? そんなことを、幾ら人目に付かない場所でも、普通やるかっ!?」
それはちょっと腹が立つかもしれない。流石に殴りはしないけど。彼女にしたら、理性を壊される程の出来事だったのだな。
「何だ、意外と普通の人じゃん」
メイド服姿の、明らかに普通じゃないクロノ王子が話しだす。急に他人を殴る人間の何処が普通なのか。クロノ王子の基準が謎だが、そこには触れないでおこう。
「結構しっかりしているのに、何で行政を大臣にばっか任せてるんですか? あんまりのんびりしてると、何時か地位盗られちゃいますよ?」
煽る様な言葉だが、これには変わらぬ顔つきだ。
「一時はしていたが、あの暴行事件以来、大臣に”お願いだから私に任せてくれ”と懇願されてな。ああ見えて、あの人は私くらい国を愛してくれているお人でな。私が数少ない、尊敬している一人だ。だから、私は国の大部分を大臣と話し合うだけ。大抵は大臣が決めている。ま、今回の乱闘は、彼の相談無しだがね」
クククと悪い笑みを見せるムネモシュネ王。きっと、大臣にこっぴどく叱られても気にしないんだろうな。と言うか、絶対叱られてる。
「しかし、それで分かったよ。イリス王、貴公は、私の数少ない尊敬に値する人間……かもしれない。とな」
「そうかぁ。何だか照れるなぁ」
と、あまり照れていない様子で言う姫。
「悪い話にはさせない。どうだ、我がムネモシュネ国と同盟を組まないか?」
ムネモシュネ王は立ち上がると、姫に向けて手を伸ばした。姫はその手をぼーっと見つめていた。彼女のことだから、ムネモシュネ国の兵や、イリス国の民のことを考えているのかもしれない。中々厳しい表情は晴れなかったが、やがて答えを決めたのか、口元を緩ませると、差し伸べられたを握って立ち上がった。
「そなたとなら、面白い国が作れそうだな」
「ああ。飽きさせやしないよ」
二人の姿を見て、クロノ王子が立ち上がると、妙に不機嫌そうな顔をしている。
「あの~、僕も混ざっちゃって良いですか? 同盟。めっちゃ無視されてるんですけど」
「と言うか、貴公誰だ?」
ああそうだ。彼、今女装してるから。クロノ王子が頬を膨らませると、姫がげらげらと笑った。そんな姫につられてか、珍しく姫と共に笑っている僕がいた。
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