十一・潜入(三)

 貴族の馴れ合い場となっている食事の間や、王の間を覗いて行くが、ムネモシュネ王は見当たらない。


「ワイン色の髪の女性なんてそうそういません。今もメイドの姿をしているかは分かりませんが、あの髪の色を探しましょう!」

「うむ!」


僕は右、姫は左の方を見て歩く。ワイン色の髪は今のところ目に入らないな。その上、この人の多さで完全に奥の方までは見ることが出来ない。背の高くてガタイの良いボディーガードも多いしな。


 僕達がキョロキョロと見回していると、後ろからクロノ王子が駆け寄って来る。クロノ王子が頬を膨らまして僕とイリス姫の頭を叩き、隅の方に再度移動させられる。おいおい、僕はまだしも、姫も叩いて大丈夫か? 姫を見るとケラケラと笑っていた。むしろ喜んでいるらしい。


「僕を置いていくな馬鹿っ!!」

「いやしかし、クロノス王子といたらとても目立ってしまいますし……」


 僕に言われると、クロノ王子はその質の良い身なりを見つめる。やっと分かってくれたか。頭を下げて、「失礼します」と姫の手を引いて去ろうとした時、クロノ王子が僕の服の袖を引く。何故だろう、嫌な予感がプンプンする。


「君達、どこでその服を手に入れたんだ? まさか、この国に入る前からその格好だとは言うまい」


クロノ王子が厳しい所を突いて来る。いやぁと誤魔化すわけにもいかず、思わず姫の目を見る。ヘルプのつもりで彼女を見たつもりだったが、姫は両手を組んで明るく話す。


「あっちじゃあっち。あっちの王の部屋は面白い服がいっぱいあったぞ?」


姫は当然のように彼を巻き込むつもりだ。王子も何時に無く乗り気だし……一国の姫だけじゃなく、王子も抱えねばならぬとは。頭が痛くなる僕であった。


 … … …


 王の部屋へ移動し、タンスを一段ずつあけていく。そして上から四段目。そのタンスの中を見ると、僕とクロノ王子は顔を見合わせて驚くこととなる。


「おや、これは……」


クロノ王子が、例の服を持ち上げた。それは、姫が乱雑にしまいこんだ僕と姫の服だったのだが、その服が、ビリビリに引き裂かれてしまっていたのだ。


「お怒りらしいね、王様」

「姫、やっぱり帰りませんか?」


姫を見ると、姫はうーむと唸り声を上げて両腕を組む。そして、数秒後に姫の腹が鳴る。


「いや、まだ料理を食べておらん」


勝手に食べてろ。僕は帰るからな。


 とも言えないので、僕は今度はクロノ王子にヘルプの視線を送る。


「そんな顔されても、僕の知ったことじゃないよ。こんなの」


それもそうである。それに、今帰った所で怒りは収まらないだろうしな。最悪、僕が民の代表で、この服同様の結末を受けることになるだろう。もう過ぎてしまったことを後悔するわけにもいかまい。僕は諦めて、クロノ王子に服を手渡した。


「まぁ、そう落ち込まないでよ。最悪、僕の国でなんとかしてやっても良いから。……で、何? その服」


 クロノ王子は怪訝そうに僕の持つ服を見る。やはり、女装はお嫌いだろうか。とは言え他に彼に合うサイズの服などないし、こんな小さく、桃色の髪の執事は恐らくこの世には他にいないだろう。


「クロノス王子、貴方に似合う服と言えばこれくらいですよ。他の服は王の着るものだけあって目立ちますでしょうし、何よりサイズが合いません」

「着るものがあるだけマシだぞ? 無かったら、お前は全裸で行かねばならぬのだから」


 いや、その場合はこのままの服装で良いよ。姫が真剣な顔つきで脅すものだから、クロノ王子が涙目で顔を引きつらせる。いやいや、服着て無かったらそれはそれで目立ちますって。


 クロノ王子が着替えると、普段着よりこっちの方が似合うのではないかと言う程に可愛らしい出来だった。一応髪止めも二つ渡して置いて正解だったな。これならば、完全に女性に見える。


「よし、それじゃあ行こう!」

「そうですね」

「ご飯を食べに!!」

「ほう」


 ゆっくりと、姫の方を向いて睨みつける。姫も同様にゆっくりと横目で僕を見たが、僕と目があった瞬間即座に視線を逸らし、僕とクロノ王子の手を引くとパーティーを行っている食事の間へと駆け戻った。


 姫は料理を二、三日食事をロクに取っていない人間のように勢い良く食らいつく。僕がさり気なく取って来ておいた三人分の食事だったから良かったが、これを皆の目の前で食べられたら、完全にアウトだった。この三人分の食事は、完璧に全て姫の腹に収まるな。


「姫、満足ですか?」

「うむ。満足すぎて動けん」


 馬鹿め……。これでは、短気な王の感情をただただ逆撫でするだけだが、かと言って姫を置いて僕だけ探しに行くわけにもいかない。おんぶなんてしたら目立つし、ここは姫が歩けるようになるまで待つしかないか? 深いため息をつき、貴族たちのいる会場の方を振り返る。その時であった。


「あ……」


 先程のメイドと目が合った。


 僕達がただのメイドじゃないと気付いたことを察したのか、目が合った瞬間、彼女はその場から走り去った。右か! こうなれば……無理にでも決行しよう。姫とクロノ王子の手を引き、僕は走り出した。


「な、何事じゃ!!」


急に走り出したメイドと僕達に、大臣が驚いて声を上げる。


「申し訳御座いません、でかいネズミを一匹発見したので追いかけます!!」


なんて急に言ってしまったが、むしろでかいネズミは僕達だろう。と思ったのは今更。僕は全力で彼女を追いかけた。


 彼女の足はそこまで早く無かったが、知力はあるらしい。人の量を利用して人の中に紛れ込んだ。だが、服をボロボロに刻まれ、後戻りの効かない僕にはもはや関係無い。最悪、イリス国の兵士をやめて、一人の男がやらかした珍事として処刑してもらえば良いだろう。本当に、最悪の話だがな。


 僕は二人の手を離し、その場から高く跳躍。高い天井を見上げる人々を無視して、上からワイン色の髪を探す。いた。前から一メートル程の人波に紛れている。


 その近くで着地すると、人々は驚いて僕の周辺から離れた。たった一人、ワイン色の髪のメイドを除いて。人々が驚いて、僕に目を向けている隙に。姫達にアイコンタクトを送ると、姫とクロノ王子はワイン色の髪の女性の手を引き、人ごみに紛れて倉庫部屋へと戻った。


「何じゃ、曲者か!?」


 人ごみを割って入って来る大臣と兵士達。僕の大嫌いな人の視線を一斉に集めると、僕はその両手を伸ばして大臣達に見せる。


「大臣、捕まえましたよ。でかいネズミを」


 僕の両手の上で、比較的大きめなネズミがキョロキョロと辺りの人々を見まわした。貴族達は小さな悲鳴を上げる者達もいたが、その悲鳴はすぐに収まると、やがて感嘆へと代わって、沢山の拍手が僕を迎え入れた。


「ご、ご苦労であった」


 大臣も周りにつられて拍手をしながら、僕に言った。


 ……良かった。ネズミを拾っておいて。

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