十一・潜入(二)

 ムネモシュネ国は、イリス国より少し大きい。と言うか、イリス国が小さすぎるのだろう。その為、クレイオス国とほぼ同じ程度の兵士がいる。強いて言うならば、此処の遣いの者達の方が真摯且つ殺伐としていて、クレイオス国の兵士達より強そうだ。その様子が痛い程伝わって来るのは、見るからに兵士達がピリついているからだ。


「姫、ムネモシュネ王はどちらに?」

「それが分かればなぁ」

「はい?」


 何だか嫌な言い方。まるで、ムネモシュネ王の顔を知らぬかの様な……いや、まさかなぁ。


「知らないなんて、言いませんよね?」

「知らん」


 足を止め、無言で姫を見る。姫もじっと僕を見る。此処だけ切り取ってみると、トレンディドラマのように見つめ合う男女。空気だけならばこのまま口付けでも交わしてしまいそうだが、その空気はさらっと無視して、再び歩き始める。


「知らないなら仕方ないですね」

「そうじゃ。知らないものを見栄で知っていると言うわけにもいかんじゃろ」

「ええ、そうですね。……それにしても、今日は人が多いですね」


 ムネモシュネ王は急に他国の遣いに暴行をするようなヤバい王だって聞いたはずなのに、こんな日に限って人が多い。ヤバい王だけに、皆敵に回すと怖いと思っているのだろうか。それにしてもこの人の量はまるでパーティーでもするかのようだが。


「じゃろうなぁ。確か、今日はこっちの国でクレイオス国との交流パーティーがあるそうじゃったから」

「クレイオスってことは、クロノ王子ですか? へぇ、彼も頑張ってますね」


 再度静止。僕と姫はじっと見つめ合う。まるでこの後肩に手をやって、イエスフォーリンラブとでも言いそうだが、それだけはしたくなかったのでやはり歩き始める。姫は頬を膨らますと、早足で僕より早く歩き、僕の前に立つと行く手を阻んだ。


 すると、姫は上目遣いで首を傾げる。まるで、僕につっこんででも欲しそうに。僕は顎に手を添えて一応考える。姫が期待の目でこちらを見るので、強く否定することも出来まい。考えた末、僕は姫の無防備な頭に軽くチョップして、姫を避けて歩き始めた。姫も満足げな顔をしているし、まぁ良いか。


「じゃあ言いますけど、ムネモシュネ国の王も、今日パーティーがあるから考える時間が欲しい。って意味で手紙を書いた確率ありますよ? だとしたら意外と常人的言葉だったと思いますし、僕達帰った方が無難かと思うのですが」

「いやぁ駄目じゃ。たまには美味しい食べ物を食いたいし、絶対にムネモシュネ王をあっ! と言わせたいのだ」


 あっ! じゃなくて、はぁっ!? な気がするのだが。今からでも、僕がぶん殴られて姫が大爆笑している図が浮かぶ。


 しかし、これからどうすれば良いのだろうか。王の顔が分からないとなると、僕達も話しようが無い上に、あまり長居すると、先程のメイド以外の何者かにバレてしまうだろう。何せこの国の兵士達を、僕達はボッコボコにしてしまったからな。さっきのメイドを探す他無いか? いや、しかしこの人の多さでは。


 神妙な顔で考えていると、姫が僕の服の袖を引っ張る。


「モモロン下手クソじゃなぁ。変顔はな、こうやってやるのだぞ?」


と言って、姫はより目になって眉を下げ、口を小さく開ける。だからそれ、刀持ち出す前のバカな殿様だから。


「変顔なんてしようとしてません。見られたら怪しまれますから、普通に綺麗な顔してて下さい」


 僕が言うと、姫は、「はーい」と表情を整える。皮肉にも、このタイミングで案が浮かんでしまった。


「クロノ王子の所へ行きましょう。王子のいる所なら王がいるでしょうし、最悪、それとなく近付いてクロノ王子に直接手伝ってもらえば良いかと」


本当は、彼とはあまり関わりたく無いのだが。まぁ、この場合は仕方ないだろう。


「ほー! ええのうええのう!! ここで違う国を巻き込むなんて、見事にお前らしい!!!」

「やめて下さいその言い方!」


そんな言い方をされると、全責任が僕に注がれている気がする。やっぱり違う方法を探そうかな……と考えていると、姫は既にクロノ王子を探しに先へと進んでいた。


「のう……じゃない。なぁ。クロノ王子は、どこにいらっしゃるのです?」


自分なりに声を低くして姫はメイドに尋ねた。メイドが振り返ると、「あっちの大広間ですよ」と指をさす。クソッ……これで全責任が僕に……。絶望感から、壁に手をついて俯く。


「何ふざけてるのだ? 行くぞ、モモロン」


ふざけているのは姫でしょう。なんて言葉も僕には言えず。僕は素早く後悔を切り捨て、「はい」と、姫の後をついていった。


 大広間には、メイドや執事とは違う、美しいドレスや燕尾服を身にまとった人々が沢山いる。こことイリス国では、まるで別世界のようだな。この人数から彼を探すのは一瞬ためらうものもあったが、あの桃色の髪はすぐに見つけられた。沢山の女性貴族に言いよられ、適当に返事をしているクロノ王子を。


 それでも喜んでもらえるなんて凄い男だ。そりゃあ、顔も良くて小さくて可愛いらしい、しかも王子の彼を放っておく女性などいないよな。


 などと思っていると、暇そうに視線を逸らしたクロノ王子と目が合う。


「すみません、ちょっと他の方々ともお話ししてきますね」


クロノ王子が此方へやって来ると、人差指で、さり気なくスタッフルームを指さす。僕は頷き、三人は無人の倉庫部屋へと入った。


「姫もつくづく変わったお人ですね、まさかこんなところで会うと思いませんでした。お陰で暇が潰せそうですけどね。で、ここで何やらかそうって思ってるんですか?」

「ちょいと、こいつを渡そうとな」


 姫はポケットから活きの良いネズミを取りだした。アレ? 捕まえたのは確かミミズだったはずじゃ? 何時の間に交換したんだ?


「姫、ミミズは?」

「え、ミミズッ!?」

「アイツか? アイツはいかんよ。やっぱり干からびたら可哀想だから、置いてきてやったのだ」


ミミズが可哀想だと思うなら、出来ればネズミの方も可哀想だと思ってやってほしいのだが。


 姫の発言には普段動揺を見せないクロノ王子も一歩後ずさり、「流石は姫……」と苦笑いした。この様子じゃ、多分ミミズは嫌いなのだろう。実際彼に見せていたらどうなっていたのだろう。案外叫んだり失神していたりするのだろうか。なんて想像すると、少しだけ見たかった気もする。


「……僕はどうでも良いですけど、多分そんなことしたら首ちょんぱですよ?」


 青ざめた顔で姫に言うクロノ王子。しかし、そのくだりはもう二度目なのだよクロノ王子。


「ああ、その時はデュラハンとして」

「だから無理だって」


二度目にしてもブレない姫の回答に、ビシッと姫の肩を叩く。姫はげらげらと笑いだした。ああ、また始まった。


「姫の考えることは分からないなぁ。まぁ、そこがまた面白いんですけどね」

「で、だ。クロノ王子、ムネモシュネ王ってどんな奴なのだ?」

「どんな奴って……知っての通り、中々過激な方ですけど」

「じゃなくて、顔じゃ顔」

「顔? もしかして知らないんですか?」


面目ないが、僕達は頷いた。一国の姫が他国の王の顔も知らないなんて、部下としても恥ずかしい話だ。


 僕達がムネモシュネ王の顔を知らないことを知ると、クロノ王子はニヤリと悪い笑みを見せる。


「教えて欲しいですかぁ?」


 何か条件を出して来そうな表情と言い方だったが、姫はそれを無視。クロノ王子へと、首を傾げながら、無垢な顔つきで聞く。


「何だ? もしかして知らないのか?」

「いや、知ってますよ」

「そう意固地になるな。大丈夫じゃ、王の顔くらい知らなくったって何も恥ずかしく無いぞ? 人生はな、人の顔覚えるより、生きることの喜びを覚える方が大事なのだ」

「いや、だから知ってるって!! ワイン色の髪をした、綺麗な女性だよ! あ、貴方よりも綺麗ですよ!?」

「だそうじゃよ? モモロン」


 姫はケロッとした顔つきで僕を見る。ほう、ワイン色の髪をした姫より綺麗な女性かぁ。ほくそ笑んでクロノ王子を見ると、クロノ王子は怒りで真っ赤にしていた顔を途端に青くして、フンッと前髪を撫でた。意地っ張りな奴。


 それにしても、ワイン色の髪の女性と言えば、どこかで見た覚えがあるな。確か、王の部屋のベランダから侵入した時に出会ったメイドが……メイド?


「クロノス王子、本日、王はどちらへ?」

「今日は見て無いなぁ。このパーティーも、実は主催は大臣だしね。ムネモシュネ王も、イリス姫に負けず劣らずクレイジーだから、下が頑張るしか無いんだよ。実質、王はあの大臣かもね~」

「……姫!」

「おう!」


 僕は姫の手を引いて走り始めた。取り残されたクロノ王子は茫然と見つめていたが、やがて頬を膨らますと、僕達を追いかけ始めた。

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