八:告白(一)

 信じられない。天と地がひっくり返ったとでも言うのか?


 今まで僕は人を避けて生きてきた男だったが、姫の部下にされた所為で多少の……どころか、かなりの注目を受けてしまった。そうだ。確かにそれは否定できない事実。しかし、だとしてもだ。僕なんぞにラブレターなるものが届いたのだ。ファンレターではない。ラブレターなのだ。封筒には、丸文字で、「モモロン様へ」と書いている。


 問題は中身なのだが、これまた意味深で。読んでみると、貴方の過去を知るものです。貴方のことをずっと見つめておりました。大好きです。的なことを書いてある。過去の自分、か。


 ただからかって誰かが書いたと思うのが妥当だが、過去の自分を知っていると書かれると、何ともむず痒い。嘘だと思う半分、もし本当だったら……。思わず辺りを見渡す。此処は誰もいない応接間。誰もいるはずが無いと言うのに。


「行くか」


 僕が手紙を見ていると、僕の足元から、ニュッと黄緑色の髪の人物が飛び出て来た。こんな奇特なことをするのは彼女くらいだ。そう、此処のバカ姫だ。


「どこへ行くと言うのだ、モモロン」

「姫でもあろうと言う貴方が、地面に髪をこすりつけるのは如何かと」

「気にするな。姫なんてこの世に幾らでもおる。一人くらいこすりつけても良い」


何だその独自の姫理論は。それにしても、まさか彼女に知られてしまうとは。クロノ王子の次に見られたくない人物だった。いや、同じくらい。せめて手紙は隠しておこう。紙をポケットにしまうと、「そうですか。では、失礼致します」と応接間から出て行った。


 … … …


 手紙には、隣国ムネモシュネ内の南東にある宿屋の外で待っております。と書いてあった。待ち合わせをするには若干遠いような。と言うか、手紙の返事如きにそんな遠い場所を指定するなと言いたい。とは言え、もしかしたらこれは僕を知る何者からのメッセージなのかもしれない。そう思うと、僕を歩みは止まらなかった。


 森を駆け抜けて二十分後、ムネモシュネ国内に到着。時間より十分程早いが、待てば良いか。宿屋の外で待っているとあったので、宿屋の左側の壁に寄り掛かって待つ。左側に移動したのは、十数メートル先に小さな時計台があったからだ。小さなと言っても、広い豪邸の離れにある時計台なので造りが良くて見やすい。たまに視線を逸らしてみると、結構あの時計を見ている者は多い。


「遅れてごめんなさい!」


 可愛らしい声で現れたのは、頭に鮮やかな布を巻いた、体を布で覆った服装の女性だ。


「モモロンさん見てくれました? 私の、ラ・ブ・レ・タぁ」

「いえ、存じ上げませんね。姫のラブレターは」


女性は頭に巻いていた布を外すと、布の中にしまいこんでいた黄緑色の髪を解放して大声で笑った。時計を見ていた人々が僕等の方を見るので、急いで取った布を姫の顔面に巻きつけた。つい焦ってミイラ男のようになってしまったが、姫は更に笑い声を上げる。僕を怪しく見るどころか、姫をヤバい奴だと感じた人々は、そそくさとその場を去って行った。姫の正体がバレるよりはマシだろう。


 人がいなくなったのはこっちとしては好都合だが、姫がこの場にいるのはマズいな。ムネモシュネ国はまだ面識が無いし、あまり良い噂は聞かない。以前、王が急に怒り出してポイベー国の遣いに暴行をした、と言う恐ろしい話を姫から聞いた。姫の分からないところは、それを大爆笑しながら言うところだ。やはり、どこかの感情の線が切れていると思われる。


「面白そうだからついてきた」

「姫が外へ出るの、誰も止めなかったんですか?」

「止める者? 何でだ?」


王国の者はもう大体把握しているから良い。せめて、せめて民は一声かけてやらんか。何故か、姫本人より落ち込んでいる僕がいた。それにしても、あのシスコンも兄も何も言わなかったのか?


「エロス様は?」

「モモロンとおつかいに行ってくると言ったら笑顔で見送ってくれたよ!」


こんな遠くまでおつかいにくる奴がいるか。たぶん、僕がいると聞いて姫の身の危険は守られたと安心しているのだろう。僕は何時も彼女の子守り役だな。


「姫、もしや手紙を出したのは貴方様で?」

「そんなわけ無いだろう。私だとしたら、何故お前について来る?」

「手紙に踊らされる僕を見に」

「成程! それも良いな!!」


バカ笑いをするこの様子じゃ、確実に姫じゃ無いな。それは安心したが、手紙の主が僕以外の者が待っていたら警戒しないだろうか? 姫をどっかにやりたいが、一応一国の王。容易に一人にすることもままならない。


「モモロン、真剣な顔だな? よし、私も真剣な顔をしよう」


 姫は急に表情を整えると、妖艶かつクールに微笑む。その顔つきだけ見れば、大抵の男が振り返るだろうに。その顔つきも三秒後、一気に崩れる。目と口を指先で引っ張ると、怪物みたいな顔をし、その手をすぐに離すとゲラゲラと笑った。いや、自分見えて無いでしょ。


 姫のことは一旦放っておき、辺りを見渡す。怪しい人間は二人。


 黒く、首元までしか無い短い髪の女と、その隣にいる金髪の肩まであるロン毛の男。長そうな前髪は、オールバックにして後ろに流しており、肩まである髪はポニーテールでひとくくりされている。全く色合いも大きさも違う二人は、見た感じだけでも超怪しい上に、こそこそと此方を見て笑っている。明らかに怪しい。


「……姫、行きましょう?」

「行く? おつかいにか?」

「だとしたら、長くなりそうですね」


姫の手を掴み、路地裏へと逃げた。すると案の定、「逃げやがった!」と言う男の声。そして二つの迫る足音が……近い? 近い、近すぎないか?


 振り返ると、男女と僕達の距離が瞬く間に近づいて行く。ヤバい、これはこっちも本気を出さないと。大きく息を吸い込んで力み、踏ん張るとスピードを上げた。


「チッ速い! コラ、待たねぇか!!」

「止まって、それ以上奥へ行ってはなりませぬ!」


何者だか知らないが、そんなことを言われて簡単に止まるか。地を蹴り上げて前方へ飛び上がる。この先を右に曲がり、一旦撒きを計ろう。角の手前で踏みとどまり、右へ走ると今度は五人程の黒装束の者共が行く手を阻んだ。


「お前がモモロンだな!」


もしや、コイツ等が僕の過去を知る者か? となると、先程の者と彼等はグルのようだな。此処で掴まって拷問なんてのはゴメンだ。


「姫、掴まって下さい」

「おう?」


 姫を横抱きすると、僕はその場から民家に向かって飛び上がり、屋根に着地する。その後、蹴りあげた勢いで民家のレンガを一つ破壊しながら屋根から屋根へと飛び移って逃げる。すみません、家主さん。


「す、すげぇ……」

「ただ者じゃ無いわね」


なんて言う男女も屋根へと飛び上がると、僕を追いかける。黒装束の方は、路地裏を抜けて地上から追いかけている。さしずめ、あの二人が主なのだろう。


「モモロンすごいぞー! アレだな、まるで文献に出てくるヒーローのようじゃ!!」

「ヒーローが敵に背を向けて逃げるものですか!?」


こっちはアンタを守る為に必死こいていると言うのに、呑気に笑いやがって! だが、これも残念ながら何時ものこと。今、逃げている間も数件の屋根を破壊してしまった。


 一旦屋根を降りると、豪邸の蔵の中に避難した。

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