八:告白(二)

 中には人がいないようだ。今にも喋りたそうな姫の口を手で押さえ奥に移動する。食物用の蔵ゆえに、肌寒い。追手がこの場を去るまで、此処で厄介となろう。


 そう考えていた時だ。急に扉が閉まったかと思えば、天井のふたが外され、その穴からからネズミが数匹落ちてきた。追手と言う名の、デカいネズミが。


「場所が悪かったな、モモロン。此処がこの国の公爵の家だとも知らずに」 


黒装束の者の一人が、フードを下ろして言った。顔はそこそこのオヤジだ。腕の良い剣士と言ったところか。


 場所が悪い、な。だとすれば、お前等は相手が悪かったな。姫を後ろに下がらせ、剣を抜く。者共が僕目掛けてやって来る。それを一人一人薙ぎ払い、壁やら積み上げられた壺に向けて吹っ飛ばす。壺が壊れると、漬物の香りがプンプンと臭う。ありゃあ一週間は臭いが落ちないな。


「聞いていた通りの力。流石と言ったところか」


剣士のオヤジが剣を僕に向けて振ると、更に追加で天井からネズミが降りてくる。それらを跳ね返すが、倒せば倒す程人数が増えてくる。最初は十数人だったのが、五十人か。それは、五十人出さないと勝てない相手だと言っているようなものだぞ? と言う言葉は敢えて黙っておこう。


 しかし、幾らなんでもこの数はキツイな。仮にコレを防げても、この様子じゃまだまだ人は増えそうだ。本当に公爵の家の分だけか? 思わず唇を噛みしめる。姫と共に後ろに下がりながら、迫りくる敵を薙ぎ払う。壁にぶつかった。これで姫が取られる心配は無くなったな。だが、それも僕の命が尽きるまでのこと。剣士のオヤジは更にネズミを増やそうとしている。


「行け行けぇ!」


 剣士のオヤジの声により、黒装束の敵は更に追加で降りてくる。……はずだった。


 はずだと思ったのだが、降りて来たのは、気絶して倒れた十数人の者共だった。天井の穴を見ると、先程黒装束を着ていた黒髪の女と金髪の男が、本来の衣姿で華麗に地に降り立った。男女は目の前にいた者共を鉄製の鋭い武器で腕や足を斬り倒して僕に向けて叫んだ。


「助太刀するわ!」


先程倒したので充分そうだが。なんて僕の考えは甘かった。


 先程よりネズミが増えた。それも、場所など考えず一気に五十人。先程三人が倒した分を減らしても、八十人近くはいる。倒れているネズミを踏み台にして、者共は此方へ向かってくる。よくもこうわらわらと。ネズミの一匹を投げ飛ばすと、数人のネズミ達にヒット。それを見過ごさなかった男女が動けないようにと手足を深く斬る。血にはためらいが無いようだ、それに、僕に助太刀をするなんて彼等は一体?


「ギャッ!」


 戦闘中にも限らず、答えの分からぬことを呑気に考えていると、姫が可愛げのない叫び声を上げた。


 背中にあった姫の感覚が無い。前方を見ると、今まで指揮ばかりをしていた剣士のオヤジが姫の首元に剣を突き付けて笑っていた。


「おやおや。随分と大切にされていると思ったら、イリス国の姫でありませんか。私等は貴方様にお会いしたくてならなかったのですよ?」

「姫を離せ!」

「と言って離すと思うかい?」


 ……思わんよ。しかし、一応離せと言うのが礼儀だろう。それに、離さなくったって離させるさ。ネズミ共を倒し、少しずつ剣士のオヤジに近づく。


「良いのか? それ以上近づけば、もれなく彼女の首を吹っ飛ばしてやるぞ!」


 僕は思わず顔をしかめる。金髪の男の舌打ちも聞こえてきた。恐らく、彼等は本当に味方と見て良さそうだ。焦る僕等とは対照的に、姫は静かに目を閉じていた。


 やがて、その目をゆっくりと開いたかと思えば、「はっはっは!」と声高々に笑った。


「首無し、か。デュラハンと呼ばれる妖精が確かそうだったな。妖精と呼ばれるのならば、この細い首を失うのも面白いだろうか」


姫は一人狂ったように笑う。流石の剣士のオヤジも、線の一つ切れた彼女に奇妙と言わんばかりの顔をする。心の読めない彼女に、剣士のオヤジの手先が僅かに震える。その手先を見て、姫はニヤリと笑って振り返る。


「しかし、その際は、貴様も道連れだがな」


言ってのけた瞬間、姫は全力で男の足を踏んだ。剣士のオヤジが怯んで剣を離すと、姫はそれを素早く掴んで、剣士のオヤジの首に向ける。


「そんなワケなかろう? こんな美しい顔を切り離すなんぞ、勿体無いことこの上ないっ!!」


姫は大爆笑した。これが事実だから、何ともな。自分で言わなければ完璧にモテるのに。


 何はともあれ、これで事態は一気に優勢だ。敵の大将が怯んでいる瞬間に、僕達三人が、挙動不審になったネズミ共を気絶させていった。天井にいた者共も数人飛び降りて男女に倒されると、残りは恐れをなして逃げていった。


「何故、モモロンを狙ったのだ」


残った剣士のオヤジの首元に剣を付けながら、姫は尋ねる。子供のように無邪気な彼女が剣を持つと、笑った瞬間剣を動かしてしまいそうで怖い。姫に近づいて剣を取り上げると、僕が剣士のオヤジを掴み、固定した状態で話をさせる。


「……ウラノス国の兵に、手を組もうと言われて」

「ウラノス国? 何じゃアイツ、あれじゃあガケメロンが足らんと言うのか?」

「多分、そう言う問題じゃないと思いますけど」

「それについては、私から説明致します」


 説明すると言ったのは、僕達の手助けをしてくれた黒髪の女だった。よく見ると、髪の横に赤い花の髪留めをしており、白い肌と黒い髪に対して、見事な差し色となっている。


「ウラノス国で戦いを終えさせられた残党は、姫やモモロンと言う兵士のことを憎んでいるようでした。少なくとも、彼等の国でも犠牲になった兵はおりましたから。そこで、それを逆恨みしたウラノス国の残党の一部と、ムネモシュネ国の兵が手を組んだと言うことなのです」

「ふぅん。でも、そんなごく一部の奴の言うこと、よく聞いたものだなぁ。私なら、余程面白そうなことしてくれないと絶対手を組まんぞ」

「面白そうなことしても手を組まないで下さい」


 つい何時もの癖でつっこんでしまった所に、女が大きな咳払いをした。申し訳無い。これ以上は余計な言葉はチャックしとこう。代わりに、一つ質問をしてみる。


「それを、何故貴方がたが知っているのです?」

「私は、とある国のスパイでして。私がウラノス国に、彼がムネモシュネ国にスパイとして潜入していたのです」

「ほぉう。で、どこの国のスパイなのだ?」

「……姫、貴方様にスパイを頼まれたのですよ?」


女は悲しそうに眉を下げて言った。それにしても、姫は自分の出した遣いも忘れるのか? それはバカを通り越して物忘れなんじゃないのか? 疑いの視線を向ける。


「全然覚えとらん」

「まぁ書類審査でしたから、覚えて無くても無理ないんじゃないすか」


金髪の男が言った。書類審査か、それならば分かる。書類ならば、名前と身なりの特徴、そして今までの経歴ぐらいしか書いていない。姫のことだから、書類にしっかり目を通さず適当に返事しそうだし。


「……そう言うことにしておきましょうか。兎にも角にも、私達は重大なウラノス国とムネモシュネ国が組んでいると言う情報を発見したので、今回貴方様に手紙を出したのです。事実確認をしようと」

「それでは、過去を知ると言うのは?」

「姫と共にウラノス国からの侵攻を防いだ、と言う最近の過去を取り上げてみました」


何だか、姫の国の人っぽいアホのような言葉回しだ。これもきっと、僕を呼びだす上手い言葉遣いだったのだろうがね。


「それにしても、貴方達、どうしてウラノスの残党なんかに手を貸したの?」

「そりゃあ、この国の主にでも聞いてくれるか。私達も命令されただけなのでね」

「らしいですわ、姫」

「まぁ、お宅の王は頭おかしいもんな」

「人のこと言えませんよ、姫」


 僕のツッコミに姫、そして姫につられた金髪の男が豪快に笑った。対して、僕と黒髪の女はほとほと呆れて、小さく首を振った。

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