七:実現(二)

 行列に並んでいた際、特技大会の様子はステージ上の声を聞いて把握していた。幸運なことに、順番も最初から八番目と早い方だ。一組先に手品をしていたが、彼等の手品は小話を交えての初歩的なものだ。腕前と言うよりは、話術で楽しませる戦法だったらしい。その一組がやったのがトランプだ。となると、始めの掴みでしようと思っていたトランプは止めておくのが吉だな。


 昨晩、アシスタントの男とはネタの種類を容易に変えられるよう、腕を叩いた回数で取りに行かせる道具の種類を変えると言う打ち合わせをしていた。覚えていれば良いのだが……。最悪違った場合は僕がどうにかしよう。今回はシルクハットを持ってきてもらうことにして、「ではよろしく」と男の腕を軽く二回叩いた。男が一度舞台袖に去って行くと、事前に用意されていた道具一覧からシルクハットを持ってきた。お見事! シルクハットを受け取り、それを逆さに持つと帽子の中を観客に見せる。


「此処にあるのは何の変哲もない帽子です。中身も当然、入っておりません。ですが、これをポンと叩いてやりますとこの通り。あめ玉がザクザクと」


と、言ったところで静止した。


 本来なら、此処でシルクハットの中があめ玉で溢れかえるはずなのだ。が、一つも出てこない。これはさほど難しく無い方の手品だったはず……失敗か? アシスタントの男の方を見ると、頬に不可解な膨らみを見つけた。


「ちょっと失礼」


 男の口を強引に開くと、前列の観客がきょとんとした顔で見る。何と男の頬の中にあめ玉が三つ入っており、僕が口を開かせたことによってあめ玉が全てこぼれ落ちた。コイツ、食べてたな。


「申し訳ございません。食いしん坊な彼が食べてしまったらしく」


実際食べてしまったのでどうしようもない。素直に打ち明けると、観客は温かく笑ってくれた。此処の国の民は姫に似て寛容だ。男も意味を察したらしく、軽く頭を下げた。否、彼を使わないネタに関して詳しく説明しなかった僕も悪い。首を振って手品を続ける。それに、一度失敗したことによって、大きなネタに持って行きやすくなった。本来は小ネタをあと二、三個してから大きなネタに行くつもりだったが、ショートカットでパパッと終わらせよう。


「失礼致しました。では、改めて参ります」


 男の腕を一回叩いた。男が舞台袖に移動すると、僕も一礼をして大きい箱を二人がかりで運んだ。その間も、観客は笑ってくれている。大きく重たい箱を、自分達で用意している姿が滑稽だったらしい。さっきのくだりと言い、別にそっちを狙っていたわけでは無かったのだが。スベるよりかはマシか。


 箱を縦に置くと、男の方はぜーはー言っていた。この状態で脱出出来るかね。これで失敗したらそれこそ大惨事だ。今でこそ観客が笑ってくれているが、この手は二度目は通用しないぞ。


「さて、彼には今から此処に入ってもらいます。さぁどうぞ」


 箱のふたを外し、箱の中へと手を伸ばす。男は箱の中に入り、僕はふたを閉めた。


「今、彼はこの箱の中に入っております。ですが、僕が一二の三と合図をしますと、この箱の中から姿を消します」


 観客は、驚きからどよめき始める。おお、良い反応だ。


「嘘だー!」


 最前列にいる少年が言った。生意気な奴め、しかしそれも良い反応だ。ステージを降りると、少年の元へ行き手を差し伸べる。


「おいで」


少年が僕の手を握ると、僕と少年はステージへと上がった。


「彼のように、信じられない方々も多いと思います。ですので、彼にはこの仕掛けをこの目の前で確認して頂こうと思います。良いですか?」

「うん!」


少年は満面の笑みで答えた。


「では参ります。一、二の、三!」


 声と共に、僕と少年でふたを持ち上げて外した。中に男はいない。それを確認した少年や観客は、驚きの声を上げた。そしてその後、拍手と歓声が起こる。いやいや。まだまだそのタイミングじゃないんだな。


「じゃああの人はどこ行ったの?」


 少年よ、良いタイミングで言ってくれた。拍手が徐々に消えて行くと、皆僕に視線を注目させる。あまり見られると嫌になってくるのだが。


「そうでしたね。忘れるところでした。では皆様、おーいと彼を呼んでみましょう。せーの」

「おーい!!」


 少年や観客が声を上げた。すると、観客席の真後ろから、男が手を振った。それに気付いた最後尾の人々が、「ええっ!?」と驚いた。その声に反応し、皆後ろを振り返って驚く。


 本来だったら此処で拍手を浴びて終了と行きたいところだが、まだ僕には役目がある。自分の喉を撫でてパチンと指を鳴らすと、男は自分の喉を撫でた。そして、「おおっ!」と声を上げた。観客が何かあるのかと男に視線を向ける。此処からは、彼のステージだ。


 舞台袖から覗いていた係の女性に一礼すると、女性は頷き、音楽を流した。曲は、先日彼が歌っていた曲のメロディだ。男は突然の出来ごとに慌てふためいていたものの、流れてくる音楽に合わせて曲を歌い始めた。あの時は素人に毛が生えた程度だと思っていた歌声だったが、それは恐らく、彼がこれまで行った国でも全力で歌って少しずつ喉を壊していたからだろう。美しい音色が響き渡り、観客は皆彼の歌声に酔いしれていた。


「お兄ちゃん、手品は良いの?」


 少年が気遣って僕に言ってくれた。先程の生意気な態度とは打って変わって可愛いものだが、残念ながら今の僕は喋ることが出来ない。


 何故なら、今僕が彼にかけている魔法は、自分の喉と彼の喉を交換する魔法だからだ。本格的な白魔術師でも無い僕には、一瞬で彼の喉を治す魔法など覚えられるはずも無かった。


 実は剣の稽古をした時に使ったのもコレだ。今はマジックと称して手袋をはめているが、実は指先には深い切り傷がある。アイツ、あの時はあまり痛そうにしていなかったが、こりゃあかなり酷いことをしてしまったな。あの時魔法を唱えた直後は、正直泣きそうなくらい痛かった。などと長々と説明する喉も無いので、僕はニコッと笑い、首を傾げて誤魔化した。


 これで良いのさ。だって彼は、此処へ歌いに来たのだから。それが、歌えなくなってハイ終わり。だなんて悲しすぎる。それに、彼だって大切な喉を失って気付いたはずだ。その声の尊さに。


 今の彼の歌声は、昨日のただ大きな歌声では無かった。優しく、伸びのあるお腹から出た声。それも、昨日は気持ちよさそうに目を瞑っていた彼が、今日は観客の顔をしっかりと見ている。良かった。本当に良かった。


 ……これで、僕の手品のくだりも完璧に薄れただろうしね。と言う心の内は、誰にも言わないでおこう。


 歌が終わると、座っていた前列の観客も立ち上がって拍手をした。男が僕の隣まで戻ってくると、僕は喉を撫でて声を戻す。直後、男は眉間にしわを寄せて喉を撫でると、首を傾げた。悪いが、何時までもお前に喉を貸す気は無いのでね。


 少年を元の席へと返し、僕達は拍手と歓声の中ステージを去った。男は未だ喉を触って首を傾げる。そして僕の腕を掴むと、何か言いたげに喉を指した。魔法を使ったことがバレたか? 男はその場にあったカンペ用のスケッチブックとペンを見つけると、それを持ってきて僕の前で書き始めた。そして書き終えた文を僕に見せる。


『今日はありがとう』

「此方こそ有難う御座います。素敵な歌声でしたね」

『喉が潰れていたのに、まるで神が魔法をかけてくれたかのようだった』


さしずめ僕は神と言うことか。彼の声も神から授かったような声だったものな。僕は頷いた。


『今まで、僕は歌をうたってもさほど評価されなかった。だから、今日にかけていたんだ』

「そうですか」

『いいや、今日だけじゃ無い。何時も何処かでチャンスがあるんじゃないかって、誰かにほめてもらえるんじゃないかって。必死に歌った。歌い続けた。だけど、今日は違った』

「違った?」

『綺麗な声で歌えたことが嬉しくて、つい周りを見た。人々の顔が輝いていた。始めの頃はそれだけで充分だったのに、今の僕は他人からの見返りばかり求めていたんだ』


 それが、承認の欲求と言う奴である。コイツは僕以上に面倒なもので、評価次第で感情も左右される程のもの。彼は承認を求めるあまり、声を大きくし、喉に負担をかけ続けたのだろう。相手の顔や、自分の喉から目を背けて。しかし、そんな彼も、今求めているのは承認では無い。自己実現の欲求だ。好きなように歌をうたい、それを聞いてくれた人が喜んでくれれば良い。今はそれだけなのだ。


『有難う。もうしばらく喉は治りそうに無いけど、ゆっくりと治すとするよ。それじゃあ』


 男は手を振り、会場から去って行った。もうそろそろ、コイオス国やクレイオス国のお偉いさんが彼を求めて来るであろうに。けれど、今はきっと止めない方が良いのだろう。今の彼ならば、これからでも十分スカウトされる素質がある。頑張れよ。彼のことを、心から応援している僕がいた。


「モモロン、良いステージであったな!」


 彼と入れ違いにやって来たのは姫とクロノ王子であった。二人は僕を構って肩を叩く。


「想像していた以上にやらかしてくれたじゃないか。途中、予定には無かった歌なんか入れちゃったりしてさ。かっこつけすぎだよ」

「じゃな。だが、本当にエンターテイメントであった。普通こうした大会となると、自分の技のことで精一杯になると言うのに、お前は前列だけでなく、後列にも楽しんでもらえるよう配慮していた。アッパレの一言に尽きる」


 流石は姫。僕の手の内などお見通しらしい。クロノ王子は、「ほ~」と僕を見て感心しているようだった。こうまじまじと分析されると、恥かしいな。


「そして、あの男のことも。悪かったな。あの手のタイプは、一度挫折した方が上手く行くと思ったのだが、やはりモモロンには敵わんな!」


姫は豪快に笑った。成程な。姫にしては冷たすぎると思ったが、あれは敢えての言葉だったのか。


「誠に良い歌声であった。次会う時は、そう伝えねばな」

「ええ、伝えてあげて下さい。きっと喜びますから」


姫は先程とは対照的に、穏やかに微笑んだ。


 のどかな時間の過ぎるこの場所に、見覚えのある男が戻って来る。と言うか、僕のアシスタントをしていた先程の男だ。僕達三人はきょとんとして彼を見た。男はまたスケッチブックとペンを取ると、そこに大きく字を書く。


『トイレ貸してくれませんか?』


 彼の文字を見た瞬間、三人がずっこけたのは言うまでも無い。

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