五:独占(一)

 それは、始めに地下牢へチョコマを連れていった時のことだ。地下牢は主にレンガと鉄で形成されており、この場所の雰囲気を引き立たせている。牢の中の者達の一部が、降りてきた者が姫だと気付くと、鉄の檻を押して叩いてアピールする。


「見ない方が良いですよ」


僕が一言だけ伝えた瞬間、姫は声の方を見て笑顔で手を振った。アピールしていた大男達は、更に力強く柵を叩く。


「動物園にいる猿って、きっとこんな感じなのだろうなモモロン」

「ああんっ!? ぶっ殺すぞテメェ!!」


姫には怖いもの無しか。僕なら絶対に避けるタイプだ。無論、姫のこともな。


 チョコマを檻の中に入れると、姫は牢の奥へと歩いていき、檻の中にいる人間達を見る。血の気の多いヤツ等が檻を壊しそうな勢いで姫に野次を飛ばしてくる。かなり過激な言葉も聞こえてくるが、そんな声を無視して姫は進む。すると、一番奥にいた男が起き上がり、口を開いた。


「姫、国の調子はどうだ?」


その男が喋ると、他の者達は口をつぐんだ。見た感じは老いぼれたおじいさんのように見えるのだが、ただの老いぼれと言うわけでは無いのだろう。姫は、男の方を向き、返事をする。


「ううむ。どうだろう。しかし、なるべく尽くすよ。ここの皆も含む、民の為にな」

「その調子なら、まだ余裕はありそうだな。だったら注意しな、そろそろアイツが狙ってくるかもしれないからな。クロノが」

「クロノ?」

「父の名を言った方が良かったか? クロノはクレイオスの息子さ」


 クレイオス、か。確か、王がクレイオスで、女王がクリオと言う名前だったな。クロノは正確にはクロノスって名前だったはず。


 王と女王はいるものの、最近若い王子に政権を託しているって聞いたことがある。その息子が、市民主義だった国を独裁的にしてしまったってことも。それが事実ならば、確かに敵に回したら大変そうな国だな。


「ああ、あの桃色の髪をした女みたいなヤツか。だが、息子はまだ十三歳だろう? 飴でもあげとけばくっついてくるじゃろ」

「だと良いけどな」

「ふふっ、それじゃあ戻ろうかモモロン。そろそろコイオス王が来るかもしれぬからな」


 ここで会話は終了し、僕達は階段を上がっていった。そして、以前のコイオス王の話へと繋がったのだ。


 それにしても、あのおじいさんの忠告が妙に気になる。あのおじいさんの正体自体も気になるが、それはいずれ姫にでも聞いてみるとしよう。


 コイオス王の件でかなり疲れ果てていた僕は、その日の夜ベッドにつきすぐに眠りについた。エロス様の配慮によって、僕の部屋は兵士達との相部屋から、城内に個室の部屋を頂いてしまった。兵士達とは付かず離れずな関係だったので特に妬まれるようなことはないと思うが、剣を交えた仲なので一人だけ良い思いをしてしまって大変申し訳ない。


 一人部屋で程良い孤独感を感じながら迎える朝は、非常に健やかになれるはずだった。それだと言うのに、今日僕が見たのは悪夢。今までもこんな酷い夢は見たことが無かった。あれは本当に酷い夢だった……全校生徒の前で、適当に書いた作文を読まされる。そんな最悪の夢であった。いっそのこと校長に殺してほしかった程だ。そんな夢を見て、僕の嫌な予感はピークへと達していた。


 不快感と共に目を開けると、僕の目の前には机の前に置いてあったはずの椅子が置いてあり、そこには桃色の短い髪を揺らす可愛らしい顔の者がいた。男か? 女か? どちらとも捉えられる幼顔だ。


「やぁ、君がモモロン君だね? 起きるの遅いじゃないかぁ」


声がやや少年っぽい。男だったか。そういや、桃色の髪の少年ってどこかで聞いたことがあるような……記憶を思い起こそうとすると、少年は僕の手を掴んで上にあげる。立てってことか。僕はベッドから降りて立ち上がると、少年は上から下までじっくりと見る。


「あの変人なイリス姫がお気に入りってくらいだからどんな人かと思っていたけど、案外普通なんだな」


普通を選んでいるからな。僕は他人の記憶から残りたくないんだ。本当は、こんな場所でじっと生きていたいわけじゃないし、何時抜けようかと考えていると言うのに……。ここは暇を作らせない国だ。ベッドへと土足で登り、僕との背の差を補強すると、そこから僕の目をじっとみる。キモいキモい。異性同士で顔を近づけるこの屈辱と言ったらない。僕が数ミリ後ろにずれた瞬間、顔を両手で掴まれた。……コイツ、もしかしてホモか? 怪訝そうな顔で見ると、少年は僕の疑いに気付いたのか、一睨して顔を離した。しかし何を思ったのか、その後すぐ笑顔に戻る。


「面白い。君は実に興味深い」


どこをどう見たら面白そうなのだろうか。こんな普通で面白味が無く、社会の隅にでもいそうな人間のどこが面白いと言うのか。


 それにこの少年、姫とは違って威圧感があって嫌なんだよな。姫も嫌だが、どちらかと言うと姫の方が気が楽でマシだ。それにしても、姫はどこだ。とりあえず姫の元へ連れて行かないと。


「とりあえず着替えるので、ご退室願っても宜しいでしょうか?」

「何故さ?」


何故さって……普通着替える時いないだろ。家族ならまだしも、出会って間もない他人なのだから。モラルと言うものもあるしな。少年は怪訝そうな顔をする僕に詰め寄る。


「別に、僕がいても着替えられるだろう。僕は同性だし、ましてや子供だ。それとも、王子の言うことは聞けないとでも?」


別に良いけどさ、自分で子供だって言うか? そんなこと言うヤツ、仮に子供でも人格が子供じゃないだろ。


 それはそうと、さりげなく凄い情報を聞いてしまったな。そうか、コイツが例の息子か。名は、通称クロノだったな。鼻につく口調がイラッとするが、この国に属している以上、僕の物差しだけで反論出来るものではない。僕は深く頭を下げた。


「良いよ、もう顔上げなよ。それじゃあ早速」

「モモロン遅いではないか……お? クロノ王子、ここにいたのか。お付きの者達が探しておったぞ?」


クロノ王子が話す途中扉が開いたかと思えば、姫自ら僕の部屋を尋ねに来ていたみたいだ。助かった。今回ばかりは姫に感謝しよう。クロノ王子は二コリと笑うと、姫の元へと歩み寄る。


「すみません! つい道に迷ってしまって。このお方に聞こうと思っていたところなんです」


さっきと対応が全然違うじゃないか。自分の可愛さを知っていて、露骨にアピールしているじゃないか。知っている人間からするとイタい。


「それにしても彼、面白い方ですね!」

「うぬ? そうだなぁ。仲良くなったのか?」


なってないよ。


「はい! と言っても、一方的に僕が仲良くしたいだけなんですけどね。イリス姫、宜しければ彼のことを一日お貸しいただけませんか?」


上手い言い方をする。一方的にと言うことによって、僕が彼の発言を嘘だと言う隙間を無くした。出来れば貸してほしく無いなぁ。気持ちを込めて姫を見る。エロス様の言う通りであれば、きっと顔に書いてあるはずだ。


「そうか? 良いぞ、一日ならな。けれど、此方もモモロンがいないとつまらぬのでな。早く返してくれ」

「了解しましたっ!」


ああ、了解しちゃったよ。地獄行き決定だ。クロノ王子が僕の方へと振り返ると、笑顔で言った。


「これから宜しくね、モモロンっ!」


言いたくは無いよ。そりゃあ。けれど、今僕に嫌と言う権利は無い。今の僕には、バックにイリス国と言う大きな存在を背負ってしまっているからだ。仕方あるまい。一日だけ相手をして、その帰りに夜逃げしよう。よし、解決。脳内会議が終了し、僕は彼に返事をした。


「宜しくお願い致します」


クロノ王子は満足げに微笑み、僕を連れてイリス城を出た。姫はわざわざ外まで出て、僕達が見えなくなるまでずっと見送っていた。遠く離れた場所からではあったが、そんな姫の唇がこう動いているように見えた。


「帰ってこいよ」


……と。

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