四:調達(四)

 隣に来いなんて言っていたが、こんな地位の低そうな兵士をコイオス王よりも前に大丈夫かよ。とも言えないので、僕は黙って姫の隣を歩く。どうせ隣に歩かせるならお兄様の方が良いと思うのだが……そうか、お兄様は姫と一緒にいるとバレてはいけないんだったな。どおりで今日はあまり見かけないと思った。


 姫は饒舌に、紹介できる限りの部屋を案内していった。そして、最後に姫の部屋へと移動する。何時もは子供らしさの残る、ぬいぐるみの多い部屋なのだが、メイドに片づけてもらったみたいだな。ぬいぐるみが一つも無くなっており、あるのは豪華な家具と分厚い本の沢山入った本棚ばかりになっている。やはり、極力女性らしさを出さず、なめられないように気を配っているみたいだな。


「いやぁ、良い部屋ですな。窓が大きく、景色も良い」

「そうでしょう? ここはのどかで面白味のない場所と思われるかもしれませぬが、この景色は平穏を物語っていて、安心するのです」

「話には聞いているよ。ウラノス国の侵略を、姫一人で解決したとか」


どうやらコイオス王は、事実を疑っているらしい。ニヤニヤと笑いながら聞いている上に、飽きもせず、その手を姫の尻へと持っていこうとしていた。姫はすぐさま一歩距離を取ると、振り返って僕へ手を伸ばした。


「いいえ、彼も一緒に。彼と私の二人で城内へと潜入したのだが、潜入するまでの敵兵十人を、彼は一人で相手してくれましてね。私が王と直接交渉出来たのも、彼がいたお陰です」


言い終えると、姫はニコッと笑った。遠まわしに、事実が本当であると言うこと、そして、私には強いボディガードがいると言うことを伝えたかったのか。コイオス王は、苦笑いをして僕の方を見た。それと同時に、出しかけていた左手を右手で覆い隠した。これでセクハラはひとまず安心かな。


 城内の案内はとりあえず良しとしよう。問題は、グルメで有名なコイオス王への食事だ。あまり期待したくも無いが、頼むぞシェフ達。何とか美味しい感じに誤魔化してくれ。


姫の先導により、無駄に広い食事の間へと連れて行かれる。何時もは偉い者として一番奥の縦向きの席に座るイリス姫だが、今回は一番奥の席の一つ手前の横側の席に移動し、先に椅子を引いて、「どうぞ」とコイオス王を促した。コイオス王が座ると、姫は対向席に座り、僕に手招きすると、隣の椅子をポンポンと叩いた。流石に食事はマズイだろうと思ったものの、姫は手招きをなかなか止めてくれない。仕方なく隣へと移動した。本来なら椅子を引くことや、その他細かいもてなしも僕がやった方が良い気がするのだが。これでは駄目な部下に見えるのでは無いだろうか。従者達も姫の配慮で座らせてもらい、共に料理を堪能することになった。この行動が幸と出るか不幸と出るか。


何せ、料理が痛みかけのゴミ同然の食材って言ってたからな。僕と姫が体を壊す分には全く構わないが、こっち側の人間に一人でも味の違和感を覚えられてしまえば、今までの姫の努力は泡となる。どころか、最悪の事態だって考えられる。


「どうぞ」


コック長は頭が血だらけで包帯をグルグル巻きにしているので、流石に出られなかったか。一つ格下の美形副コック長が料理を置き、颯爽と去って行った。おじさんのコック長と違って顔も良いし、もしコイオス王が女王と共に来ていたら、確実に引き抜かれていたことだろう。


 料理の方は、見た感じは彩りも良くて美味しそうだ。あの変色した食材達をどうやってここまで綺麗にしたのか謎だが、あの食材から作ったとなれば上出来だろう。味の方はどうだろうか。僕が先に毒味をしてみたいくらいだが、変に目立つことはしたくない。それに、本当に自信のある料理ならば、毒味などさせないはず。姫が食べるまで待つとするか。姫は執事に嫌と言う程教わった作法で、美しい動作で料理を口へと運ぶ。その様子を、コイオス王は食い入るように見る。彼女は口をモグモグと動かし、料理を喉に通す。


「うむ。いつもの味です。皆様も見ておられず、宜しければお召し上がり下され」


そりゃあ、生まれてずっとこの味だったのだ。そりゃあいつもの味にもなってしまうだろう。


コイオス王は、運ばれてきた料理達を目を凝らして見ていたが、首を傾げる姫を見て、急いで料理を口へと運んだ。王が口に入れたのを確認すると、従者達も料理を食べ始める。僕も料理を食べるとするか。作法もそれなりに心得ているので、料理を小さく切り、それをフォークに刺すと口へと含み、噛み砕いてみる。自分自身は特にグルメじゃ無いし、ゲテモノも普通に食べられるタイプなので、僕からすると特に変な味でも無い。もっと言えば、僕的には結構美味しい方だと思う。


僕は料理を食べながら、隣国の者達の反応をうかがう。従者はコメントこそしないものの、皆頷きながら食べている。悪い反応ではなさそうだな。コイオス王の方はと言うと、眉を動かしながら吟味している。雲行きが怪しそうで心配だ。更にもう一口切り、口に運ぶ。いや、これはもしや逆に美味すぎるパターンか? コイオス王はナイフとフォークを置くと、姫の方を睨む。どっちだ?


「イリス姫……この食材は、貴方の命令かね?」

「ええ。コックに頼んだのは私です」

「そうか。それは残念だ」


コイオス王は、罵声を浴びせることも無く、静かに立ち上がった。やはり、グルメに期限ギリギリの料理はまずかったか。コイオス王が従者の方を向くと、「帰るぞ」と声をかけた。従者は不思議そうな顔をしながらも立ち上がった。もう駄目だ……と僕が思ったその時、姫は座ったまま、コイオス王に言った。


「そなたは、出された料理を残されるように教育されたのか?」

「……何? お前はそれを料理と言うのか?」

「ああ。生を授かった者達から頂いた物だ。これを料理以外の何と申す? グルメの名が廃るな」


姫、そんなに言って大丈夫かよ。コイオス王は鋭い眼光を姫に向けた。黙って元の席に戻ると、料理を改めて食べる。従者達も慌てて食事を続けた。姫は目を閉じ、静かに料理を食べる。しかし、先に食べ終えると、黙々と食べ続けるコイオス王へと口を開いた。


「私はね、今日の今日まで自分の食べてきた食材が賞味期限ギリギリのものだと知らされていなかったのです。どうか許して下され」

「それは本当か?」

「ええ。ですが、大抵人間の舌なんてそんなものです。高級な食べ物を食すのも良いが、安い食材を食してこそ、高級な食べ物の美味しさが分かると思うのです。この肉は、元は可愛らしい豚から授かり、野菜は、雨にも風にも耐えて必死に作ってきた農家から授かった物。それを捨てるなどあまりにもむごい。これは空想かね?」


そう言って姫は微笑んだ。コイオス王は食事を食べ終え、紅茶を飲む。空になったティーカップを置くと、首を振った。


「いいや。それも一つの真実だろう」


コイオス王は、呆れ交じりに笑った。ピンと張り詰めていた糸が緩み、姫も声に出して笑った。


「その思いは私も共感しよう。しかし、次は客人にこのような食材は出さぬようにな」

「大変申し訳ない。実は、本来取り寄せていた珍味を誰もさばけないと言いよりまして。食材を買う時間も無かったゆえ、つい強引に。宜しければ持って行かれますか? チョコマを」

「チョコマ?」


コイオス王の表情がまたもや鋭くなる。もしかして、チョコマはお嫌いだったのか? アイツ顔面ヤバいからな。コイオス王は立ち上がると、僕達に背を向ける。


「姫、本当にチョコマを頂いても宜しいのか?」

「どうぞ。元は食べてもらう予定でしたから。だが、元が生きているとなると此方も気が引けてしまってね。私は食べたこと無いのですが、美味しいのですか?」


姫が尋ねると、コイオス王は物凄い剣幕で、小さな風を起こす勢いで手を振った。僕達は思わずきょとんとコイオス王を見る。それは従者達も同じようであった。


「あのような素晴らしい生き物を食うなどとんでもない! チョコマ程愛おしい生き物はおりませぬ!」


え? どう言うこと? 今、全部反対のこと言うゲームやってるの? 呆然としている僕を、姫は肘で小突いた。そうだ、とにかく今はヤツを連れてこないと。


「少しばかり待っていて下され!」


僕は急いで地下牢へと向かった。姫も、その後ろを急いでついてきた。


 牢から戻り、チョコマをコイオス王へと渡そうとしたところ、チョコマは物凄い勢いでコイオス王の頭をつついた。ヤバいよヤバいよ血が出まくってるよ。従者があまりのことに震えあがっているが、当人であるコイオス王は笑顔でチョコマを抱きしめている。それを見て、姫はコック長の時以上に腹を抱えて大爆笑していた。……何なんだこの空間は。鮮血の飛び散る、和やかなイリス城から、早々に去りたいと感じる僕であった。


 ちなみに、この件をきっかけとして、コイオス国とイリス国は友好関係を結ぶことに成功した。

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