解除しても主人公じゃない

繋がった答えを逃さないように、ご主人に言われた言葉を思い出さないようにと必死になるのがわかった。今は行動を迷わない。迷った瞬間に立ち止まってしまいそうだったから。


「いや、俺には無理っすよ。それより怪我大丈夫っすか?」


俺の言葉の意味が分からないようで、少し笑い交じりに再び周りをきょろきょろする矛盾男。


「彼、動揺して怪我を心配する演技忘れてるわね。」


俺は特に何も言わず、手を繋いだままゴリラの方へ、唯一の入り口の方へ向かう。ご主人の言っていたことが正しいと裏付けるように、矛盾男が俺の手を振り払ってきた。


「きもいっす。」


わからないことの方が多い。解除条件は、結界のもとの破壊か、本人に解いてもらうこと。仮に俺が掘り起こしたものが結界の原因であったなら、ここが結界に中心だということになる。そして今結界を維持しているのはここにいる誰かということだ。


俺は彼の拒絶に対して、微笑む。今は少しずつ彼の行動や発言を否定し、彼が考えることを増やす。


「…ここまで連れてきてくれたじゃないか。」


矛盾男は短く息を吸ってゆっくりと腰を落とす。俺はこの場所に来るのは二度めだ。一度目はこいつに連れてこられた。既視感があるわけだ。


「いや関係ないっすよね?」


そう、過去など関係ない。


「てっきり俺のことが好きなのかと思ってたよ。」


結界について疑っているのではないと、一度安心させてやる。


「まさか、ありえないっすよ。」


矛盾男は、少しほっとしたように俺の服についた肉片を取ってくれる。完全に俺がホモだと思ったはずだ。俺はもともとブライと同じ監獄に入れられていた死刑囚。囚人だったお前が、俺を知らないわけがないよな?


しかし残念ながら…。じゃなくて、しかし喜ばしいことに俺はホモではない。目覚めそうになったが違う。何が言いたいかって、過去に何をしていようと参考にしかならないということだ。


「俺がマントを羽織っている彼に話しかけたとき、邪魔してきたじゃないか。」


眉毛がぴくっと動く。あの時マントに向けて、唯一避けたで説明がつかない魔法を放った。俺はそこまで必要に感じなかったが、レイはもう一度魔法を当てて確認しようとした。それほどまでに放った側と見ていた側の手ごたえは違うことがわかる。


それを理解していたからこそ、俺たちのもとへ来てより自然な映像を作ろうとした。


「嫉妬していなかったのなら、なぜ話しかけてきたんだ?」


「心配して気にかけていた。」


たまたまそうした、気分だった、丁度良かった。…悪意はなかった。


これだけ彼を疑った話を出しても、意味はない。判断材料は積もっても事実にはならず、所詮は材料でしかない。男は落ち着いたのか、再び話を逸らしてきた。


「勝手に勘違いしたのに被害者面か?変な男に迫られて…被害者は俺だ!」


その通り、俺は弱者だ。彼を強引にこの場から引きはがすことすらできない。しかし十分注意を逸らすことはできた。余裕がなくなっているのは、敬語がなくなっていることからも明白だ。


俺は答えずにマントの方に目を凝らす。


「あれ、今魔法が当たっていたのに…通り抜けたように見えなかった?」


俺が未だ攻撃の続くマントを指さす。実際は常に動いて避けているようにしか見えないが、矛盾男は鼻で笑いながらそちらを向く。


「いや、気のせいじゃ無いか?当たっていたら無傷なわけ…。」


ゆっくりと足に魔力を集めていく。


「壁の話のつもりだったんだけど…。」


瞬間、矛盾男が立ちあがり俺をものすごい形相で睨みつけてきた。今しかない。俺は両腕を顔の前で交差させて、朝に描いておいた魔法陣を見せつけてから両手を前に突き出す。


「吹き飛べ!!」


全力のブラフ。実際は放つことができず、暴走してしまう魔法。しかしお前の脳内には焼き付いて、今も色濃く燃えているはずだ。レイが放った無慈悲なまでの炎が!


視線は下だ。重心をしっかり見極めろ。魔力がめぐって俺の腕と足が淡く発光する。熱を感じ、今にも暴走してしまいそうだが、まだ腕は失うわけにはいかない。暴走しないよう神経を研ぎ澄ませる。


矛盾男は驚いて後ろに重心が動いたが、すぐに俺の魔法に備えて重心を前に傾けてきた。


今!


俺は前に両手を突き出したまま一歩矛盾男へ寄って、彼の両手を掴むと後ろに引っ張る。タイミングを計っていたから当然、少しの力で矛盾男を移動させることができた。


バランスを崩した矛盾男が踏ん張ろうと片足を踏み込むが、その前に魔力でぱんぱんに膨らんだ片方の足を爆発させる。鈍い音とともに彼の足元に俺の血肉が散らばる。足は捕らえるはずだった地面を滑り宙を蹴る。


再びバランスを崩した彼は俺へと全体重をかけてくる。それを背中でしっかりと受け止めた俺は暴走させていない足を折り曲げ、俺の肩に置かれた彼の頭を両手でしっかりと掴む。


「お見事。」


驚きのあまり言葉を失っていたご主人の一言とともに、矛盾男を放り投げる。


残念ながら男はあまり遠くへ飛ばず、少し転がってから立ち上がった。格好はつかなかったが、しかし、それで充分であった。


結界が大きな音を立てて砕け散る。風が吹き抜け、波が崖をたたく音が聞こえてくる。それに揺らされ、片足がズタズタになった俺はその場に崩れ落ちてしまった。


「やってくれたなぁ!」


これ以上ないほど目を大きくして顔を真っ赤にする矛盾男。このあだ名をつけたやつは天才だな。俺は思わず笑みが零れる。


「被害者のくせに加害者面すんなよ。」

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