疑り深いのは主人公じゃない

息ができない。目も霞んで見える。耳鳴りがひどい。


しかしバラバラにならず死んでいないようだ。


「聞こえているから静かにしろ。」


俺はおそらく何度も名前を呼ばれていると思い、耳が聞こえてきたタイミングで黙らせる。しかし、俺の思っていた言葉とは正反対の言葉が返ってきた。


「何も言っていないわ。」


いつも死ぬとうるさいのはレイだった。ご主人は少し遠くから俺を見下ろしてうんざりした顔をしていた。言われなくても時間が経つほど、自己中が過ぎる発言であったと自覚した。


「おい、何だ今の音は!」


進展の見られなかった現状に変化があったためか、少しうれしそうな声が聞こえてきた。


「すぐ確認したけどそこまでひどい外傷は負ってないわよ。そのはずなんだけど…。」


周りをよく見ると、少量の血肉や毛、骨が転がっているのが見える。俺の一部が持ってかれた?しかし外傷はないと言っている。


少なくとも見えるところには外傷はないのだから気にしなくていいか。目立った外傷がないのなら、誰かに見られても傷の治りの早さに関して誤魔化さなくて済む。


「ありがとうございます。」


背後から足音が近づいてくる。おそらく異変に気付いた囚人だろう。俺は不審に思われないよう無事を知らせるために、倒れたまま手を振る。


もう片方の手で体中を摩ったり押したりして、怪我の具合を確かめるが無傷のようだ。よかった、あの爆発による痛みを再び感じなくていいようだ。


お礼を言ってから自分が怪我をしていないことを確認すると、ある疑問が頭を過った。


「なんのつもりですか?」


爆弾を掘らせて俺を殺そうとしたのだろうか?俺が死なないことを知らなかった?しかし死に至るほどの威力はなかった。余計に俺の思考を混乱させる。しかしご主人は、俺の疑問を吹き飛ばすように短い溜息をつく。


「弱者程被害者面がうまいの。ウッキー。」


先ほどまでとは打って変わって冷たい声。残念そうな、がっかりしたような表情は、爆弾に対しての疑いや怒り以上に俺の胸を締め付けた。


爆発の直前で爆弾の表面に爪を食い込ませたのは俺だった。掘り起こしても爆発はしていない。持ち上げた時点でも。ご主人の指示でもなければ、ご主人に相談して誘導されたわけでもない。独断で俺がやった行動だ。彼女を疑うのは見当違いにもほどがある。


「誰かの罠よ…多分?」


多分。


俺へと問いかけてくる。ご主人を無視して爆弾を弄り、爆発させてからご主人のせいではないかと疑った俺へと。俺がご主人を疑ったことへの皮肉。


「すいま…せん。」


果たして本当に俺が悪いのだろうか?俺が転生したばかりの頃、苦しめようと何かをしていたご主人の行動のせいで、悪い印象があったのも原因ではないのか?日頃の行いとよく言う。


しかし幽霊になったご主人は非常に友好的だった。少なくとも俺が謝ってしまうほどには、罪悪感を感じるほどには俺に対して丁寧だった。


過去を振り返るのは悪いことか?過去に悪さをしていなければ、疑われることがなかったのだから、過去に悪さをしたやつが悪いはずではないのか?


「慣れてるから。」


一言の重み。一度の過ち。されど過ち。されど一度。


「何してんだよメンヘラ!」


耐えきれない空気感から救ってくれるかのように手を差し伸べてきたのは矛盾男だった。視線を上げることができなかった俺は見上げる理由を見つけて思わず手を取ろうとして止める。


自分の心がきつく締めあげられているのがわかった。混乱が加速して、不安があふれてくる。


俺が手を伸ばし、俺が手を止めた理由を深く考える前に、矛盾を抱えた男が引き上げてくれたのは、何の偶然だろうか。


結局俺は迷うだけだ。深めるだけ深め、誰かが答えをくれるのを待っていたのだ。わからないことには蓋をし、答えの見つけられる別の問題に目を向ける。


今回もそうだ。ご主人から目を逸らすため、必死になって矛盾男のことを考える。


偶然だった。


「…ねえ。」


引き上げてくれた先には矛盾男しかおらず、少し離れて数人野次馬がいるのみ。倒れている俺が引き上げられるのを確認すると、壁の破壊について議論を始めた。『超越』に魅入られた男たち。


「なんすか?」


その間も終始周りを見回して落ち着きがない矛盾男。しかし、引き上げた後も俺が手を放さないと、俺をじっと見つめてきた。俺も見つめ返しながら静かに頼む。


「結界を解いてくれないか?」

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