結界を張れる主人公じゃない

「ずっと僕に憑りついてたんですか?」


「嫌な言い方するわね。」


既にわかっていることである。ご主人と別れてからあの家には戻っていない。つまりあの時に憑りついていないとここに居るのはおかしい。


しかし確認せずにはいられなかった。


「僕に何をしたんですか?」


俺が焦る姿を困ったように微笑みながら見ている。この感じ、話してくれなさそうだな。握った拳に力が入る。


「今はそれ以上に欲しい情報があるんじゃないかしら?」


今欲しい情報?確かに今必要な情報かと聞かれれば必要ではない情報だ。今欲しいのは結界から出る方法だ。…まさか。


「あのメルヘンチックな女と違って私はあなたを馬鹿にしないわ。」


メルヘンチックかはともかく、俺と関わっている女性のうちご主人と相性が悪そうな女性はレイしかいないので勝手にそう解釈するが、どういう意味だろうか?俺は自然とご主人が俺を馬鹿にしたことがあったかと思い返してしまう。その時間を与えるためか、ワンテンポ遅れて答え合わせをするかのように俺の名を呼ぶ。


「ソーン。」


そうだ。ずっと猿だと馬鹿にしていたくせに何を今さら…。今も俺を馬鹿にしたんじゃないか?しかしレイのような楽しそうな笑みはなく、真剣にこちらを見つめるレイヴンがそこにいた。


信用してもらうための行動だろうか。その行動に意味はなく、嘘をついている可能性など十分にある。しかしその真剣な表情を信じてみたい…いや、信じてあげたい気持ちになった。俺は耐えきれなくなり、顔を伏せて地面を見ながら質問する。


「ここを…結界から出る方法を教えてください。」


「任せなさい。」


易しい笑みを浮かべて、ついてきて、と俺の先を浮遊する。今のところ手掛かりはなさそうだし、ご主人に意見を仰ぐのは悪くないはず。


「この結界は何者によるものかはわかるかしら?」


結界が誰によるものか?マントだと思うが違うのだろうか。


「本人も言っていましたし、マントを羽織っていた男じゃないんですか?」


「半分正解。でも犯人に騙されているから不正解ね。」


半分…ということはもう一人いるということか?一人の犯行に見せていたのだろうか?


「誰が犯人か。それも重要だけど今は何者かが重要なのよ。」


「…僕たちの敵です。」


何者って…他に何かあるのだろうか?


「そうね。おそらくブルムの人間で、こちらの部隊を分断するため結界に閉じ込めているわ。」


俺たちはゆっくりと歩きながら少しずつ、話題も距離も結界から離れていく。結界から出るんじゃなかったのか?そう思ってもついて行くことしかできないでいると、レイヴンが人差し指を俺の目の前に突き立ててきた。


「そして重要なもう一つの情報。彼が転移者であることよ。ここから結界の性質が分かってくる。」


結界は転移者の能力である。それはご主人が教えてくれたことだが、それはわかったところで意味のない情報だと思う。他人の家に入れないのは鍵が閉まっているから。わかったところで家に入れない事実は変化しない。


「性質なんてあるんですか?例外ですよ?」


そもそも転移者の能力に法則などあるわけがない。だからこそ例外と呼ばれているのだから。


「使っているのは人間よ。法則がなければ使用者も扱うのが難しくなる。それにこの結界には多くの情報がある。」


と言われてもなあ…。鍵の存在や形を知ったところで、実物を持っていなければ扉を開けることはできない。俺たちは転移者ではないのだ。


「方法は3つ。まず結界の破壊。これは無理ね。魔法的に通過可能で物理的に通過不可能にしている。この世界の保存の性質をうまく利用してより強固な…。」


順を追って説明が始まった。長々と話していたが、中から外には絶対に出れないそうだ。扉は壊せない。一言で終わるのにそこまで長々と話す理由がわからない。


「次に結界の解除。結界がある原因の破壊ね。最後に、結界を張っている本人に解いてもらうこと。」


扉にある鍵穴を破壊する…いやこの場合は合鍵の隠し場所を探すといった方が表現として正しいか。または住人に鍵を開けてもらうことか。


「…どちらで結界を解除するんですか?」


一応話を聞いているとアピールしつつ、マントから離れていることから後者ではないことは確信していた。


「その前に、あのマントを羽織っている男。存在しないわよ。」


足を止めて振り返ってしまう。遠目にマントが魔法による攻撃を受けているのが見えた。どうやら解決策が見当たらないから原因と思しきマントを倒そうとしているようだ。


「詳しく教えてください。」


今見えているマントが存在しない?じゃあ彼らは何を攻撃しているんだ?


「あれは結界に移った映像よ。レイちゃんの魔法が効かなかったことや、結界の外に出たとき驚いていたからすぐに分かったわ。」


メルヘンチックな女といった後にレイちゃんと呼ぶご主人からは、悪意と特有の嫌味を感じてむせそうになった。どんな気持ちでレイちゃんと呼んでいるんだ…。


俺はレイの行動を思い返す。確かに妙な行動をとっていたし、レイの性格の悪さがにじみ出た魔法が効いていなかったのも気になった。


ご主人の言うことが正しいのであれば、マントに向けて放たれた魔法に合わせて避けたように見せていたということか。半分正解というのは、犯人の映像ではあるが犯人ではないからか。


それを知った上で俺の答えについて考えると、半分も正解していないのがわかりご主人の人柄がわからなくなる。馬鹿にしたのか、気を使ったのか。


マントの姿が見えなくなりそうなところで、ご主人が足を止める。目的地のようだ。とても既視感。また何もない場所に連れてこられた。


「さっきの質問、答えは二つ目よ。結界のもとを破壊する。」


ここを掘って、とご主人が地面を指し示す。


あ…。


しゃがんで見上げる姿は女性のかわいさを増幅させる。異論は認めない。


俺はいわれるがままにその場を手で掘る。


「やだ、手で掘るの?」


ありえない、と漏らしつつ、俺に小石を拾うように指示する。


「結界の形は覚えてるかしら?」


思い出させるように魔法陣の効果範囲を示す円を地面に描きながら俺を見てくる。


「円…いや球です。」


魔法陣をすらすらと描きながら話を進める。これは…空気中の水分と地中の水分を集める魔法陣だ。いわゆる水魔法。これだけ暑くても海に囲われているのだから、問題なく発動できるだろう。


「その通り。四角形や面ではなく、球。結界を張るならこれほど作りやすい形状はないわ。」


ご主人が描いたのは、余計な制限を設けず効果のみのシンプルな魔法陣。その分効果が強力なものになり、迅速に地面を柔らかくする。魔法陣が地面に書かれていることにより、地面がふやけて魔法陣が歪むことで効果が薄くなる。結果的に本来魔力が尽きるまで永遠と水を集め続けるはずだった魔法に、地面が水分を含むまでという制限を設けている。


こういう何気ないところで魔法使いとしての資質が問われる気がするなあ…。


「この場合、転移者を中心に作られているか、目印となる何かを中心に作られていると考えていい。」


俺はぬかるんだ地面を掘っていく。


「仮にマントが映像じゃなかったとしたら、結界の強度に偏りが出てもおかしくないわ。既に保存の性質を利用してることから、マントの反対側の壁は脆くなるはずだから、囚人たちが結界を破壊していない時点でこの仮説を否定できるのよ。」


ご主人とはほとんど話したことなかったけど、すごくうるさい…。説明不足なレイもどうかと思うが、聞いていないことまで話すご主人も考え物だな…。俺はこの話をさっさと終わらせるべく、地面を掘る手を早める。


「…。」


俺がある程度地面を掘ったところで、バスケットボールぐらいの球が出てきた。紙?か何かに包まれていて、中身を確認できない。


ご主人は目を瞑って未だ、自分の説がどれほど有力なのかを語っていた。まあこれが目的のようだし、とりあえず中身を確認するか。


そう思って表面に爪を立てて剥がすと、それは派手に爆発した。

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