再会しても主人公じゃない

「結界の中心にも何もなかったのか…。」


ゴリラは頭を抱えて唸っていた。周りの囚人も暗い表情をしている。どうやら手詰まりのようだ。大きなため息をつきながら体を逸らすと、やっと俺がいることに気が付いた。


「どうしたメンヘラ。」


ゴリラにとって、俺はもう気に掛ける必要がない存在ということがすぐに分かった。一言だったが前に比べて印象が違う。そこら辺の囚人と同じ対応をせず少し微笑んだのは、ゴリラの人柄の良さからだろう。


「…あー、壁の情報を集めたので持ってきたんだけど。」


敬語を使うべきか今まで通りため口でいいのか迷って、中途半端ない言い回しをしてしまった。そうか、壁で囲われこの場が孤立した時点で俺の危険度がなくなったのか。ゴリラはその場にいた険しい表情をする囚人たちに目くばせをする。


「…一応聞かせてくれないか。」


「わかった。」


壁の情報を一つ一つ話したが、ゴリラは頷くのみで既に得た情報を繰り返しているのだと嫌でもわかった。新しい情報を持ってきて上げられたらよかったのだが…。


「お前は?」


俺の話を聞き終わると、後ろについてきた矛盾男を睨みつける。俺が知る限り何もしていなかったが、何をしていたのだろうか?


「ち、中心を確認してまいりました!」


ここに居る囚人たちにとってゴリラは、先ほど指令部隊の人間だと知らされただけの存在だ。実感が湧くかと言われたら疑問が残る。というのもそれまでは黒服の俺と共に働いていたこともあり、仕事仲間という認識があったはずだからだ。


「結果は?」


しかしながら、その場に座るゴリラからは昨日までとは別物の存在感を感じた。いい表現は何だろうか…。格上?少なくともこの場で最も偉いのだと感じてしまう雰囲気があった。誰が見てもこの場を支配しているのはゴリラだ。


「何も…わかりませんでした。」


何も言われていないのに膝をついていた矛盾男は、失せろ、と一言言われると逃げるようにその場から走り去った。自分に向けられた言葉ではなかったが、とんでもない威圧感だった。


俺も立ち去ろう。あまりにも場違いだと感じすぎて他人事のように眺めていたが、本来俺も失せるべき人間だろう。少し遅れたが俺も矛盾男の後を追った。


特に引き留められることもなかったが出遅れたせいで、既に矛盾男の姿はどこにも見えなかった。逃げ足速いな…。いや、同じ状況になった時逃げ出さないと言い切れないから、あまり悪く言うのはやめておくか。


再び一人になってから戦闘支援部隊の話をするのを忘れていたことを思い出す。まあ気にしなくてもいいか。結局ここから出られないのであれば意味のない話。


改めて壁…いやゴリラは結界と言っていたな。この結界について疑問に思う。魔法と魔法は干渉しあう。必然的にこの結界は魔法ではないことがわかるが、物理的壁だとしても魔法は通過しない。仮にガラスならば光の魔法を通過させるが、レイの火の玉が通過するはずないのだ。


「…なあ、どういう原理でこの結界は存在してるんだ?」


あ、レイはいないのか。完全な独り言を恥ずかしく思いつつ、誰かに聞かれていないかと周囲を確認する。誰も聞いていなかったようだ。


「存在できるはずがないから、原理はないわ。」


え、じゃあどういう…あ。


「例外か。」


本来実現し得ない現象を引き起こす力。稀に現れる転移者や転生者の持つ固有の能力。例外は彼らの十八番だ。




この世には転移者や転生者なるものが存在する。異世界から転移や転生という形でこの世界にやってきた者たちのことで、俺たちの知らない知識や技術などを持ち合わせている。


それを共有したことにより、中途半端に様々な知識がこの世に広まってしまった。俺が転生した後に見た、文明レベルの低い集落と、ビルの光景は珍しいものではあるが、ありえない話ではなかったということだ。


もたらされた技術は既にそれ異世界の技術だと認識できなくなるほど広まり、同じ世界なのに異世界のような国々が存在してしまっている。


とまあ設定はこのぐらいにして、これ結界もおそらく固有の能力ということだ。能力は、転生や転移時に何者かによって授けられていたりする。


…わけではない。非常に残念だが、そう伝えられていたし俺が実証済みだ。


つまり固有の能力とは、前の世界で得た能力のことを指している。前の世界の知識だけで、特別な力を持たない可哀そうなやつもいるし、スキルという名の謎の法則で無双しているやつもいたと聞く。中には互換性のない分身をしたり、変身をしたりするやつがいたのだとか。


結局のところ前の世界で持っていたもののことであるので、俺は同じ世界に転生してしまったが故に、転生者のくせに例外的能力を持ち合わせていないということだ。なぜか死ななくはなったが、魔法は使えなくなったので微妙な心境だったりする。転生前の方がやれることが多かった気がするし、全ての魔法が使える点はチートであったので弱体化された気分だ。




とまあ雑談はこのぐらいにして。


確かに誰もいなかったのに俺の質問に答えたやつがいる。


「…。」


俺は声がした頭上を見上げる。レイの声ではなかった。女性の声。


「久しぶりね、ウッキー?」


俺は目を疑った。しかし、そうか。確かにものすごい魔法論文だった。強力な魔力あってこその研究だったのであれば、幽霊化していてもおかしくはない。つまりあの時からずっと俺に憑りついていたということか?


納得できる。しかしそれ以上に驚きが勝る。まさか今出てくるとは。


(やっと…。)


いや、タイミングを待っていたのだろう。俺が一人になるタイミングを。


俺が捨てた名を嬉しそうに呼ぶ女。


「ご主人様…。」


俺が転生したばかりの時に世話をしてくれたご主人ことレイヴンがそこにいた。

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