腰抜けは主人公じゃない

就寝。いつも通り睡眠薬を飲んでさっさと眠ってしまう。


この睡眠薬は非常に強力だが、効果が出るのに少しかかる。でも時間さえ経ってしまえば一瞬で朝になっている。眠ったことさえわからないほどの劇薬のようだ。まあ最近はその効力にも少し耐性ができたようで、気を失うまで少し意識を保てるようになっていたりする。


それまでは暇。効果が出るまでの間、今日の出来事を振り返りレイの言っていたことを思い出す。


名前は鏡。


レイとワンの名前を雑に考えてしまったことに、少し罪悪感を覚える。まあレイに関しては理由はあったが、ワンに関しては本当にテキトーだ。


そういえば、リーブは合流したのにワンとは合流できなかったな。どこにいるのだろうか?そもそもリーブもどこかへ行ってしまったのだから、合流したわけではないのか。


…俺はあの二人と行動したかったのか?いや、そうは思っていないような気がする。あの二人がついて行きたいと思っていたのなら…一緒にいてやりたかった…?


俺はあの二人が望む形にしてあげたかったのだろうか?わからないが、そこまで二人とは仲良くなかった気も…。しかし近い気がする。なんだろう、答えが出そうなのに…思考を制限されるように頭がボーっとする。


俺は突然浅くなっていく自分の呼吸と、ぼやけていく視界に安堵する。今日はここまでのようだ。いったん忘れよう。




朝。囚人たちが街に向けて出発するのに紛れて俺も監獄を後にする。


「頭いてー。」


辛そうにする囚人は、二日酔いかと思いきや頭から出血をしていた。大方、昨日の飲みの席ではしゃぎ過ぎたのだろう。もう負傷兵がいるとは幸先がいいな。


「本当に勝てるのかよ…。」


囚人たちが『亡霊』として戦うのは初めてであるのはわかると思う。それに加えて、ブルムに攻め入ることに賛同した囚人は一部のみ。脱出不可能の監獄から解放してやる代わりに手を貸せと、強制的に手伝わされているものがほとんどだ。不安になるのもうなずける。


「今助けるぜ兄貴…!」


まあこういった、ブルムに対して思い入れがあるやつもいる。世界最高峰のビーク監獄のあるビークから最も近い国であるにも関わらず、ブルムにも監獄があったりする。


理由はその国力のせいで戦争が絶えないからだ。監獄には捕虜も多く、貴重な人質を中継地点という名の中立国に護送するなど訳が分からないということだ。加えて国の規模が大きすぎることもあり、人口に対しての犯罪の割合は少ないものの件数は他の国より多くなるため、作らざるを得なかった。


結果として、ビーク監獄に次ぐ大きな監獄を持っていたりする。


「待っていてくれよ!」


つまりこの囚人はブルムに囚われている兄貴なる人を助けようと考えているわけだ。関係ないことではあるが、戦闘を受け持つ部隊は既に招集が終わっている。今ここを歩いているのは全員支援部隊だ。関係ないことだが一応な。


部隊は大きく3つ。指令、戦闘、支援。


指令部隊には、グラノスを中心とした機動力の高い者を集めた少数精鋭だとか。囚人はほとんどいない。


戦闘部隊は更に3つに分かれており、第1、第2、第3部隊と呼ばれている。それぞれ前衛、中衛、後衛の役割があり、前衛部隊が人数の半分を占めているそうだ。


最後に支援部隊。非戦闘員。『亡霊』の中でも選りすぐりのクズが集まっているらしい。まあそういわれるのが嫌なら戦闘部隊を志願しろ、とのことだ。つまりここに居るやつらは、それでも構わないと残ったやつら。やる気が見られず、自他ともに認める腰抜けだということだ。光栄だね。


ここまで説明すればわかると思うが、戦闘部隊へは志願すれば入れるということだ。なんだ、簡単ではないか。ではなぜ難しそうに話していたのか?


思い出してほしい。俺は最初に、戦闘は無理だろうと後方支援部隊に追いやられていたのだ。そう、後方支援だ。支援部隊の中でも厳選された、エリートが集まっている支援部隊だ。


さぼっていても気づかれなかったのではない。むしろさぼることが仕事なのではないかと錯覚するほどに、周りのレベルが低かったのだ。低いどころか反乱因子レベル。


勝手に荷物を開けても、ああ後方支援部隊か、と可哀そうな目で見られていたし、走り回って遊んでいてるやつらさえいた。わんぱくにもほどがある。今までどうやって生きてきたんだ…。


教養を持ち合わせていない後方支援部隊が、どこまで許されるのかと試そうとも思ったが、良心が痛みできなかった。大抵のグレーの悪行は既に行われていて、人を殴るとかそのレベルのはっきりと悪事と断言できる間違えたで済まされないことしか残っていなかったからだ。


やりたい放題しているようで、ギリギリのラインを承知しているのはなぜだ。彼らが監獄で生まれ育ったのだと言われたら、俺は信じてしまうだろう。


やる気とかの段階ではなく、とにかく知能の低さを感じることもあった。荷物を運んでいる時に、同じ荷物を持ったやつとすれ違ったときは目を疑ったものだ。


つまり、後方支援部隊とは前線から遠ざけたい不必要な人材が集まってできた部隊だということだ。因みにメンバーは俺を含めても10人もいなかった気がして、全員がわかりやすいように真っ黒の服を着せられている。迷惑なことに、メンヘラにも拍車がかかるということだ。


だからまずは後方支援部隊から抜けることが第一優先だ。一応言うが、メンヘラのためではない。戦地に連れていってもらうためだ。


俺が敢えて道の真ん中を目立つように歩いていると、予想通り目的の人物に話しかけられた。


「よお、昨日は付き合ってくれてありがとな。」


ゴリラだ。こいつは確か、第2部隊だ。既に集合し終えているはずの部隊で、ここに居るのはおかしい人間だ。ではなぜ予想できたのか?


おそらく俺の世話係を…監視役を優先したのだろう。


ここからうまくやらなくては。俺は会釈し、今朝レイと話し合ったことを思い出すのだった。

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