第5章 開栓

メンヘラは主人公じゃない

「『亡霊』についてどう思う?」


割と長い道のりを眺めながらどうやって後方支援部隊を抜け出そうか考えていた時に、レイが声をかけてきた。


「どうって…。」


何に関しての『どう』なんだろうか。前の集落での印象は、ビルを筆頭にグラノスに付き従う文明レベルの低い猿の集団。イメージを後押しするように、昔の魔法のような曖昧な発音の詠唱をしていた。


しかし現在、どういうわけかビーク監獄に攻め入ろうと思えるほどの戦力を持ち合わせている。ヴァルクーレ一人にいいようにやられていたのが信じられないな。


俺が少し考え込むと、レイは俺と背中合わせになり光る何かを…おそらく魔法を空に向かって放り投げた。実はこの行動は初めてではなく、ビークに来てから毎晩やっている。新しい遊びにでもはまったのだろうか?


魔法が通った場所に光が残る。真っ暗な空のキャンバスに不規則に折れ曲がった光る直線が描かれていく。綺麗なのか聞かれても困るが、これを見るのは好きだったりする。


『亡霊』は…まあいうなれば、発展途上?後方支援部隊にいたからかもしれないが、補給物資の多さに驚いた。つまり消費量が多いということで、規模の大きさがそれだけでうかがえる。予想だと、出来立てほやほや急成長中のテロ集団だと思っているが、そういうことを聞きたいのだろうか?


「ソーンは『亡霊』側?」


『亡霊』側?今は『亡霊』の後方支援部隊に所属しているのだから、答えはYESに決まっている。まさか隠れてさぼっていたことを指摘しているわけでもあるまいし、そんなわかりきっていることを聞きたいわけではないだろう。


『亡霊』に賛同しているかを聞いているとかそのあたりか。


「…。」


ここ数日所属した感想としては、『亡霊』はグラノスの極端な考え方が主軸になっていると感じた。というのも、俺の確認した出来事は全て例外なく、やるなら最善を尽くして徹底的に行われていたからだ。実際、妥協を許さない考え方は開き直りやすく、迷いのない統率力を生んでいた。組織としてはわかりやすく、所属している側は楽な気がする。


「俺は…。」


想像以上に上空にまで伸びていく光の線を見上げながら答えようとしたとき、レイが見ているはずの背後から何かに押し倒される。


死角から襲ってきた何かは、俺の腕を慣れた手つきで後ろに回してまたがってきた。無慈悲ともいえる力になすすべもなく押さえつけられて、スンスンと匂いを嗅がれる。やめろ、嗅ぐんじゃない!


恐怖に支配されて抵抗を忘れていた俺は、手首を噛まれた瞬間の脱力感によって襲ってきた何かがリーブであるとすぐに分かった。驚かせるなよ…。


「一旦起き上がらせて?」


リーブは返事をするようにその怪力で俺を起き上がらせて、正面に立つとやる気のない表情で俺を見据える。


「探した。」


俺は探していなかったぞ。


「よくこの場所がわかったな。」


リーブは俺の発言に対して、レイを見て答えた。俺は体の土を払いつつ、近くにあった血溜まりに倒れなくてよかったと安堵する。


なるほど。あれ魔法は遊んでいたわけではなく、場所を知らせていたのか。


「…僕は『亡霊』の後方支援部隊だよ。」


俺は遅れてレイに答える。レイは俺を一瞥するだけで、すぐにリーブにまとわりついていた。レイはリーブをやたら気に入っている。ワンや俺への対応がどれほど冷たいものだったのか見せつけられるから、あまり気分は良くなかったりする。


「無事でよかった!」


レイが表情を緩めてリーブを抱きしめる。リーブは少し嫌そうに引きはがそうとするが、幽霊なので触れることができない。それを理解すると絶望したかのように力なく両手をおろし、されるがままに撫でまわされ始めた。


一方的に判定があるのは不平等というか、なんというか。やはり腐っても禁忌であると、実感してしまう。俺が二人を…まあ一方的に愛でている姿を見ていると、レイが俺の視線に気づいた。


「…何?」


俺も撫でられたいなー。


「いや、別に…。」


俺がすぐに目を逸らして先を急ぐと、逃がさないとリーブが服の裾をつかんできた。


「ねえ。」


言葉にはしないが、お前しかいないだろ、と救援要請。ぶっちゃけ見捨てたい気持ちがある。というのも俺の腕には無数の歯形が残されている。他の傷よりもやたら残っているこれは、リーブによるものだ。ていうかこれ、少なくとも4日前につけられた歯形だよな…?


俺が転生してからやっとだ。やっとまともに下っ端として扱われそうだったのに、この歯形のせいで今はメンヘラと呼ばれている。


リストカットじゃない!歯形だ!


なんて言えるわけもなく、俺の名は面白半分にメンヘラとして広まってしまった。俺は根に持ってるからな…。


「…ねえ、やっぱりメンヘラって呼ばれてるの気にしてるでしょ。」


俺が思っていることを見透かしたかのようにレイがリーブから手を放す。レイの観察眼はとんでもないな。俺が手首の歯形を確認しただけでこれだ。


俺は否定しかけたが、今日はいつもより情報が多くて疲れがたまっていたこともあり、その言葉を飲み込む。


「そうだけど?」


何が言いたいのやら、と思いつつ、後ろ向きに歩きだす。レイの興味はこちらに向き、解放されたリーブはそそくさと俺の傍に走ってきた。


レイは、やけに素直。と驚きつつ、舐めるように俺の近くを飛ぶ。何を企んでるんだ?


「名前は重要じゃない?」


短い言葉だったが、それを聞いた瞬間俺は大きくうなだれた。


「それは…。」


俺の言った言葉だ。確かに言った。何とか言い返そうと考えるが、先ほども言ったが疲れている。こいつは本当に揚げ足をとるのが得意だな。


俺が悔しい気持ちより、なぜ今更呼ばれ方を気にしたのかと疑問に思う。思うだけで思考は放棄した。近くを飛ぶレイに怯えるリーブは、何の話か分からずどぎまぎしている。


「なんでメンヘラって呼ばれてるの?」


お前のせいじゃ!


「メンヘラだからに決まってるだろ。」


説明が面倒になり適当に返すと、リーブは鋭く息を吸って固まってしまった。もう俺のことはどうとでも思ってくれていいから、会話の邪魔をしないでくれ。


レイはそれを見て笑い、リーブは俺から距離をとる。今日はもう休もう。早く睡眠薬で眠って明日何とか戦に交わる方法を考えないと…。俺はレイ達に背を向ける。


「待って、待って。」


「何。」


追い打ちか?趣味が悪いぞ。引き留めるレイに要件を聞くが、レイの方は向かず足も止めない。


「普通のことだよ。」


気になって一瞬足を止めてしまった。


「…。」


俺は言い返そうとして、舌打ちをする。今何をいっても論破されると思ってしまったからだ。


俺自身レイの言葉には、想像以上に納得してしまう節がある。これ以上自分の言葉を否定されると、自分の考えが何かわからなくなりそうだ。


普通って何が?いや、どうでもいい。疑問を置き去りに歩き出すと、レイより先にリーブが絞り出すように声を出した。


「メンヘラは…普通じゃ…ないよ…。」


リーブはそういってどこかへトボトボと歩いて行ってしまった。水を差すんじゃない!メンヘラの話なわけないだろ!


「ソーンの名前はソーン。自分の認識とずれた呼び方は気になるもんだよ。…名前は鏡だから。」


かき混ぜられた思考がまとまる。鏡、か。面白い言い方をするな。自分ではない何かが鏡に映ったら、違和感を覚えるものだ。


…重要だとは思わない、というのはさすがに言い過ぎだったのかもな。


「前言撤回。名前は重要だ。」


俺はぼそりと呟いた。横目で見たレイの様子が嬉しそうだったのを見て、頭を掻く。結局レイの言葉が正しいと思ってしまうとは、非常に気に食わない。怒っているわけではないが、ストレスを感じて眉間に皺が寄ってしまう。


しかし…気づかなかっただけであり、レイに言われなくてもいずれ行きついていた自分に対しての疑問ではあるか。先に答えを与えてくれたことには感謝してもよいのかもしれない。思った以上に気を使わせてしまったのか?


「え?何?」


レイは聞き取れなかったようで聞き返してきたが、それ以上は何も言わずに、何も聞かずに消えてしまった。俺はその回答を聞いて笑みがこぼれる。


聞こえていたくせに、やはり気を使わせてしまっていたようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る