死刑囚は主人公じゃない

刑務官は俺を見て黒い棒を前に構える。首をかしげ横から殴り掛かった囚人の頭を的確に殴るが、俺から視線をそらさない。イケメンということもあり少し緊張してしまう。不敵な笑みを浮かべる刑務官に対し苦笑いを返す。


一番警戒するべきなのは不死身の可能性の高い俺なのは当然か。様子を見ていたブライは不機嫌そうに袖を引っ張り俺を自分ブライの後ろに隠す。イケメンと見つめあっているのがお気に召さなかったようだ。


ブライが無言で刑務官を睨んでいるのをよそに、他の危険を探すようにあたりを見回す刑務官。何かを探しているようだが、もしかしてレイだったりするのだろうか?すぐに連携をとりながら数人の囚人が殴り掛かるが、棒でさばききる刑務官。


「やめなさい!」


ブライがつらそうに囚人たちを静止させる。刑務官は倒した囚人たちの手を背中で縛っているようだが、ここからではよく見えない。少なくとも全員背中に手が回された状態で動けなくなっている。


「あなたたちは先に行きなさい。邪魔をされると私も動きにくいわ。」


「なんだこのきもいおっさんは。」


ふふ、シンプルな感想は面白いな。俺は反応が見たくなりブライの方を見ると、そこにブライはいなかった。ブライの話し方か、立場かを疑問に思った刑務官の発言がトリガーだったのだろう。赤い道ができ壁に穴が開いた。


花びらのように散る囚人たちだった肉片。刑務官とブライの間に居た囚人は潰れ、ブライが通った道を彩る。


囚人たちは一瞬動きを止めたが彼の発言の意味を理解し、黙々と屋根に上っていく。お、俺も…。


「肉体を破壊されたのは初めてだ。おっさん何者?」


壁に開いた穴からずるずると体を引きずりながら刑務官が這い出てきた。体中の皮膚は血に染まり、骨が露出していた。イケメンだった顔は見るも無残にただれていいた。


なぜ生きているのかわからないが、肉体を失っても生きているということはそういうことなのかもしれない。俺が生き返っているか質問してきたこともあり、刑務官が不死身であるといわれてもどこか納得ができる。そうか、仲間だったのか。


「嘘をつくな。私はお前に興味ない。」


想像以上の冷たい声に驚いてしまった。穏やかな口調でゆったりと距離を詰めていくブライ。その行動は余裕の表れなのだろうか?より一層恐ろしさを感じる。


「まった、割に合わない。情報交換をしないか?」


こちらに得しかない提案だ。情報を聞き出した後殺してしまえば無料ただで情報が手に入るのだから。こいつが不死身でなければ、だが。いや、時間を稼ぐためか?この全てにおいて枠にはまらないブライに対して何か策があるのだろうか?


刑務官の言葉を聞くとブライの歩くペースが上がった。どうやら聞く気はないようだ。刑務官は舌打ちをし、それでも余裕の表情を作りながら立ち上がる。足が片方なくなっているようで体が傾いている。


「俺のこの姿を見ればわかるだろ?聞きたくないか?…『超越』について!」


ブライの拳が当たる直前に気になる内容を口にするが、容赦なく殴られる刑務官。さっさと要件を言わないで溜めるから…。地面にめり込んだかとも思ったが床を突き抜けて下の階に落ちていったのが見えた。交渉の余地なし…本当に興味なかったのだろう。俺も誘いを断ったら同じ目に遭ったりして。


しかし、ここまで『超越』について話題を振られるとは不自然だな。長年の研究があっての代物だと思っていたが、俺が卒業研究をした段階では『超越』についてのめぼしい情報は手に入らなかった。別の方法で『超越』に近づける?いや、ガセネタを流しているものがいる可能性の方が高いな。


こうなってくるとブライの『超越』も怪しいと思えてくる。しかし、俺のようなケースもあるのか…。


うっかりやっちゃった、テヘッ。と言いたげにぶりっ子しながらブライが歩いてくる。なぜだろうか、『適役』という単語について今すぐにでも語り合いたくなる。


あ、ブライを待つ必要なくない?俺はブライを無視してロープを上る列に並ぶ。無秩序に争いながらロープを上るのかと思っていたが、皆静かに列を作って自分の番を待っていた。並ぶのが遅かった俺は最後尾に向かう。


確か、ブライはこの牢獄のボスと呼ばれていたな。囚人が忠告してきたことが正しければ、服役期間が最長ということだ。ならばここ最近の情報とは別に、何かしらの方法で『超越』に近づきすぎて投獄された?


待った、こんな化け物を誰が捕まえたんだ?事実捕まっているのだから関係ないか?


一分も経たないうちに全員が屋根に上り切り俺の番になる。ブライもそのころには近づいてきた看守たちを全員追い払い、脱出の準備ができていた。この集団は訓練された軍隊か何かか?


ブライは周りを警戒しつつも、急かすことなく俺が口を開くのを待っていた。


ついて行くか、行かないか。その答えを待っているのだろう。


こんな時、俺はメリットではなく、デメリットを探す。


ついて行かない。


やることがなくなる。ここでブライに殺される可能性。『超越』について聞くことができない。ブライが何者か知ることができない。脱獄ができない可能性。不死身かもしれない刑務官のいる場所に取り残される。死刑にされる可能性。死なないことがばれて実験体になる可能性。生き返らず死ぬ可能性。


ついて行く。


ガセネタの可能性。俺の体目当て、二重の意味で。性癖が捻じ曲げられる可能性。


ついて行かなかったときの不安要素が多すぎるな。ついて行く場合は、ある程度予期することのできるデメリットだけだ。ついて行くうえで対策を取れないわけでもない。それに疑似的というか、ブライの庇護下に入ることができる。


「ついて行…く。」


スカートのすそを踏んでこける。それをしっかりと受け止めてくれるブライ。最低限俺に触れないよう紳士な対応だ。おそらく嫌がる俺への配慮だろう。


…この服は捕まってからずっと着ているがこけたのは初めてだ。…レイの服。


そういえばレイがなんか言っていたな。この男にはついて行かないほうがいいとかなんとか。


理由十分?


…。


やはりついて行くのはやめるか。


断るとなれば何をされるか分かったものではないので、ブライから数歩距離をとる。


「死刑囚ちゃん!」


俺の気持ちの変化を感じたのだろうか。焦った様子で俺に手を伸ばすが、俺は反射的にその手から遠ざかる。しかし、その切羽詰まった表情はなんだろう。何かおかしい、そう思ったのも束の間。


「じゃあな、変態ども。」


下の階から声がし、強い衝撃に俺の体がひしゃげて天井に向けて飛び散った。その場で最後に聞いたのはブライのおぞましい悲鳴と、刑務官の高笑いだった。


今回の心残りは、変態と一括りにされたことと、仲良くしましょ、いい名前ねといいつつ俺を死刑囚ちゃんと呼び続けたこのおっさんにツッコミを入れ忘れたことだった。

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