第3章 塩漬系主人公

土葬されるのは主人公じゃない

『些細なことだ。気にするな。』


いつだっただろうか。酒の話をしている最中に突然だ。柄にもなくソファから起き上がり俺に向き合うと、目を見て静かに酒以外の話をしてきた。脈絡はなく、あまりにも短い言葉だったが、とても重く感じた。


俺の頭を撫でる父。とても不思議な感じだった。本当に撫でられているのかわからなかったが、確かに父を強く感じた。それから父は立ち上がり、机に脚をぶつけてひっくり返っていた。


父と母について知ることを早々に諦めていた俺だったが、本人たちではなく、身内からなら話を聞くことができるのではないかという考えに至っていた時だった。


初めて父と会話が成り立った。俺の行動に返事をした。そんな気がした。


同じだ。やさしさというか、弱弱しさというか、誰かの存在を強く感じる。


「レイ…?」


俺がおもむろに立ち上がると、頭をぶつけた。なんだ?横に転がろうとするが、壁。真っ暗な視界の中で瞬時に前後左右上下へと手足を伸ばし、自分が四角い箱の中にいることを把握する。


「レイ、いるか?」


状況確認をするためにレイに助けを求める。なぜ箱詰めにされているのだ?俺が死んでいる間に何が…。あ、もしかしてこれ棺の中?


俺がもうこの場から動けないのかもと考えたとき、まだ希望があるよ!と反応するかのように淡い光が目の前に現れた。優しさを感じる柔らかい明るさは、ぼんやりと俺の視界を照らすのみで、眩しさは全くなかった。


「名実ともにゾンビになったね。」


どうやら既に土に埋められているようだった。




あれから数日たった。俺は土の中でのんびり思考を巡らせていた。


ここ数日での一番の発見は空腹になるし、苦痛ではあるが死なないことだ。餓死ではやはり死なないらしい。体を動かすことも問題なくできるが、動かすときにひび割れるような、独特の痛みが体内を駆け巡る。


レイはというと、初日こそ脱出をしようと俺に声をかけていたが、今は静かに俺のそばに寄り添っている。


「トイレの床みたいに俺事ぶち抜けば?」


「…マジありえん。」


今はそれとは別に何かに怯えているというか、不安そうに俺の肩や首元でふわふわ浮いている。人型ではなく妖精のような光状態でだ。いやこの場合、人魂といった方が正しいな。


「…最近ずっと起きてない?」


確かに、あまり寝ていない気がする。こう視界が真っ暗だと時間感覚がなくなるというか、自分が長く感じるだけであまり時間は経っていないのだろうと考えてしまっていたが、そうでもないようだ。


「起きてるわけじゃないんだけどね。寝たい気持ちもあるけど、なんか眠くない。」


寝ないと少し疲れるから正直寝たい。少し疲れるから眠くなるはずなのだろうが、この疲れはなぜだろう。眠気を誘わない。そういえば牢屋でもたまに寝つきが悪かったような気がする?もしかしたらご飯をしっかり食べないことと関係があるのかも知れない。


「そう。…もし寝たいなら、方法ぐらい考えておいて上げる。」


いつになく優しいな。脱獄以来まともに話していなかったから、気まずかった。ん?いやそれ以前もあまり話していなかったか?まあこれ以上話して空気を壊すこともないか。


レイはそれ以上話しかけてくることもなく、特に何か話すでもなく、俺に存在を感じさせるだけだった。海岸の時はあれだけ雄弁に語っていたのに。そういえば、海岸で生き返った時もそうだったな。


俺が生き返るにあたり数回、死んだ場所ではない場所に生き返っている。死んだとき意識がなくなる弊害だな。しょうがない。


しょうがないのか?俺がウッキーだったころご主人と暮らした家での出来事が妙に引っかかる。あの時俺は体がバラバラになり、意識が戻った後も普通なら死んでいる状態だった。意識が飛んでいるのは俺が痛みで気絶しているからか?


何やら法則があるかもしれないが、わからないことだらけだな。


俺が卒論をかいたとき調べた『超越』についての情報がなかったことと、ブライや刑務官の話。仮に俺が死ぬ度に場所以外の条件も変わってしまうとしたら話の辻褄が合うかもしれない。


本当に俺は生き返っているだけなのか?もしかして、世界の構造を変えてたりして…。まさか潜在意識の中で?俺は俺自身の望む世界に…。いやそれはないか。


もしそうならば、俺は心から世界を呪った事象が一つ。ブライの存在だ。仮に何かしら条件を変更する力が俺に備わっていたならば、ブライは美少女でないにしても何かしらの変化を受けているはずだ。いやもしかしたら受けているのかもしれない。母も都合よく難聴になるかもしれない。父も水と酒を見分けられなくなっているはずだ。


目的が増えた。女から名前を聞くことと、俺の超越について知ること。


…。


「『些細なこと』か…。」


考えを巡らすと疲れるな。寝たい。ため息が漏れる。


今すごく主人公だった気がする。


…。


レイが俺の言葉に反応して光りだす。俺の言葉に興味を持ったようだ。しかし、それ以上のアクションはしてこなかった。面倒に思ったのか、あえて聞かなかったのか。


そういえばレイはなぜ死んだのだろうか。幽霊は死んだときの姿になると父が話していたような気がする。レイは割と若く見える。精神年齢的でもあるが、実年齢も20代ではあるが30代はいかない程度な気がする。俺より少し年上?


そんな早くに死ねばそれは未練も残るというもの。そういえばウェンカイの話の結末を聞いていない。いや、いろいろとふざけた内容だったな。事実であるかも疑わしい。


というかそれ以前になぜ俺を海に引き込もうとしていたのだろう。海に引き込むことが前提ならば、よりウェンカイを想像した腐女子説が濃厚になる。


だめだ、することがないと柄にもなく答えの出ないことに思考を巡らせてしまう。というかレイに関しては本人がいるのだ、聞いてしまえば早いのではないか?


「なんで僕を海に引き込もうとした?」


レイは俺の質問に対して暗黒をもって答えた。アレクサ、電気つけて!電子機器の方がまだ話し相手になったかもしれないな。俺はほかにすることもないので、とりあえず目を閉じ耳を澄ませる。


隠す程のことなのだろうか。殺そうとして気まずくなったのか。それ以外に意図があったのか。まあいくらでも聞く機会はあるか。


上だ。


上で何やら音がする。耳を澄ませなければ聞こえなかった音だ。俺は思わず目を開ける。音がどんどん近づいている。土を掘る音。


少し時間を空けて棺の周りを金属音が駆け回る。誰かが掘り起こしている。罰当たりな人間もいるものだ。棺が開けられるのを静かに待っていると、耳元で何でもないかのようにレイが話しかけてきた。


「ソーンを殺そうと思ったから。」


…え。


突然だったので驚くと、嬉しそうな笑い声が響く。冗談なのか?あえて本当のことを言ってからかっているのか?俺が質問自体が間違っていたのではないかと考える頃に、棺がゆっくりと開けられた。


そこには小汚い男が一人立っていた。











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