おかまより主人公じゃない

ブライは満足そうに俺の右手を見て、左手を少しにらんだ。どうしてそんな目で見る。


「あなたのやりたいこと…。本当に女性を探すことなの?」


俺たちは急いでいる。だからこそこの質問に意味が出てくるのだろう。


いろいろ思うところはあるが、一言でまとめるのならきっと、答えは「探すことじゃない」だ。やりたいことはない。自分でもわかっていた。しかし…。俺の沈黙を返事と受け取るブライ。


「…もしやりたいことがないのなら、私とこない?」


…。


「死刑囚ちゃんだから話してるの…。実は『超越』に私は近づいている。」


ブライの口から予想の斜め上、いや、それこそ超越した言葉が溢れる。


誰でも知っている有名な『超越』という言葉。具体的に何を示しているかは誰も重要としていない。常識の破壊や、人間からの解脱だったり、発言者によって意味が変わる。曖昧なもので、多くの場合不死に関するものを指した抽象的な単語だと思ってもらって構わない。


俺はもちろんと嬉々としてうなずきかけて、思いとどまる。


「…考えさせてくれ。」


非常にまずいことになった。『超越』の話を振られて断るやつなど、俺以外いないだろう。あまり考えていなかったが、俺、完全に超越してない?


もしブライが『超越』にたどり着けなかったとして、俺が死なないことを知ったら俺に何をしてくるかわかったものではない。先ほどの刑務官同様捕まるわけにはいかない…。


「ここを脱獄するまで待つわ。」


ブライは思った以上に柔らかい口調で微笑みながら俺の右手に指をからめて恋人つなぎをしてきた。あまりに行動が飛躍しすぎていて息をのむ俺に、顔を赤らめながら少し不機嫌そうにするブライ。そういう雰囲気ではなかったと思うが…。


「早く魔力を流し込んでもらえるかしら?…恥ずかしいのだけれど。」


ん、どういうことだ?


…よく考えればブライの性格は内気な少女だ。考え方も割とまともな方だと思う。ならば、こんな強引に距離を詰めようとはしてこない?手をつなぐことが目的ではなさそうという結論はすぐに出たので、言われた通りブライへ魔力を流し込む。


カシャ。


魔力を流し込んでいくと窮屈そうだったブライの左手の腕輪が大きくなっていく。ある程度の大きさになると手を放し、腕輪を外すブライ。手首は痛々しいほど締め付けられており、青黒く痕が残っていた。かわいそうに。同情する。


ブライは流れるように右手と左手を組むと一瞬で右手の腕輪を外してしまう。なるほど、魔力の受け渡しで外れる腕輪だったのか。この感じだと、放出の際には締まる腕輪だったとみて間違いないだろう。


「そんな悲しそうな顔をしないで。手首はしばらくしたら治るし、死刑囚ちゃんがいなければずっとこのままだったんだから。」


そんなに悲しい顔をした覚えはない。強いて言うなら痛々しい手首を見て顔をゆがめていただけだ。ブライは嬉しそうに俺の左手をとると、魔力を流し込んでくるのかと思いきや腕輪を両手でつまみ引きちぎる。ええ…。


すぐに牢屋に戻り、当然のように牢屋の扉を開くブライ。南京錠が聞いたことのない音を立てて千切れ落ちた…。ブライがそのまま動かなくなったので、どうしたのだろうと顔を見ると、こちらを見ていた。


「行かないの?」


目の前のめちゃくちゃな光景に面を食らって、俺は牢屋にすら入らず廊下に立ち尽くしていた。脱獄までは返事を待ってくれるんだったっけ?


「…行く。ついていくよ。」



ブライはそのまま周りの牢屋の南京錠を葉っぱのようにちぎって回った。続々と後続が増えていく。刑務官も何人か現れたが、ブライにあらゆる魔法は効かず、すべて握りつぶされたり叩き落とされたり。放たれる魔法をはじくブライを見た看守たちは剣や斧で切りかかるが、彼…もとい、彼女に刃が届く前に全員ビンタをされて壁にめり込んでしまった。


切りかかった者は壁にめり込み、魔法を放ったものは恐怖に腰を抜かし動けなくなった。ただただブライの作りだした脱獄の歩みを傍観するのみだった。


はっきり言って化け物だ。何も考えていないように見えるかもしれないが、魔法を触れるのは段違い、いや桁違いの魔力が必要でその上魔法への深い理解が必要だ。ブライは見た目こそ筋肉だけの脳筋に見えるが間違いなく天才。


ブライが『超越』に近づいているのは本当なのだろう。『超越』に最も近づいたといわれているのがリルレットだが、こいつがそのリルレットと名乗っても俺は驚かないだろう。なぜなら御伽噺おとぎばなしレベルの所業だからだ。


まさに順風満帆。すべての牢屋から統率された囚人を開放すると、近くの壁を強くたたいて穴をあけていくブライ。布団のほこりを払うような感覚で簡単に壁に穴を開いていく…。


3,4枚ほど壁を破ると、そこには海が広がっていた。なるほど、泳いで逃げるのか。


「ロープを。」


ブライの声とともに男がロープを持ってくる。飛び込むには少し高いからロープで安全に降りるのだろう。確かに、飛び込む人間を待ち構える槍のような岩が海面から見え隠れしている。


俺が下を眺めて納得しているのを横目に、ブライはロープではなく、ロープを持った男をつかみ、上空へ放り投げた。ほぼ真上だ。俺は驚き視線をあげると、屋根に上っていく男の姿を確認できた。


「海に逃げたと思わせて追っ手を撒くの。」


俺の反応を見て考えを教えてくれるブライ。


「じゃあ俺にそれを聞かれちゃ意味ないよな?」


囚人の悲鳴とともに現れた男は、黒い棒を右肩に担ぎ、左手に複数本の金属の棒を握っていた。


俺をトイレに連れ込んだ刑務官だ。

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