逃げ出すのは主人公じゃない

背筋が凍り付く。笑ってなどいられない。混乱する頭の中どうしようかと思考を巡らす間もなく、心臓に激痛が走る。


「うぐっ…?」


慌てて刑務官を押し返すとそこには刑務官はおらず、空を切る両手。俺が刑務官はしゃがんだのだと理解したときには、彼は既に腕を大きく振りぬいていた。そう、俺が見るころには行動は終わっていたのだ。振りぬいた軌道上と重なったのは俺の両手…。刑務官の一振りにより、俺の右手はちぎれ左腕はへし折られていた。


「ソーン!?…おまえ!!」


レイが怒りに声を荒げる。俺が痛みに膝をつくと、刑務官が倒れる俺をよけるように後ろに下がる。直後、刑務官のいた場所に火柱がたつ。もちろん俺からも遠くない、熱さに悲鳴を上げるほど至近距離である。続いて背中を突き飛ばされ火柱の中に転がる。しばしの浮遊感の後地面に激突した。


「この体だと持続的な運動は無理だから許して。それより早くこっちに!」


突き飛ばしたのはどうやらレイのようだ。俺はゆっくりと左胸を見ると、服に拳ほどの長さの黒い線の痕がついている。左腕に意識を向けて治るよう念じると、同じ痛みの後ぐしゃぐしゃと音が鳴り元通りになる。段々慣れてきているが、痛いものは痛い。


服をめくると服の痕と重なるように体にも赤い痕がついていた。過度の瞬間的な魔力放出による炎症か。貫通力があるが殺傷性は低い。しかし、場所によっては致死だ。例えば心臓のような重要な臓器など。


確かめに来たのか。とりあえず向き合わなければ…。刑務官を探すが、どこにもいない。代わりに見つかった俺の右手を拾い上げる。


「床に穴をあけてあんたを落としたの!早く逃げる、さあ!」


レイの言葉に我に返り扉に向かって走る。部屋を出るときに一瞬振り返った。天井に穴が開いているのは確認できたが、刑務官は追ってきてなかった。どんな魔法式を練ったら床に穴をあけられるんだ?前を飛ぶレイに視線を戻すと、飛び方の角度的にパンツが丸見えになっていた。思わず立ち止まるとレイもそれに合わせて止まる。


「何してんの?」


俺は見えたパンツに動揺したとも言えず、先ほど思い浮かべた疑問を素直に聞いてみた。床に穴をあけたことではなく、怒ったことについてだ。


「俺は死なない。しかも死ぬほどの威力でもなかったのに、そんなに怒ることではない。」


俺の言葉でレイの表情から怒りが消えた。とても冷たい目で俺を見るが、それ以上のことは何もしてこない。どうせ回復する。そう思ったとき再び心臓とくっつけていた右手に先ほど同様の痛みを感じ、服をめくってみると痕はなくなって右手はつながっていた。来るとわかっている痛みについてはだいぶ慣れてきて、表情に出さないよう我慢できるようになってきた。


「…ここはよくない。出よう。…これ以上は穴はあけられないから。」


レイは俺の胸の傷がなくなっているのを見て、独り言のようにつぶやいた。


俺は正直にパンツが見えてるといった方が、レイの機嫌を損ねなかったのかもしれないと思った。


ゆっくりと地面に降りてきた半透明な彼女がステップを踏むと足が少し濃くなり、流れるようなしなやかな動きで壁に回し蹴りをすると爆発とともに穴が開いた。幽霊だからか?でも文献では無詠唱、無法式で魔法が使えるものもいると聞いたことがある。いや、これは単純な魔力放出か?


何にしても今は関係ないことか。レイは危険だとわかっただけで十分。パンツの件は言わなくて正解。


開いた穴からレイに視線を戻したが、レイはもうその場にはいなかった。レイは…俺を変な気分にさせる。あ、いやらしい意味とかではなく、だ。パンツは関係ない。調子が狂うのに近い。彼女は俺にどうしてほしいのだろう?


「手筈と違うようだけどその手首、あなたが実行したようね。」


あけた穴からのそのそと頼りがいのある男が出てきた。偶然にも立ち止まった場所のすぐ横はブライと俺のいた牢屋であった。

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