第27話 自覚

「現実的な話をしよう。段取りだ」

「はい」


 真愛ちゃんと優愛と、一緒に暮らすことになった。実は考えたことも無かった。家族と言いながら、どこかで『別世帯』という認識はあったんだろうな。付き合いも、半年程だし。


 父さんは建設的に、今の相原家の家財道具とか契約の詳細とか、色々と確認してた。それに、父さんはまだしばらくこっちへ戻ってこれない。皆で住むと言っても、家長が不在のままなんだ。


「じゃ引っ越し業者は要らないな。俺が23、24と連休だからそこで引っ越そう」

「ありがとうございます」


 真愛ちゃんは何度も、深く深く頭を下げていた。僕は。

 これが正解なのかどうか、ずっと考えている。さっきからずっと。

 助けたい。だからと言って。これが唯一の方法だったのだろうかと。

 真愛ちゃんは一度、アパートへ戻った。取り敢えずの着替えや泊まりのセットを持ってくる為だ。その間に、母さんはふたりの使う部屋を整えに2階へ上がった。


「シゲ」

「ん……」

「父さんがどうして、お前に任せたか分かるか」

「分からないよ。僕なんか16のクソガキじゃないか」

「俺の持論だが、男は徐々に大人になるんじゃない。『機』があるんだ。無理矢理にでも、強制的に、大人にならなければならない時が。それを強く自覚する日が」

「……父さんはいつだったの」

「お前が産まれた日だ」

「!」


 ソファに座る。リモコンを取って、テレビを点ける。ニュースだ。

 ちょうど母さんの言ってた、虐待のニュースだった。


「あの日に、俺は大人になると自覚した。で……明里が死んだ日に」

「!」

「……『男になる』と誓った。母さんが、懇願してきた日に。器のデカイ男になろうと思った。悠太の時も。今も。今日もだ」

「えっ……」


 僕は入り口に立ったまま。父さんはテレビを全く見ずに、こっちを見た。なんで点けたんだ。


「『機』は1回じゃない。意識すれば何度も来る。この度に、自分を『更新』するんだ。お前はどうだ」


 テレビの男は、殺人じゃなくて過失致死らしい。どうやら女も、その虐待を止めようとしなかったらしい。


「昨日の件と、今日の決定は。お前の『機』になったか?」

「……なったよ」


 日常的に虐待があって。なのにどこにも相談もせずに。なにやらSNSの投稿やらを楽しそうにやっていたらしい。


「父さん。僕もいつか、家族を作るよ」

「ああ」


 自覚が足りない、年齢だけ重ねた大人にはなりたくない。


「僕の名前、結構良いよね」

「ん?」

「父さんと母さんの名前がひとつずつあって。……明里さんの『明』かもしれないけどさ。明るさが重なる、なんて素敵だ。僕自身がちょっと暗いのが申し訳ないけど」

「ああ。そんなことないさ。お前は明るい子だよ。お前が『救った』母さんと俺も、相原さんも。お前が『明るく』したんだ」


——


 今回の全部は。言ってしまえば下品だけど、『父さんが高給取りだから』できたことだ。悠太のことから、真愛ちゃんまで全部。ウチも同じようにアパート暮らしだったら、そもそも受け入れられてない。

 僕からしたら、ただ幸運だった。それだけだ。父さんは『救った』と言っているけど、それは父さんだ。本当は、父さんが居なければ僕は誰も救えてない。

 でも。

 お金があって、家があっても。家族の心が繋がらなくなるということも経験した。終わってみれば贅沢な悩みだなとも思うけど。あのままじゃ空中分解して、皆バラバラになってた。少なくとも真愛ちゃんと優愛を受け入れることなんてなかった。するとどうなる。ふたりは路頭に迷っていた。若しくは真愛ちゃんが、過労になる。


「資本主義って言うんだ。良いか悪いかは置いておいて、今この国は『そのように』なってる。昔は一億総中流なんて言われてたけどな。今は格差が激しくなってる。父さんは新卒の頃、バブルの時にきちんと貯金してたからな。まあ明里に握られてただけなんだが。あいつも、ただの女子大生の癖に大人顔負けの立ち回りをしてた」

「……結婚してないんだよね」

「卒業したらって約束だったからな。同棲はしてた。お前がお腹にいても授業は受けてたなあ」

「良いのそれ」

「さあ」


 父さんもちょっと変で、ずれてる所がある。父さんの言葉の全てが正しい訳でもないんだと思う。


「じゃあ明里さんのお陰で、真愛ちゃん達を救えるんだね」

「そうなるな。話を進めたのはお前だ。お前達親子が、あの親子を救った」


 8月15日。20時49分。そう言えば、夕飯結局食べてない。


「……お腹すいたよ。真愛ちゃんが帰ってきたら、改めて皆で食べよう。僕母さんを手伝ってくる」

「おう。食器並べとくぞ。6人分」

「悠太はまだかなあ」


 『帰ってきたら、か』。階段を上がる途中で、リビングから聴こえた。そうだよ。もう、この家は真愛ちゃんの家だ。帰ってくる場所。追い出されることのない、最後の砦。優愛にとっても、実家となるんだ。

 とにかく。

 僕も、父さんみたいに大学卒業後すぐに結婚できて、マイホームも買えるくらい。稼げるようになろうと思った。


 こんな【家族】は間違ってるだろうか。

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