第28話 幸せ

 結局、月末もドタバタしていて。真愛ちゃんと話してた、海やらプールやら映画やらはできなかった。だから冬休みに持ち越しだ。海とかは、来年に。


「さん!」

「そうそう」

「ん~……。ごっ!」

「おっ。凄い。全問正解。優愛は天才だな」

「でしょー!?」


 最近の優愛の趣味は、ぬり絵じゃなくて計算だ。この子は本当に賢い。

 クーラーの効いた部屋で。アイスも食べながら。勉強を教えている。残りの夏休みはそうしていた。


「ん」


 時たま、ピコンと通知が鳴る。だいたい真愛ちゃんからだ。


『疲れたっ!!(>_<)

 優愛の写真ちょーだい!』


「優愛」

「はーい」

「写真撮るよ。全問正解記念。ほら笑顔とピース」

「いえー! ぴぃーす!」


 ピコン。


『カワイ——!!♥️♥️♥️

 よっしゃ!!!!

 休憩終わり!

 全力で稼ぐ!!!!!!(*_*)』


 こんな感じだ。僕もなんかバイトしようかなあとすら思ってくる。真愛ちゃんは勉強する優愛を見て、大学へ行かせるまで掛かる費用を計算して、拳を握り締めていた。あれも父さんの言う、『機』なんだと思う。覚悟を決めたというか。


「重明。優愛ちゃん、お昼おそうめんはどう?」

「良いね」

「だいすきー! そーめーん!」


 母さんは、僕の知る、優しかった頃の母さんに戻った。そもそもこれが素の母さんなんだよ。うん。父さんも言ってたけど、僕が『優しい』と言われるように育ったのは、母さんが優しかったからだ。間違いない。


「何か手伝う?」

「おそうめんて、そんなに手伝ってもらうこと無いのよ。だから大丈夫」

「ゆあもお料理したいー!」

「あらあら。じゃあこっち来て、ちょっとやってみる?」

「はーい!」


 優愛は本当、何にでも興味を示す。根本的に、生来明るい子なんだろうなと思う。真愛ちゃんからの遺伝だろうな。だから、どんなに辛くても真愛ちゃんは頑張ってこれたんだ。優愛の笑顔にはそんな魅力がある。元気で明るくて、素直で。居るだけで皆を笑わせる魅力が。


「んっ」


 ピコン。また真愛ちゃんかな?


『疲れた。朝から走り回った。休憩代わりに悠太の写真くれ』


 父さんだった。僕は写真係か。別に良いけど。


「母さん悠太は?」

「そっちに居るじゃない。お昼寝中ね」

「あー。勉強に夢中だった」


 悠太の寝顔をパシャリ。

 ピコン。


『カワイー!!!

 これで昼の折衝も頑張れるわ!

 サンキュー!!』


 あれ、父さんと真愛ちゃんて本当は血が繋がってるんじゃないだろうか。


——


——


「ただいまー!」

「おかえり」


 19時23分。真愛ちゃんが帰ってくる。優愛を預けなくて良くなったことで、勤務時間を伸ばしたのだ。ちょっと遅いかもしれないけど、ウチは真愛ちゃんが帰ってから、全員で夕飯にすることになった。

 同世代のコミュニケーションも必要ということで、何日かに一度は優愛を託児所に預けてる。もう言ってる間に、小学生になるもんなあ。因みに保育所の申請はしなくなったらしい。理由は当然、母さんと僕という、(真愛ちゃん曰く)最強の保育士が居るからだ。


「やー。今日はなんですか? 鶏南蛮!? タルタルソース! やばっ! ガチ料理! 良~い匂い!」

「良いから手を洗ってきなさい」

「うがいもわすれたらだめだよおかあさん!」

「はーい」


 真愛ちゃんと暮らす、ということには。最初は寧ろ僕の方が慣れなかった。なんというか、お風呂とかさ。こう。お化粧とか着替えとかさ。……あーそう言えば住むってそういうことも含むよなあなんて思って。やっぱり割りと浅はかに提案したんだなと反省したんだ。


「シゲくん別に気を遣わなくて良いから、どっか友達と遊んできなよ?」

「そうよ重明。子供達は私が見れるんだから」

「いや。……そもそも友達居ないから」

「……え。あれマジだったの?」

「…………僕はマジしか言ったことないよ」

「ええー! なんで? 友達作りなよー! 高校デビューミスったの?」

「いや。……えっと」


 毎日の食卓は、こんな感じだ。騒がしいというか。以前の僕が全く想像していなかった光景が映ってる。


「【家族】には一家言持ってるのに友達居ないのはなんかダサいね」

「うっ」

「そんなところは、姉さんには似てないわね。寧ろ私寄りだわ。友達の作り方は後天的なものなのかしら。だとしたら私の責任かしら」

「いやいや。母さんなんか変なこと言ってるから」

「姉さんて例の『明里さん』ですか? お話聞きたい! どんな人なんですか? やっぱりシゲくんに似て優しいですか?」

「ちょ。真愛ちゃん……」

「ええ。優しすぎる姉だったわ。重明にそっくり。きっと真愛さんともすぐに仲良くなってたわね」

「えへへー。なんか嬉しいなー。ねえ優愛」

「わかんない! なんばんおいしい!」

「ねー。美味しいねえ」


 なんか、色んなことずけずけ言うし。そんなところも【家族】っぽくて。

 これが【幸せ】なんだと、最近思い始めたんだ。


——


——


「シゲくん。ちょっと良いかな」

「なに?」


 夕食後。母さんは下で、父さんにビデオ通話を始めた頃。これ毎日やってるんだふたり。16の僕としてはラブラブな両親を見るとちょっと恥ずかしいんだけど。

 それはさておき、部屋に真愛ちゃんがやってきた。


「改めて、お礼を言いたくて」

「いいよ別に」


 お風呂上がりで、すっぴんでも真愛ちゃんは美人だ。母さんはお化粧落とすとちょっと、あれなのに。


「……多分ね、わたしらが恋愛してたら、今こんなことになってなかったんだよ」

「………………それは、僕も思う」


 そのひと言で。真愛ちゃんが何を言いに来たのか分かった。『それ』は、初めて会った時から多分、お互いに意識してたことだから。


「だから。…………いや。分かった。じゃあもう、この件は言わない」

「うん」

「……いつかできた彼女さんとか。遂に結婚した時とか。シゲくんの【家族】にも。同じように、してあげてね」

「……うん。勿論。父さんのように稼いで、母さんのように優しく。僕はそうなりたいんだ」

「わたしのように?」

「……明るく、困難に立ち向かえるようにもなりたいなあ」

「やったっ。一応、わたしシゲくんのお姉ちゃんだからねっ」

「うん」

「彼女よりまず友達だねっ!」

「うっ……」


 美人のお姉ちゃんと可愛い妹ができたんだ。最高だろう。

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