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 出会いからしばらくして、呂街くんが絵を描いてくれたことがあった。

 君にはあれがどう見えているんだい、と尋ねたときだった。


『先生は目が悪くって。もともと近眼だったのに老眼まで重なってしまったから大変なんですって』


 鉛筆でざっと描かれた、蜻蛉の眼鏡をかけたスマイルマークでしかないそれを見せられ、言葉に困り優しそうだねと返した。呂街くんは俺の戸惑いに気づく様子もなく、『でしょう』と言って得意げに笑ってくれた。


『お優しくて、気にしいな方だから。だからできれば「あれ」なんて呼ばないであげてくださいね』


 少し眉を下げて、困ったように。呂街くんのそんな笑顔がひどく愛おしく、少し胸に刺さった。

 あれを優しいと思ったことなど一度も無かった。傷つき苦しめばいいとただそれだけを考えていた。





 (高野さんは時折先生を見られると辛そうにしていて、それは高野さんが先生との間に良い思い出が無いからだ。先生は僕にはお優しいのに高野さんには意地悪で困る。

高野さんにはお世話になっている。お花を持ってきてくれて僕のことを気にかけてくれる。僕はあまり友だちがいなくてそれこそ先生ぐらいとしかちゃんと話せない子供だったけど高野さんはそうではなかったらしい。普通とは何かを高野さんが話していると胸がちくちくする。

それに高野さんは先生の悪口を言う。でもこれは先生も悪いことなので。僕はどちらにも上手く文句が言えない。ふたりに良い子で優しい子だと思われたいと思っている。高野さんはよく鳥のような虫のようなものに懐かれているが内緒だ。高野さんには見えないので。

 今日も高野さんとお話をしているとタイプライタのインクが詰まりましたと言って先生が地下室から上がっていらした。昨晩の夕食のエビを引き連れていた。悪魔に食われては死に切れぬ死に切れぬとわめくエビに耳を塞いでいたら先生が何かを言ったらしく高野さんが怒ってカップのお茶を先生に引っかけたがあたりが外れて床が濡れた。高野さんは我に返って謝り布巾を取りに行った。先生がその背中にさらに何か声を掛けたが僕にはラジオのノイズのように聞こえた。)



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