9


 徹夜で扉を直したので、部屋に扉が復活したぜ! いえーい!


 そして扉の復活と引き換えに、体力を回復することには失敗したぜ!


 だから徹夜明けのテンション。ナチュラルハイな僕である。


 そんなナチュラルハイな僕としぃると無鳥は、リビングにて会議だ。本当なら矢面の参加も望んだのだが、矢面はお爺ちゃんの家に行ったらしく、仕方ないので通話で参加だ。


 フウチが不在なのは、ジーヤさんと服を取りに一度帰った。ジーヤさんには、ついでになにか買い出しをして来てくれと頼んでいるので、現在の時刻、午前九時ジャストから、だいたいお昼くらいまでは会議が可能だ。


 というか、当たり前みたいに話しているが、フウチが着替えを取りに帰ったところを考えると、どうやら僕の知らないところで、今夜もお泊まりすることが決まっているようである(さっき聞いた……)。マジかよ。今日はなにを修理して理性をたもてば良いのか……。まあ、最悪自分を自分で部屋に監禁してしのぐとして。


 そうやって無理やりにでも凌ぐとして、会議の議題は、


「フウチの声を蘇らせる案」


 である。


 難問だ。こんなお遊びみたいな雰囲気の会議で答えが出るのか不明だが。お遊びみたいな雰囲気の原因は、およそ僕に存在する気もしなくはないが、僕は真面目である。真面目に真面目な話をしたいのだ。


 そんな難題テーマに挑むにしては、人数が少ないのかもしれないが、生憎、これが僕の持てる人脈を尽くした結果である。


 無鳥。しぃる。矢面。この三名しか、僕には人脈はない。フウチとジーヤさんを除いて、だけどな。ここに実の妹が含まれているのが、地味に切ない。


「んー詩色。そもそもフーちゃんの声が出せないのは、トラウマ、ってことなんだよね?」


「ざっくり話したが、その通りだ」


 ざっくりしか話していないが。詳細な情報は、僕から話すべきことではない。プライバシーは考慮せざるを得ない。なにより仮に全部話したりして、それをフウチに知られたら、口軽い男嫌い、って嫌われてしまうかもしれないからな。それは僕の生死に直結することなので、個人的都合とプライバシーを考慮して、詳細な情報はみんなには控えている。フウチに嫌われることは、僕のデッド、オア、アライブに関わってくる問題なのだ。もう、死のうとか思って落ち込みたくない、というのが、ぶっちゃけ本音だ。


「トラウマかー。トラウマって、どうすればトラウマになんの? あたし経験ないからわかんないんだよねー」


「るうる先輩に同じく。完璧美少女のわたしもトラウマの経験がないなー」


「へ。完璧美少女なんてどこにいるんだか。ウケんすけど。あ、ぼくもないっすねー」


「……………………」


 僕の持てる限りの人脈は、メンタルが強いことが判明した。強いというか全員馬鹿だった。


 納得だぜ。こいつらにトラウマなんて言葉は無縁も無縁。得心しまくりの納得しまくりだ。


「……………………」


 いや、納得いくかよ。


 やっぱり納得いかねえよ。


「……しぃる。それと矢面。お前ら二人はトラウマを経験することはないのかもしれないけれど、トラウマを植え付けるスペシャリストだろ」


 お前らの存在意義を存分に発揮して、どうやってトラウマを植え付けているかを発表しろよ。そこから、出来るかわからないけれど頑張って逆算するから、出し惜しみすんな。


「あは! スペシャリストって言われちゃうと悪い気しないねー! どうするー? 教えてあげちゃう、ツインテールさん」


「いや、悪い気するっしょ。なんで自分の都合良い部分だけ聞き取ってんすか……。明らかに悪口っしょ、今の詩色先輩の言葉は……」


「ダメだなーツインテールさん。それじゃあお兄ちゃんの妹はやれないよー?」


「やりたくねえっす。あといい加減、ぼくのことを髪型で呼ぶのそろそろやめてほしいんすけど」


「えー。ツインテールなのに? そんな妹みたいな髪型しているのに、妹志望じゃないの? 変なのー」


「妹って志望してなれるもんでもねえでしょ。まあ、詩色先輩の妹死亡なら願ってもやまないですけど。妹志望はしませんけど、妹の死亡なら懇願せざるを得ねえですが」


「あはは! 懇願せざるを得ないんだー。ところでこんがん、ってなに? 洗顔のお友達?」


「……詩色先輩。ぼくの手には負えねえっす。これ以上この女と会話すると、生まれて初めてのトラウマを心に刻むことになりそうなんで、しばらく黙ります……」


「お、おう。なんか妹がごめんな……矢面」


 矢面がトラウマを負った。あるいは折った。心を。とりあえず無鳥にケアをしてくれるようにアイコンタクトで頼んだから、それで許せ矢面。


「わたしの勝ちかあ。強いなあわたし」


 勝負していたのか。だとしたらなんて不毛な争いだったのだろう。虚しくなるだけの悲しい戦闘じゃねえか。誰も幸せになれない。


「逆境に強すぎるだろ、しぃるお前……」


 なにをどうすれば、僕の妹は心が折れるのだろう。もはや議題をそっちのけで、トークテーマにしたいくらい、しぃるのメンタルは強靭だった。


 強靭だし強人だし狂人だ。化物じゃねえか。


 妹がモンスターだと発覚してしまったが、しかしながら矢面の犠牲もあり、人が精神的にダメージを受ける瞬間をリアルタイムで学ぶことがことができた。


 ……だがまあ。逆算とか出来なかったけども。


 無理だろ。どうやって今の流れから逆算するんだよ。スーパーコンピューターでも無理なんじゃねえの。この逆算。


「ちょっと考えを変えて議論しよう……。たとえば、声を出さざるを得ないシチュエーションってなんだ?」


「BLの新巻発売」


「無鳥。お前の趣味にとやかく言うつもりはないけれど、きっとお前だけのシチュエーションだからな、それ」


「馬鹿なっ!? BLの新巻発売は国民的行事だろ! あたしだけの記念日じゃないはずだ! ねえ、しぃるもそうだよね!?」


「んー。わたしは新巻発売だけでは叫んだりしませんねー。あ、でもでも。新シリーズ発表なら発狂するかもしれないです。発表に発狂します!」


「ほらな? 詩色聞いたろ? あたしだけじゃないんだよ。BLに謝れ。全てのBL好きに、全身全霊を尽くして謝罪しろ」


「するかっ! むしろ逆にBL好きが全員お前らみたいな人間だと思われる可能性があるから、お前らこそ謝罪しろ」


「ふっ。今の発言は、この世全てのBL好き全員を敵に回したことと——イコールだぞ?」


「全然ちげえよ! イコールの使い方を小学校で教えてもらってこい!」


「やれやれ。理解を得られないあたしの心は、イコール——スコールだよ」


「会話のキャッチボールって、こんなんじゃないと思うんだよな……僕は」


 議論がめちゃくちゃだよ。薄々わかっていたことだけれど、このメンツで会議とか議論が成立するはずもなかったんだろうな……。


 僕のミスじゃねえか……。人選を間違ったのではなく、人選をする人数が存在しなかった僕そのものがミスじゃねえか……。


 おっと。危うく僕の心が折れるところだったぜ。危ない危ない。あと少しで死にたくなるところだった。


 切り替えていこう。シフトしようシフト。


「しぃるはどうだ? 思わず声を出してしまうことってなにがある? BL関連以外で」


「わたしはねー。んー。ないかな」


「…………ないのか」


 そっか。ないのか。どんなにびっくりしたとしても声を出さないで過ごせるのか。それはすげえな。メンタリティが強過ぎるだろ。


 こんなタイミングで、僕はしぃるの将来が心配になったよ。妹が果たしてどのような大人に成長するのか、不安がつのってしまうよ。


「矢面は……? なんかあるか……?」


「そっすねー。思わず笑っちまうことならありますかね。たとえば——」


「そうか。わかったよ。たとえなくていいよ」


「え? そっすか? 詩色先輩がトラックにかれて異世界転生したらヤドカリだった場合のたとえ話を発表しようと思いましたのに。なんだー。残念っすねえ。ちぇー」


「言ってる言ってる。きみは先輩の静止をものともせずに、発表している」


「生死の話なんすけどね。転生した場合なんで」


「やかましいわっ!」


「先輩ほどじゃあねえっすよ」


「その通りだな!」


 もー。議論が進まない。進まないし、徹夜明けの僕のテンションも無駄に高い。


 あとこの空間が普通に楽しいと思ってしまうことが、地味に悔しい。


 この空間があるのも、フウチのおかげなんだよな。フウチがいなければ、この空間はなかった。


 無鳥と親友になることもなかっただろうし、矢面と面識を持つこともなかった。


 しぃるはまあ、例外で常にこんな感じだが。


 僕はフウチに、本当に恩がある。いくら感謝しても足りないくらい、楽しいを教えてもらってしまった。


 この空間に、フウチもいて欲しい。真面目な話をするつもりだったから、今はいないけれど。


 こうやって、呆れるくらい心底雑な雑談で楽しさを共有したい。


 これからもずっと。そんな楽しさを共にしたい。


 今更ながらの再認識だが、改めてそう思い直すと、なかなかどうして、やる気がみなぎってくるぜ。


 ナチュラルハイ関係なく。絶対になんとかしてやる気持ちが高まるぜ。


 いや、これが一番の報酬か。議論はなんのまとまりも見せなかったけれど、僕がやる気をみなぎらせたことが、結果に繋がるのだろう。


 結果——ハッピーエンドに。


 そんなことを考えていたら、時刻はお昼になってしまい、議論はご覧のように見事失敗に終わり、フウチとジーヤさんが戻って来た。


 ジーヤさんになにか適当に買い出しを頼んだのだが、僕としてはコーヒーとかそんな感じのものを頼んだはずなのだが、しかしジーヤさんは寿司をテイクアウトしてきた。金持ちすげえ。


 お昼はジーヤさんの買ってきた寿司。そして昨夜の残った唐揚げだ。


 こうして、みんなで昼を食べるのも、悪くないな。うん、やっぱりこの空間をずっとずっと。僕はフウチと共有したい。


 その後は夜までゲームをやったり、ジーヤさんも交えて漢字しりとりをしたりした。やっぱり優勝はフウチだったけれど、悔しさはもちろんあったけれど、その分楽しさは計り知れないくらいだった。


 もし、七夕の願いが叶うなら、『筆談部永遠に』と、書いた僕の願いを叶えてくれ。いや、星に願うまでもねえか。これこそ。


 僕がなんとか。どうにか。


 突破口を見つければ良いだけなのだから。


 夜になり、僕は部屋で黙々と計画を練る。


 どうすればフウチの声を取り戻せるのか——相変わらずわからない。


 そんな僕に、つい先程。今日は帰宅した無鳥が、帰り際に言ってくれた。フウチとしぃるが一緒に風呂に入っているタイミングで帰宅した無鳥は、僕に、


「もうフーちゃんの気持ち、知ってるんでしょ? さすがに鈍いあんたでもさ?」


「……ま、まあ。人並みに」


「なら、信じなよ。あんたが惚れた女の子は、あんたと離れないために、きっと声を出すよ。あたしが言うと、なんかロマンチックのカケラもないけどさ」


「まあロマンチックはないけれど、お前バリバリの腐女子だから、ある意味乙女チックではあるぞ?」


「はは。乙女は基本、BL好きだしね」


「乙女のスタンダードをお前にすんなよ」


「頑張んなよ。親友」


「サンキュー。親友」


 信じなよ——か。僕と離れないために、声を出してくれたら、そりゃあ泣いて喜ぶほど嬉しいだろうな。だけどやっぱり、僕は僕だ。そのような可能性に自惚うぬぼれる性格ではない。


 もちろん、僕なんか——なんて気持ちじゃあない。それはもう卒業した。


 だから僕が今その可能性にすがらないのは、僕がどうにかしたい欲が強いからだろう。


 たくっ。つくづく最近、自分が欲深い人間だと、思い知らせてくれるぜ——と。そんなことを内心呟いていると、徹夜で修理した扉から音がした。


 コンコン——と。ノック音。


「どうぞ」


 僕が言うと、湯上りのフウチが扉を開けた。しっかりとタブレット端末を手に持ち、少し濡れた髪。今宵のパジャマは僕のジャージではなく、フウチが昼間取りに行ったフウチのパジャマだ。今となっては、ずいぶん前のことに感じてしまうけど、お見舞いに行ったときも、そのパジャマだった。


「どうしたんだ?」


『お話したいなあ……って』


 湯上りだから頬が色っぽく火照って赤い。濡れ髪のオプションもあり、とても魅力的だ。見惚れてしまうくらいに、キラキラしている。


「いいよ。好きなとこ座れよ」


『うん。じゃあ、特等席が良い……かな?』


「わかったよ。甘えん坊め」


『わーい』


 特等席。それは僕を座椅子にする位置。湯上りの髪は、本当に良い匂いしやがるぜ。


『頭撫でろお!』


「了解だよ。お姫さま」


『えへへ。ねえ、詩色くん』


「なんだ?」


『私、ここに居たい』


「うん」


『詩色くんのお隣に……居たい』


「うん」


『明日、帰ることになっちゃったら……』


「心配するな。フウチの帰る場所は、僕たちのところだよ」


『僕…………たち?』


「……ああ」


『ふーん』


 プクー、と。頬を膨らませたフウチ。たぶんだけど、僕たちではなく、僕の——と。そう言って欲しかったのだろうか。僕に求める言葉にしては、いささかハードルが高いぞそれ。


 でも、可愛いな。本当に。


「信じてくれるか?」


『詩色くんを? 詩色くんたちを?』


 どうしても僕を——と。言わせたいのか。やれやれ。そんな風に言われては、期待に応えねばなるまい。期待に応えられる男だ、と。明日の決戦を前に、じゃあ見栄のひとつでも張っておこうじゃあないか。


「……僕……を。だ」


 とか言いつつ、僕が言い切るにはやはりハードルが高いので、声は小さくなってしまったし、はっきりしない感じになってしまった。


 さすがチキン。さすがヘタレ。我ながら。


 僕の弱々しい見栄を張った言葉に、フウチはゆっくりと立ち上がった。そのまま僕の方を向き、座り直した。僕の脚の間に、正座をしたフウチは、タブレットを置き、ぎゅー、と。


 僕の胴体に両手を回し、抱きついてきた。


 応えるように、僕もフウチの背中を抱きしめる。


 フウチの頬が、僕の頬の横に。控えめな胸が、僕の頼りない胸板に押し付けられている。


 心臓の音が、伝わってくる。とくんとくん。


 僕の心臓も負けじとアピールをしている。とくんとくんとくん。


 どのくらいの長さその体勢でいたのか、正確にはわからない。時間にすれば一瞬だったのかもしれない。それでも大切な人を抱きしめる喜びは、僕に勇気をくれた。


 明日はなにがあってもやりげる。


 そのプランは練った。明日の朝、飛行機で来日する雪水ゆきみず氏との決戦に向かうためのプランは、練りに練った。ジーヤさんが空港に迎えに行くとのことなので、同行の許可も得ている。あとは僕がどれだけ出来るか次第なのだ。僕の全力。僕の本気。


 一世一代の——全身全霊の葉沼詩色をお見せしようではないか。


 そう思いながら、フウチを強く抱きしめた。大切な人をしっかりと確認しながら——この温もりを、今日だけにしないために。


「僕……頑張るからな」


 耳元で囁く。するとフウチは身体を離し、僕を見つめた。


 タブレット端末を手に持ち、


『あっち向いて——』


 と。書き、指をくるくるさせている。


『ほいっ!』


 指につられて、アホみたいに右を向いてしまった。


「ふへっ?」


 思わぬ不意打ちで、間抜けな声を出してしまう僕。


 ちゅ——と。指につられた僕の頬に、柔らかな感触が。


 なにが起こったのかわからない。混乱混乱。


 おどおど。おどおどおどおどおどおどおど。


『頑張ってくれなきゃ困るから……おまじない!』


「ぽへー」


『おやすみなさい!』


 早足で扉まで向かったフウチは、おどおど混乱して、ぽへー、とする僕を残して、寝床へ向かったようだ。


「……お、おやすみ……」


 閉められた扉に僕は、遅まきながら言葉を返した。


 とんでもねえおまじないを頂戴してしまったぜ。


「こりゃあ、失敗できねえぞ……僕」


 明日は失敗出来ねえな。


 僕の練ったプラン。


 明日僕は——大人相手に取り引きを持ちかける。


 フウチが声を出せれば、それで僕の勝ち。僕らの勝ち。


 なら、初めから攻略すべきは、フウチの父親じゃないのだ——あくまでも、勝敗を分けるのは、フウチ次第。


 だから僕は明日、フウチに嘘をつく。


 明日の葉沼詩色は、詐欺師になる。


 それが僕のプラン。敵を騙すには、まず味方から——ではなく。


 敵を取り込むには、まず味方を騙す。


 作戦名をつけるなら、それだろうな。


 プランは練った。そのための資料も用意した。大人のマナーに合わせるため、名刺も一枚だけ作った。


 果たして僕に嘘をつけるだけの演技力があるかどうかが、ポイントになるけども。


 それこそ僕次第だろう。僕はフウチが呼んでくれたようなヒーローとは程遠いけれど。それでも、フウチが呼んでくれたヒーローに近づけるようになろう。たとえダークヒーローだとしても。


 求めるのは、結果だ。今回は過程など気にしている場合じゃないからな。破れかぶれでいい。


 この身を投げ打ってでも、結果をほっする。


 そんな決意を固め、翌朝の決戦に備える僕だった。


 そして数時間後——。


 早朝から僕は、学生服に着替え、いよいよ出発である。フウチとしぃるはまだ寝ている。


 僕はジーヤさんの車に乗り、空港に向かった。


 朝、八時——作戦の開始だ。


 僕は緊張する気持ちを抑えて、リムジンの車内で、待つ。


 瞑想するように目を閉じ、待つ——ガチャ、と。


 リムジンのドアが開いた。


「きみは誰だ」


 と。すごく若く見えるスーツ姿の男性が、ドアを開け、言った。そのまま着席した。


 僕は深呼吸をして、返す。


「はじめまして、晴後さん。僕はフウチさんのクラスメイトで、フウチさんが所属する部活動の部長、葉沼詩色です」


 言いながら、昨晩自作した名刺を差し出す。


 その名刺の名前は、僕がスマホで写メを撮った僕のタブレット端末。その裏に貼った、フウチ直筆の平仮名をプリントした僕だけの名刺だ。


 まずは、先制攻撃。挨拶代わりの軽いジャブだ。


「ふむ。どこの馬の骨かは知らないが、大人のマナーに合わせたことは褒めてあげよう」


 それで——と。雪水氏は、僕が名刺と一緒に差し出した、紙を見て、言った。



「そちらは、資料です。僕と取り引きをしませんか? そのプレゼン用紙を見て、返事をください」


「ふっ。まるでごっこ遊びだな」


「まだまだ子供ですので」


 雪水氏は、僕が用意したプレゼン用紙に目を通し、


「面白いじゃないか。なかなか」


 と。微笑しながら言う。


「良いだろう。この取り引き」


 付き合ってやろう——と。雪水氏は、呟くように。しかし微笑をやめてから、言った。


 第一段階、クリア。あとは、フウチ次第だ。


 ここから僕は、最低な僕になるけれど。どうか声を出してくれよ——と。そう願いながら、僕はジーヤさんに合図を送り、


「じゃあ、取り引きを始めましょう」


 と。詐欺師になるために、今度は僕が微笑をしながら。


 そう言って、嫌な笑みを浮かべる僕だった。

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