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 一夜明け、翌日。本日は木曜日。


 昨晩はコンビニに行って、手当たり次第ファッション雑誌を購入し、朝まで何度も何度も繰り返し読んでいたので(内容は頭に入っていない)、結構眠い木曜日である。というかすこぶる眠い。朝までってことは、当たり前のように徹夜で読んでいたので、超眠い。


 ちなみに、自分の財布からファッション雑誌を買ったのは、生涯初だった。六冊一気に買ったから、なんか相当服にうるさいやつ——みたいにコンビニの店員に思われたかもしれない。ファッション雑誌をこんなに買ってるのに、そのジャージ姿でご来店ですか? 六冊も読み込んでそのファッション? そんなあなたに本当に雑誌は必要ですか? 必要なのは雑誌じゃなくてセンスじゃあありませんか? きちんと考えてから購入するべきじゃあないでしょうか? 無駄遣いではありませんかそのお金。ぷぷぷだっせえ、超ウケるそのジャージ超ウケる、って思われたかもしれない。嘲笑ちょうしょうされたかもしれない。そう思うとしばらくコンビニに行くのをやめよう、って考えるのが、僕だ。被害妄想は日課である。


 そんな木曜日(どんな木曜日だ!)。


 現在はそんな木曜日(だからどんな木曜日だ!)のお昼である。


「ふああ…………ああ……」


 と。僕がアホみたいに大口を開けてあくびをすると、お隣のキュートなシルバーヘア。銀髪の可愛いフウチがタブレット端末を向けてきた。


『お眠? 夜更かししたら、めっ! なんだよ?』


「めっ! なのか」


『そうだよ……めっ!』


 率直に、もっと叱られたい、って思った。思っただけなので、当然のように口には出さないが、しかしもっと僕を『めっ!』って叱って欲しいという願いを秘めた。文化祭が終わる頃には七夕なので、短冊に書こうか悩むくらいだ。今年は流れ星にそうお願いしよう。流れ星を観測したことないけれど、頑張って探そう。


『お眠の詩色くんには、じゃあこれをどーぞ』


 そう書いて、僕に渡して来たのはチョコレートだった。


 カカオポリフェノールで僕をパワーアップさせるつもりだろうか?


「ありがとう。いただきます」


 パクリ——と、口に放り込む。


「これ、ほのかにコーヒーの味がする」


『正解! 市販の板チョコを溶かして、インスタントコーヒーを混ぜ混ぜしてみたの。美味しい……かな?』


「すげえ美味しい。カフェインが僕を目覚めさせるかのように、体内を走り回っているぜ。カカオポリフェノールが全身にみなぎるようだ……。信じられないかもしれないが、今なら僕は、飛べるかもしれない。フライ、トゥ、僕が可能かもしれない」


 単純だな、僕。すぐ褒めちゃう。


 たぶんこれが、妹から渡されたなら、美味いよー、くらいのコメントだが、フウチに渡されるとコメントも増えてしまう(カフェインが体内を走り回っているとか、これが褒め言葉なのかはわからないけれども)、我ながら甘いぜ。


 このチョコのように甘いぜ。


 あと、今なら飛べるというのは、意味がわからな過ぎると、言ってから思った。信じられるわけないだろ、って。自分を疑ったくらいだ。


 僕がちょこっと(言わないという選択肢はなかった)、そんなことを思っていると、フウチは、


『詩色くんのお弁当って、いつも美味しそうだなあ……じゅるり』


 そんな風に、僕の弁当に夢中だった。僕の飛べるかも発言とか、そんなのはどうでも良いと言わんばかりに、僕の弁当を見ている。良いなあ、僕も弁当になりたい。その視線が貰えるなら、弁当になりたい……。


 僕の弁当が美味しそうに見えるのは、そりゃあ、当然なのだ。なにせ僕がフウチに気があることを、一回も打ち明けていないはずなのに、勝手に僕の心を読んで来たしぃるが、シェア出来るように——って、毎朝作ってくれているからな(気が利く僕の妹は、こういう所だけは優しい)。


 だから最近のマイ弁当には、唐揚げがレギュラー化している。そのせいで、家の食卓にも唐揚げが準レギュラー化している事実もあるが(三日に一回は唐揚げが晩ごはん)。


「なんか欲しいのあったら、食っていいぞ」


 相変わらず正式名称のわからない、カラフルな棒(爪楊枝つまようじ的なやつ)も弁当に入っているので、僕は弁当箱を持ち上げて、フウチに向けた。


『じゃあ……唐揚げ!』


 やっぱりそれか。たぶん、家族以外で一番しぃるの唐揚げを食べているのは、このフウチだろう。ほぼ毎日食ってるからな……。


 唐揚げを口に運んだフウチは、嬉しそうに、


『もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ』


 と。本当に幸せそうな表情で、でも頬を赤く染めて、もぐもぐである。僕も唐揚げになって、もぐもぐされたい。…………さすがに、ここまで思うと、いよいよ僕がやばいやつと思われるかもしれないが、残念ながら本音である。やばい本音である。


 僕は今、正直——唐揚げになりたい。


 転生したら唐揚げだった——的な感じで今だけ唐揚げになりたい。


 でも唐揚げになったら、食われて即死なんだよなあ。リスクがでけえな……。死ぬ前の一瞬で喜びを感じるとか、はかない人生——もとい唐揚げ生過ぎて、泣けてきちゃうぜ。


 唐揚げをもぐもぐして、ごくんしたフウチは、毎日の恒例のやり取り。パターン化しつつあるやり取りで、僕にフウチのお弁当をおすそ分けしてくれる。


『はい……食べて?』


 渡されたのは、おにぎり。海苔の代わりに、ベーコンを巻いた、普通よりも小さなおにぎり。


 もうさ? 僕の脳みそがイカれてきたのかもしれないけれどさ。『はい……食べて?』って、赤面されながら書かれると、テンションブチ上げ気分上々で、ご機嫌になるんだけど。


 眠気なんてボコボコなんだけど。眠気とか感じてる余裕ないんだけど。


 果たしてこれは、僕の脳みそがイカれてきたのか、それとも健全な男子なら誰だろうと——『はい……食べて?』なんて美少女に赤面されながら書かれたら、ご機嫌になるのか。どっちなのだろうか。


 残念ながら(本当に残念ながら)、僕には男子の友達が居ないので、アンケートを取ることはできないから、大人しく渡されたベーコン巻きおにぎりを、


「ありがとう。本当に……ありが、とう……」


 と、『はい……食べて』のニヤニヤを誤魔化すために、感動しながらお礼を言う。


 演技した、みたいに語っているけれど、感動しているのは事実なので、全然演技でもなんでもない。


「うめえ…………なんだこのベーコン巻きおにぎり、すげえうめえ……」


 カリッと焼かれたベーコンの内側にマヨネーズが塗ってある。ふた口サイズなので、食べやすいし、マヨネーズとベーコンって、こんなにも相性良かったのか?


 なんだこのハーモニー。


 ちょっと信じられないくらい、衝撃的な味だった。いや、マジでうめえ。


「これ、すげえ美味しいよフウチ。僕、マヨネーズとベーコンの出会いによるハーモニーが、まさかこれほどまでに素敵だと思っていなかった……」


 ベーコンって、目玉焼きのそばでちょこんとしているものだと思っていた……。


 主役張れるじゃねえか、ベーコン!


 お前は立派な主人公だ、ベーコン!


 ごめんベーコン。どうやら僕は、お前を誤解していた。ベーコン、ってなんか間抜けな名前してんなあ、とかこっそりずっと思っていたことも含めて、謝罪するよ。ごめんよ、ベーコン。


『えへへ。ベーコンって、万能だよ』


「他にもベーコンが輝くメニューがあるのか?」


『たくさんあるよ!』


「例えば?」


『ハンバーグをベーコンで巻くの!』


「神の発想じゃねえか……」


『ベーコンとハンバーグの間には、とろーりチーズを……』


「なんだと……? それはもう、神の中の神の発想だ……、ゴッドオブゴッドじゃねえか……。ひょっとして、万能の神と呼ばれるゼウスの生まれ変わりか?」


『でもね……美味しいけどカロリー爆弾なの』


 僕のゼウス関連の発言はスルーされた。ある意味、これはこれで神回避なのかもしれない。


「幸福にカロリーは必須なのかもしれないな……」


『だよね……うん。美味しい食べ物って、カロリーが高いもん……うう』


 そう書いたフウチは、太ももをむにむにしていた。僕には刺激が強い光景だったので、直視することは出来なかったが、しかし太くもないのに太ももと呼ばれる部位を、両手でむにむにしていた。


 僕がこっそりと、膝枕されてえ……とか思っていると、フウチは、


『私、太った……かな?』


 と。書いた。難問である。


 さてどう答える? 見た感じでは、太ったようには見えない。


 でもここで、そんなことないぜ、とか言って、実は体重計の数字が増加していたとしたら、僕は嘘つきだと思われるかもしれない。


 かと言って、うーん、と。濁した場合、太ったと勘違いして無理なダイエットを始めてしまうかもしれないので、そんな無責任発言も出来ない。そもそもフウチは痩せ型だと思うので、無理なダイエットは身体に悪そうだ。


 じゃあ、変わってないぜ、って言ったなら?


 変わっていたら、私のこと全然見ていないんだね——って思われることだろう。


 何を返しても、良い結果にならない。


 まずい——まさかこんなところで、完全なるデッドロック状態に追い込まれてしまった!


 なんて返せばいい? 僕はフウチのクエスチョンにどんなアンサーを返してやればいい?


 あまり悩んでいるのもダメか。時間を掛けると、言えないほど太ったんだあ……、って思われる可能性が高過ぎる。


「食べてる時のフウチは、可愛いよ」


 僕は言った。デッドロック状態に追い込まれて、軽くテンパった僕は、むしろテンパったまま言った。答えになっていない言葉だし、なに言い出してんだ感は否めない。


 言ってから——気づいた。


 僕、なんかすごいこと言ってない? って。


『ぷ、ぷしゅうううう…………』


 唐突の僕の可愛いよ発言に、フウチは書きながら、顔真っ赤にして、なんなら目を回しているかのように、頭ふらふら。


 対する僕は、自分の言った発言により、顔面がサハラ砂漠になるくらい、アッツアツ。


 そんなことをしていたら、お昼の終わりを告げるチャイムが鳴った。


 もう眠気なんて感じない。


 顔の暑さしか感じない。


 二人とも顔真っ赤な状態で、午後の授業に臨むことになった僕たちである。


 なんだろう。あんなにさらっと可愛いよ、なんて言えちゃったとか、なんだかこれからが怖くなる……。


 だってそれって——フラグっぽくね?


 うっかり僕、フウチに好きだって——言っちゃうフラグっぽくね? 今僕が内心でそう思うことで、よりフラグっぽさが増しちゃうかもしれないけど、でも、思わざるを得ないだろ……。


 き、気をつけよう。そんなうっかりで、今の関係がなくなったら、死んでも死ねねえくらい後悔するだろうから、本当に気をつけよう。沈黙の殺意と呼ばれた頃の僕を——あの頃の不名誉な通り名を取り戻す覚悟でお口にチャックしよう……。


 気を引き締めて——生きていこう。


 フラグはへし折るためにあるんだ! ってスタンスで。そうやって今から生きていくことにした。


 つまりそんな木曜日なのだった。

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