3


「お兄ちゃんがわたしにアイスを買ってきた……だとっ!? な、なにが目的だあ!?」


「いや、そこまで警戒されるような行為じゃねえだろ」


 コンビニに寄って、しぃるが好きなアイス——チョコモナカのアイスを買い、帰宅した。


 現在は、帰宅した僕がそのままリビングに向かい、妹に買ってきたアイスを手渡したところである。アイスを見せた瞬間に、あんなことを言ってくるしぃるは、感が鋭い。なにせこれから、そのアイスと引き換えに、食材の相談をするつもりだったのだから、感が鋭過ぎると言わざるを得ない。


 僕からアイスを受け取ったしぃるは、


「で? なにかわたしに相談でもあるのかなー?」


 と。言った。もうこいつ、ちょっとしたエスパーじゃん。


 僕が何かを伝える前に、僕の事情を読む天才かよ。


 しかしまあ、そんなエスパーしぃるたんでも、僕からの相談内容までは読めなかったようなので、僕は文化祭のことを説明して、使う食材の相談を持ち掛けた。


「お好み焼きと焼きそばかあ」


「キャベツと卵とお好み焼きの粉が安い店とか知ってるか? あと焼きそばも。知ってたらぜひ、この僕に教えてくれよ」


「ふふん。まったくー、お兄ちゃんはわたしに頼りっきりなんだからあ。これじゃあわたしが、物凄く頼りになることがバレちゃうでしょー」


「誰に隠してんだよ。それ」


 あと、誰にバレるんだよ。


 てか頼りになるところは、発表しとけよ。


 普段のお前からひしひしと感じる性格の悪さ、すなわちマイナスポイントではなく、どう考えてもプラスポイントだから、どんどんバラしていけよ。むしろお前の性格の悪さをそうやって包み隠せよ。少しくらい隠蔽いんぺいしろ。


「ふふん。まあ、わたしが頼りになるから、しぃるちゃんは人気者なのだけれど。参っちゃうなー、しぃるちゃん人気者過ぎて、自分でも自分が恐ろしくなっちゃうなー。ハリウッドとかからオファーが来たら、ねえ、どうしよう?」


「来ねえよ! 心配するポイントがおかしいと言わざるを得ねえよ!」


「ふふん。果たして必ず来ないと言えるのかね? お兄たま?」


「言い切れるよ。断言してやるよ。ハリウッドとかから、オファーは絶対に来ない。あとさっきからやってる、その『ふふん』って軽く笑うのはなんだ? 今日のブームか?」


 一度なら良いが、なんどもされるとイラッとするぞ、その笑い。鼻で笑いやがって。


 妹に甘めの兄でもイラっとしちゃうからな。


「ふっふーん」


「バリエーション増やすな!」


「うっふーん」


「やめとけ。残念ながら、お前に色気はねえよ」


「さすがに、わたしの裸を世界一見飽きているお兄ちゃんには、わたしの色気を理解することは不可能かあ」


「言い方。その言い方はやめてくれない? 語弊があるだろ。誰よりもお前の裸は見ているだろうし、世界一見飽きているのは事実だけど、それはお前が風呂上がり素っ裸で歩き回るからだろ」


「妹の全裸に価値はないと言うのかな?」


「妹の全裸に価値を見出みいだしていたら、兄としてデンジャー過ぎるだろっ! そんな兄と一緒に暮らしちゃダメなやつだろ!」


「そんなことじゃあ、ラノベ主人公になれないよ! お兄ちゃん!」


「まるで僕の将来の夢みたいに言うなよ。そんな夢語った覚えねえよ!」


「寝言で言ってたよ? 『僕はラノベ主人公になる男だ!』って。夢を見ながら夢を語ってたよ?」


「嘘つけ! どんな夢見てんだ僕は!」


「それはわたしにはわからないなー。お兄ちゃんの夢をわたしが共有できるわけないからなー」


「ここぞとばかりに正論を持ち出すな」


「持ち出すのは妹のパンツだけでいいと?」


「持ち出すか!」


 やれやれ。妹と会話をすると、どうしても本題から話がれてしまうけいこうにあるぜ。脱線したトークを軌道修正しようと努力をしない僕も悪いのかもしれないが。


「そういやしぃる。お前、風紀委員の合同会議みたいなやつで、うちの学校とコラボレーションしたらしいな」


 どうせならという気持ちで、逸れた話をもっと逸らす僕もいささか問題なのかもしれない。あくまで、いささか——だが。責任の大半はしぃるだと思っている。


「うん! したよー。ほほう。お兄ちゃんの耳にもしぃるちゃんの武勇伝が届いたんだね? 轟いちゃったんだね? きゃは!」


「轟いたというか、驚いたよ。いや、おののいたよ」


「斧の板? なにそれまな板のこと?」


「まな板じゃねえよ……。お前の国語レベルは、兄として心配するレベルだな」


 まな板はお前の胸部だ。とまで言わないのは、僕の優しさである。


「わたしの武勇伝、誰から聞いたの? 魑魅魍魎ちみもうりょう?」


「いきなり魑魅魍魎と会話できるようになるかよ! どうしてその選択肢に行き着いたんだよ——うちの先生から聞いたよ。その合同会議みたいなやつに、教員として参加していたらしい、うちの先生にな」


「あー、あの美人な先生かー。あの先生、やたらとわたしに興味があるっぽかったからなー。あの眼差しは、どう考えてもわたしに恋してると思ってたよー」


「どんな自己解釈してんだよ。どう考えてもそんなわけあるか」


「この世の中の人は全員。わたしに恋してる、って思って生きてるの。だからわたしはこんなにも可愛いんだよ? 愛される女の子は可愛いんだよ?」


「それ普通、逆じゃねえか? 恋する女の子は可愛いじゃねえのか?」


「普通? そんなつまらないかせめられて、自分を縛り付けているから、お兄ちゃんはいつまで経っても、お友達が増えないんだよ? 脱ぼっちしても、片手をようやく使える人数しか、お友達が居ないんだよ?」


「僕のことはほっとけよ。片手が使えれば十分満足なんだよ。上出来の花丸なんだよ」


「あれ? なんの話してたらこんな話になったんだっけ? お兄ちゃんがわたしのパンツを持ち出す話だっけ?」


「もうちょっとさかのぼれよ。お前がそれを繰り返すと、僕が本当に持ち出した、って思われるだろ。安い店の話だ」


 一応言っておくが持ち出したことはない。念のため。


「安いお店かー。そうだなー。てか文化祭で使うなら、結構量も必要だよね?」


 ようやく本題に戻ったようで、しぃるからそう言われた僕は、


「そうだな」


 と、言ってうなずいた。


「お好み焼きの粉とか、お得パックなんてあったりするのか?」


 普段、お米を買う日しかスーパーに行かないので、そういった商品があるのかすら、知らない僕である。


「んー。お好み焼きの粉なら、お得パックみたいなやつもあるけれど、粉だけかなー」


「焼きそばにはないのか?」


「近所のスーパーでは見ないなあ。あ、でも。あそこならあるのかも!」


「あそこ? そこどこ?」


「あそこだよあそこ! ほら、業務用の大型店!」


「あー、あの有名な所な!」


「そー! あの有名なところなら、焼きそばのお得パックとか、お好み焼きの粉も、ものすごいお得パックがあるんじゃないかな?」


「なるほど。でも、そこって会員制じゃなかったか?」


「だねー。わたしはカード持ってないけど、誰か持ってる人に着いて行けば入れるよ。金魚の糞みたいに着いて行けば買い物できるよ! お兄ちゃんの得意技だね! やったねお兄ちゃん!」


「そうなのか? それは知らなかった」


 僕の得意技が、金魚の糞みたいに着いて行く、ってことまで含めて、知らなかった。てっきり、お好み焼きをひっくり返すことだけだと思っていたんだけどなあ、僕の得意技。


「るうる先輩かフウチ先輩、あとわたしとため年らしい進入部員の人は持ってないのかな? 持ってたら、一緒に行ってくれば良いんじゃないかな?」


「ふむ。無鳥なとりなら、なんか持ってそうだな」


 愚妹ぐまいと同じく知性は持っていない無鳥だが、そういった物なら持っている可能性もある。ということで、無鳥にラインしてみた。


『持って無鳥』


 とのことだった。ちょっとわかりにくい。


 この返信だと、持ってるのか持っていないのか判断しかねる。まあ、持ってたらきっとそのまま持ってる、って返してくるだろうから、持ってないということにして、次はなんとなく進入部員の人——つまり矢面やおもてだ。部長としてラインを聞いておいて正解だったな、と。そんな風に思いながら、矢面にラインをした。


『持ってたらなんすか? 文句あんすか?』


 という返信だった。どうしてこいつは、ラインの文章ですら、僕に対して不機嫌なのだろうか。そんなに僕が嫌いなのかな。まあ、矢面に嫌われても、僕にはイチナノダメージすら存在しないが。


『どちらにしろ、きみに対して文句はあるけど、持ってるか持ってないかを教えてくれよ』


『むりぽっす』


『なんでだよっ!』


『だって持ってたら、詩色先輩と買い出しする感じなんすよね? 話の流れだとそんな感じなんすよね? 詩色先輩と買い出しとかむりぽですし、普通に持ってないっす』


『それ、持ってないっす、だけで良くなかったか? わざわざ無理っぽい、って言って僕を傷つけようとする理由はなんなんだよ』


『へえ。むりぽを解読できたんすね。おつでーす』


 おつでーす、と言われたし、なによりムカつくので既読スルーした。既読スルーをすることで、まるで僕に主導権を握られて敗北したとでも思えばいいのに、って気持ちで既読スルーをした。


 最後はフウチ。まあ、フウチが持っている可能性は低そうだが、せっかくのラインを送る口実を逃すのももったいないので、僕はフウチにラインをした。


『持ってるよ!』


『持ってるの!?』


 持っているらしい。なんだよ。こんなことなら、矢面にラインなんか送るんじゃなかったな、と後悔してしまったぜ。すごく後悔を禁じ得ないので、もう矢面にライン送るのはやめよう、って心に決めた僕である。


『うん。あそこでお菓子の材料をよく買うの!』


 なるほど。お菓子の材料も扱っているのか。そういえばフウチが筆談部に持ってくるお菓子、日に日に量が増えている気がしていたけれど、大量の材料を大量に消費して、作って来ているのか。


『そこって、なに売ってるんだ?』


『んー。おっきいケーキとか!』


『おっきい焼きそば売ってる?』


『麺が?』


『容量な?』


 なぜ麺そのものがおっきい焼きそばだと思ったんだ感は否めないが、僕はフウチにデレデレなので、基本どんなボケにも優しく返信しちゃうのだ。突っ込みとしてダメなくらい絶望かもしれない。


『たぶんあるよ! もしかして、文化祭の焼きそばを買うの?』


『うん。あるならそっちの方がお得かな、って。あとお好み焼きの粉も』


『キャベツと卵とかは?』


『それは近場のスーパーの方でなんとかするつもりだよ』


『じゃあじゃあ、おっきいソースは? おっきいマヨネーズもあるよ!?』


『マジか。それは買った方が得かもしれないな』


『おっきいマヨネーズ買うの? わーい!』


『マヨラーの憧れかなんかなのか?』


『マヨラーの夢だよ! でも私はいつも普通サイズで我慢してるの……使い過ぎ注意!』


 太る心配でもしてるのだろうか?


 ちょっとくらい太っても、問題ないと思うけど。まあ、そこは触れないでおこう。そういうところに触れると、女の子は嫌がる、って。しぃるが読んでるファッション雑誌を勝手に読んだ時に書いてあったからな。


 あとは、うん。誘うだけだ。僕と一緒に買い物行こうぜ、って。そう送るだけだ。


 しかしそこはさすが僕。さすがチキン。


 断られる場合を想定して、なかなかお誘いのラインを送れない。


 どう誘う? この流れなら、僕と買い出し行こうぜ——で、いいのか?


 それが一番の誘い言葉だろうか。それとももっと男らしく誘うべきだろうか。僕の買い出し付き合えよ、とか? 無理無理。そんなガッツ、僕にはないない。


 結局、三十分くらい雑談でフウチとのラインを引き伸ばし、僕が送った誘いのラインは、


『買い物。一緒にどう?』


 という、馬鹿みたいな文章だった。


『うん! 詩色くんと行きたい!』


 この返信で、僕はニッコリ。ニッコニコである。僕と行きたい、ってところにときめきを覚えてしまうぜ。


『じゃあ、今週末にでも行かない?』


『おっけーだよ! わーいお出かけー!』


 そんなラインをしてラインは終了した——が。


 そんな約束をしたなら、またまた、あるいは再びこの疑問、もしくはただの問題に直面する僕だった。


 果たしてその問題とは——つまり。


「……なに着て行くべきなんだ?」


 である。


「ふふん。つまりつまり、それはまたまた、しぃるちゃんの出番が増えちゃうかなー?」


 僕の呟きを見逃さない、出番のチャンスを見逃さない、貪欲な妹。どうやらそれが僕の妹らしい。


 まて、このままだとまた、あの一時間ほどの着せ替え人形にされたあと、美容室に連行されることになる。それは避けたい。とりあえず美容室は避けたい。


 妹に頼るのも、考え的には悪くはない。僕から出せる考え的にはむしろ最善だし、たしかに前回は大変お世話になったからな。その辺は感謝している。


 だが、僕も高校二年生だ。そろそろ、妹だけに頼るのは卒業すべきだろう。妹からの卒業シーズンを迎えるべきだろう。


「しぃる。僕は平気だぜ」


 僕は、言った。


 全然平気じゃあないけれど、虚勢を張って。


「服くらい、一人で買ってくるさ」


「おお! お兄ちゃんが成長したあ!」


「まあな!」


 さて。とりあえず今からコンビニに行って、片っ端からファッション雑誌を買ってくるとしよう。


 僕の服は僕が選ぶ時が来たようだ。


 まあ、どう考えても遅すぎる感は否めないけれども……。今更ながらに思うけど、よく僕ジャージ二着で(黒のジャージ二着で)、高二まで過ごして来れたよな——と。謎の称賛をしてしまいそうになるぜ。


 そんな称賛、もとい自画自賛。自己満足でもなんでもないことだろうけど……。

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