5


 そんな木曜日は続き、部活の時間である。


 本日の部活動は、前日に引き続き、文化祭の話し合いである。


「てかさ、あたしら筆談部じゃん?」


 今更の確認のように、無鳥なとりが言った。


「そうだけど、だからなんだ?」


「いやさ? 筆談部なんだから、文化祭にもなにか筆談を使った方が良いのかな? って。ふと思ったんだよね」


「なるほど……ふむ」


 たしかになるほど。


 言われてみれば、なるほどだな。筆談部として普通に鉄板焼きをするのも、もちろんダメではないのだろうけれど、たしかに芸がないか。まあ、芸を求められているわけではないのだろうけど、しかし無鳥の意見にも納得するものがある。


「さっすが無鳥先輩ですう! やっぱり先輩は着眼点が違いますよねえ! 目の付け所が神ってます! 尊敬しちゃうなあ、うっとりしちゃうなあ、涙が溢れちゃうなあ」


「……………………」


 たまには無鳥を褒めようかと思ったら、僕が用意した褒め言葉(『お、そうだな』くらいの軽い同意でもしようとしたのに)を、大幅に飛び越すくらいの称賛を矢面やおもてが言ったので、言うことがなくなった僕だ。黙ってしまったじゃねえか。涙が溢れちゃうのは黙らされた僕の方だ。


 こほん——と。黙らされた僕は、ひとまず咳払いをして、


「で? 具体的に何か案とかあるのか?」


 と、無鳥に訊いた。


「そこは詩色。あんたの出番でしょ」


「そう言うと思ったよ」


 絶対にそう言うと思ったよ。思い通りのことを言いやがって。たまには僕の期待を、良い意味で裏切れよ。お前の機転で僕を感動させてくれよ。たまにで良いから。


「詩色先輩なら、なにか思いつくんじゃねえですかー? とりあえず思いついたこと言ってみてくれません?」


 と、矢面。もうこいつにいたっては、僕に対する言葉遣いも悪過ぎるし、なぜか上司みたいなスタンスから物言いをしてくるありさまだ。


 つか、なんで矢面は、さも自分が主催している会議みたいに言えるんだろうか。どんだけ偉そうなんだよ、この後輩。いつかそのツインテール、枝切りバサミで剪定せんていしてやるから覚えとけよ! そのためだけに、枝切りバサミをしぃるにおねだりするからな! 僕の覚悟を思い知らせてやるから覚悟しとけよ!


 そんなことを胸に秘めながら、僕は考える。


 筆談を使った内容の鉄板焼きか。あるいは筆談を使った接客内容か。


「フウチは何か意見あるか?」


『ん、んー。んーんーんーんーんーんー?』


「ないならないで良いんだぞ……?」


 なんかそこまでんーんー書かれたら、無理させてごめん、って僕が思っちゃうじゃん。


 てか、僕はなんとか昼休みから立ち直ったけれど、フウチはまだ赤いし。いやまあ、フウチはだいたい赤面しているのだが、いつもより赤レベルが高い。僕くらいフウチが好きだと、赤レベルの高さすら判断できるようになっているのだ。いつもの赤さが赤鉛筆くらいだとすると、今の赤レベルは、クレヨンの赤だ(濃い赤)。


 僕の観察力が——あるいは変態性(?)が——、明らかになったところだが(明らかにしないほうが良かった感も否めない)、しかし筆談を使った接客内容とは、具体的にどのようにすれば良いのだろう。


 とりあえず僕は、まだ使い慣れないマイタブレット端末で、視聴覚室の全体図を描き出した。


 この視聴覚室には、現在机が並んでいるが、文化祭の日には撤去するつもりだ。だが、全てを撤去するのではなく、もちろん客席は残す。


「あ、そうだ」


 思い出したかのように、僕は呟いた。思い出したかのように、というか完全に思い出しただけなのだが。


「値段、どうする?」


 値段。つまりお好み焼きと焼きそばの販売価格である。


「僕、あんまりお祭りとか行ったことないからわからないんだけど、お祭りの屋台ってだいたいどのくらいの価格なんだ?」


「へへっ。詩色先輩。行ったことねえんでしたら、行ったことない、って言っていいんすよ? さもお祭りに行ったことある——みたいに自分を偽る必要はねえんですよ?」


「きみはとことん僕に失礼だな」


 なに鼻で笑ってんだ貴様。あと僕がお祭りに行ったことないのを見抜くな。


 言葉遣いもだんだんマイナーチェンジしてるじゃねえか。キャラをぶらすな。いつか絶対に矢面が接点を持ちたがらない僕の妹をこいつに会わせてやろう。メンタル殺しの僕の妹を真正面からぶつけてやるから、覚悟しとけよ(なんなら文化祭に妹を招待してやるからな?)。


「んー。だいたい四、五百円じゃん? 焼きそばよりもお好み焼きの方が高いかな」


「やっぱり無鳥先輩はすごいなあ。ぼくはそこまで記憶力に自信がないですもん! 脳の容量が桁違いだもんなあ」


 無鳥の持ち上げ方がクソみたいだな。というか下手くそだ。下手くそめ。


「へへへ」


 まあ、僕の親友は残念ながら頭が悪いので、そんな下手くそな言葉でも照れているが。


 さておき。四、五百円か。なら値段は、食材の仕入れ値をはっきりさせてから、折り合いがつく値段で、しかしお祭りよりは安く設定するくらいがちょうど良いだろう。


 あとは、筆談か。


 内心呟いた僕は、手を止めていた全体図の続きを描く。


 客席として残す机は、そうだな。小学生の頃の給食を食べる時みたいな形にするか。あのみんなで机を合わせて四角を作る感じ(その頃はまだ、ぼっちではなかった)。


 その四角をいくつか作って、部屋の隅で僕は調理をしよう。まさか部屋のセンターで調理をするのもおかし過ぎるからな。隅に居るのは得意だし、なにより落ち着く。


 それに、僕があまり目立ってしまうと、お客が僕を怖がって来店しなくなる恐れもある。中学時代の僕の通り名、あるいは異名(?)を知っている人間は、まず怖がるからなあ。


 いっそ覆面でもしようかな……。


 それなら顔も隠せるし、緊張もしなさそうだし。ふむ。覆面は当日までに本気で考えてみよう。


 とりあえず覆面は保留にして、筆談だ。


 そっちをなんとかせねばなるまい。


「メニューを筆談で確認する、ってのはどうだ?」


 ありきたりか? ありきたりというか、いちいち読んでもらうのも面倒だと思われるだろうか?


 でもフウチが接客した場合、フウチが対応した客は全員そうなるし、ならば全接客をそうしちゃうのもアリと言えばアリだと思うのだが。


「それなら、こうするのでどうっすか?」


 と。矢面。まさかこいつが、率先して発言してくるとは思っていなかったし、てっきり今日の矢面は、僕を小馬鹿にするか、あるいは無鳥を下手くそに持ち上げるためだけに存在しているとさえ思っていたが、矢面は意外にも——真面目に提案してきたのだった。


「各席に番号を振って、その番号のテーブルにメニューを書くんす。メニューはメモ用紙とかで良いでしょう。で、お客は注文したいメニューに個数と丸をつけてぼくたち接客担当に渡してもらう——こんなんでどうっすか?」


 これならフー先輩が筆談でも問題ねえですし——と、矢面の提案。


 めっちゃ良い案じゃん。フウチの筆談までも視野に入れた良い案じゃん。


 でも素直に認めるのは悔しいから、


「なるほど」


 と、僕は訂正の余地があるように呟くだけにしておいた(小せえな僕)。


 まあ、そうは言っても、細かく言うとその接客方法の問題点がないでもないのだから、仕方あるまい。


「でもそれだと矢面。お持ち帰りを希望するお客にはどうするんだ?」


「そんなの、お持ち帰りコーナーでも作って、そこにも番号を振っておけば良いじゃねえですか」


「きみ、たまにはまともなことを言うんだな」


 もしかして生まれて初めて言ったんじゃない? まともなこと。


「ぼくはいつでもまともですし、真面目っすけど? 詩色先輩とは違うんで」


「ごめん訂正するわ。全然まともじゃなかった」


 即訂正した僕である。少しでも矢面をまともだと思った自分が恥ずかしくなるくらいだ。どう考えても、ここまで先輩を小馬鹿にする後輩がまともなはずがなかった。危ない危ない。もう少しで少しだけ、ほんのちょっぴりだが、良いやつじゃん、って。とんでもねえ勘違いをするところだったぜ。


「ところで、メイド服はどうなったんだ?」


 接客は矢面の案を全面的に採用するとして、僕は、僕には情報が届いていない衣装の進捗状況を確認することにした。


「それなら今週末には仕上がると思うよ。あたしと仁尾におちゃんで、さくっと仕上げちゃうから」


「え? 仕上げる、って。まさか手作りなの? ハンドメイドなの?」


「うん。だってその方が安く済みそうだったし。布代とか、昨日のうちにネットで注文したから明日には届いてるし、まとめ買いしたら一人当たり五百円で揃ったよ」


「まじか。それは安いな。でも無鳥、お前手芸なんて出来たの?」


「あたしは手芸は苦手だから、デザインを担当だよ。カラーアドバイザーはフーちゃん。手芸は仁尾ちゃんが得意なんだよ」


『色を色々選んだよ! えっへん!』


 カラーアドバイザーらしいフウチがそう書いたので、僕はフウチにニッコリしてから、ちょっとどころじゃなく驚きを禁じ得ない部分に、


「てか矢面が手芸得意……? うっそだろ……」


 と。本気で驚愕してしまった。矢面が手芸が得意だと? マジかよ、うっそだろ……。そんな女の子っぽいスキル持ってる性格じゃねえだろ、貴様。そんな女の子っぽいスキルを持ってて良い性格じゃねえだろ……。もっと性格が悪そうな特技を持ってろよ(ポーカーでイカサマが得意とか、そんなやつをさあ!)。何かの間違いだと今からでも言ってくれよ……。


「疑うんでしたら、詩色先輩にもメイド服作ってあげてもいいんすよ? めちゃくちゃ露出してるデザインで」


「作られても着ねえからな?」


 露出度の高いメイド服じゃなくて、どうせなら覆面を作って欲しい気持ちはあるが、それは言わないでおこう。言ったら小馬鹿にされて、イライラしちゃうからな。僕も成長しているぜ。


「衣装に関しては、ぼくと無鳥先輩で完成させちまいますから、お二人は週末、仲良く買い出しデートで、ちちくりあってくださいっす」


 この矢面の発言で、フウチの顔色レベルがペンキの赤くらいまで上昇した。ぼふん——って、爆発音が聞こえた気がするくらい、一気に赤く染まった。


「せ、先輩をからかるなよ!」


 ちくしょう……。僕も動揺して噛んでしまった。くそう、噛んだ恥ずかしさよりも、動揺した悔しさがまさる。


 矢面も矢面だが、きちんと発音すら出来ない僕も僕だな……。まあ、どう考えても矢面の性格が悪いと言わざるを得ないが。


「と、とりあえず。今日の部活はここまでにしよう——異形!」


「ふへ。異形って。どんだけ動揺してんすか。揺れすぎっすよ心。なんかウケんすけど」


「以上!」


 決めた。決意した。絶対に矢面には、妹を紹介してやる——と。


 僕は心に誓った——否。


 魂に誓った。


 帰ったら早速、しぃるを文化祭に招待しよう。


 まあ、しぃるなら招待しなくとも勝手に来そうだが……。

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