成熟することを拒む雛たちの巣立ちの物語

拒食症、同性愛、性同一性障害。赤裸々な言葉が並ぶタグとあらすじでどんな生々しい内容が綴られるかと思われるでしょうが、その内容は選び抜かれた言葉で穏やかに語られる純文学です。

自分の体に与えられた性を受け入れられず、現実と理想の間に生きる月彦。食べるのを拒むことで本当の己を貫こうとする痛み。
自分の生まれた体ゆえに受ける屈辱から、おんなとして生きることへの拒否感を募らせる日芽子。社会や家族という器の中でがんじがらめになり、嘔吐することでしか自分を逃せない痛み。
二人の痛みは違うようでとても似ています。そんな二人が出会った時に運命を感じるのは必然だったかも知れません。

お互いへの想いは依存から本当の愛へと育っていきます。それは殻の中にこもって大人になることを拒む雛が、初めて自分の力で殻を破り、巣立とうとする力です。
大事な人のために生きることはつまり自分のために生きること。苦しみの上を共に歩ける人がいるということ。この作品はそんな唯一の人に巡り合える奇跡を描いた愛の物語でもあります。

時には折れそうになるかも知れません。でもこのふたつの百合はきっと互いに寄り添い、支えあい、これからも咲き続けてくれることと思います。
生きることへの前向きで静かな強さを感じる作品でした。

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