第三十四話 忘れものを届けに

 ……夏葉が言わんとしていることを、わたしは自覚しているから。

 短い言葉だけで、しっかりと伝わる。


「バカね、あんたが怖がってることなんか、起きるわけないでしょ」

「どうして……、夏葉なんかに、分かるもんか……っ」

「――やっと、子供みたいに分かりやすい反発をしたわね」


 夏葉が微笑んだ。

 ……一緒に暮らしていた時は、自分で言うのもなんだけど、立場が逆転したみたいに、わたしが大人で、家事がなにもできない夏葉が子供みたいだった。


 別に、それで優越感に浸っていたわけではないけど……。

 夏葉のことはただの助け合いであって、ついでであって、わたしの中で重要度は低かった。


 ひつぎが必要としていたから夏葉の面倒も見ていたに過ぎない。

 好きも嫌いも特に抱かなかったけど――今は、どうだろう……? 

 連れ戻そうとする夏葉を、敵だと思う? 

 わたしが知りたい答えを持っている夏葉を、味方だと……、思える?


「あんたたちって、相思相愛なのか、すれ違っているのか、いまいち分からないわね。互いに互いを助け合おうとしているのに、自分の存在が重荷なっているからって突き放すか自分から離れるかして……なにがしたいのよ。

 結局、相手のことじゃなくて、自分がどうしたいかを考えなさいよ」


 ごんっ、と夏葉が額を、わたしの額にぶつけてきた。

 びっくりしただけで、痛くはない……。


「――目、醒めた?」


 明滅する視界の中で、夏葉の顔が近くにあった。


「初は、どうしたいの?」


 ひつぎの事情を度外視して、自分の欲望だけを優先させるなら。


 わたしが、望むことは――、


 そんなの、ただ一つだ。



「…………………………………………ひつぎと、一緒にいたい……っ」


「ほんとにバカね……じゃあさっさと、会いにいけってのよ」



 足が勝手に動くように、引き寄せられる。

 感じる……すぐそこにいる。


 視界不良は未だ変わらず、一メートル先さえまったく見えない濃霧の中で。

 さらに濃くなっていく環境はまるで暗雲の中に突っ込んでいくかのようだった。


 もはや霧と言うよりは、黒煙に近いかもしれない。

 オカルトがわたしに引き寄せられた影響……なのだろうけど、だったら彼を追うことで環境が悪化していくのはおかしい。

 わたしを中心に広がるはずなのに……。


 それは、無意識の内に、わたしが彼に返しているからなのかもしれない――。

 じゃらっ、という音が足下から聞こえた。


 彼が断ち切ってくれたわたしと彼を繋ぐ鎖が、復活していた。

 見えたそれを伝っていき、手を伸ばす。


 指先が触れ、彼の体温を求めて、大きく感じられるその手を、ぎゅっと握り締めた。


 視界が晴れる。


 わたしと彼の周りだけ、濃霧が避けるように散っていった。


「……初? なんで、ここに――」

「忘れ物を、届けにきたの」


 わたしが手を離すと同時、ひつぎの手に収まっていたのは大鎌だ。

 わたしが鎌を持ち、ひつぎが能力を持つため、鎖を切って別れた後は、お互いに能力を使えなくなる。

 でも、二つの要素が再び同じ場所に集まれば、能力が使えるようになる。


 今回はわたしから大鎌をひつぎに渡したけど、本来は元死に神の方が能力を使えない不便さに不満を持ち、能力欲しさに元人間と再び一つになることが多い。


 自由か、それとも便利な能力か……死に神は、それを天秤に乗せた上で試されている。


 それはオウガだって例外ではないはず。


「これ……、いいの? だってこれは、初のもの――」

「ううん、元々ひつぎのものだよ」


 わたしが勝手にひつぎから取り上げて、使っていたに過ぎない。

 ひつぎが戦おうとしなかったのは、それが原因の一つになっているのだろう。


 今ならそう思える。

 わたしはなんでもかんでも、彼の代わりをし過ぎていた。

 守ることを優先するがあまり、彼の気持ちを考えないで。


 お母さんと違って、その先のことまでは考えず、今が良ければいいと未熟な発想でひつぎの保護者役をやっていた。

 それじゃいけなかったんだ。

 結局、死に神は、人の親には敵わない――。


「ひつぎ……」


 今更自分のことをどうこうして欲しいとは思わないし、言わない。

 一緒にいたいけど、それはわたしの我儘だから。

 頼むまでもなく、一緒にいたいなら、ずっと近くにいればいいんだから!!


「大嫌いかもしれない、もう二度と会いたくないかもしれない……誤解だけど、そう思わせることをしてきたって自覚はあると思う……それでも! ひつぎを産んだ時からひつぎのためにたくさんの時間を使ってきた、たった一人の大好きな息子を守りたいと色々なものを犠牲にしてきたお母さんを――わたしが大好きなお母さんを――守ってっっ!!」


 短く、彼が答えた。


「うん、最初からそのつもり」

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