その伍 ??? → 墓杜ひつぎ

第三十五話 『彼女』の計画

「死に神と再び一つになった、か。当然、能力を取り戻したようだが、同時にお前は死ぬ可能性も背負い込んだって分かっているか?」


 握り締める大鎌の感触を確かめながら、距離を離して向かい合うオウガを見る。

 ここだけだが、霧が晴れ、視界に頼らない気配の探り合いが終わりを迎えた。


 同時に、後ろにいる、守りたい女の子がいるからなのか、オウガを前にして引け目なんて感じなかった。

 重さを感じず自分の腕のように自在に操れる大鎌を構えたところで浮かぶのは、


「勝てる気しかしない」


 だ。


 そう、自信が溢れ出てくる。


 降参した方がいいよ、とオウガにアドバイスを言えるくらいには。


「今なら分かるよ……」

「あ?」

「自分と向き合った結果、どうしてぼくがこの能力を手に入れたのか」


 格好悪くて、とてもじゃないけど、他人には言えないことだ。

 鎌の所有権は今、ぼくにある。

 初がかつてやっていたように、意識しただけで手元に引き寄せる、大きさを変えることも、今のぼくならできる。


 斬りつけた場所に能力が作用するなら、当然、刃は大きく、持ち手は長くした方が傷をつけられる範囲が広がり、頻度も上がる。

 さすがに今と比べて取り回しにくくはなるだろうけど、それを凌駕するメリットがあることも確かだ。


 この鎌の能力なら尚更、大きい方がいい。

 だけど。


 ――変化した鎌を見て、オウガがバカにしたように笑い出した。


「おいおい、なんだそれ。人を殺す規模の武器じゃねえだろ。手の届かないところに落とした小銭でも拾おうってのか?」


 彼が笑うのも無理ないかもしれない。

 ぼくが変化させた鎌は、取っ手を長くし、刃を限りなく小さくさせたのだから。

 ……取り回しやすさを犠牲にしたくない場合は、釣り合わせればいいだけだ。


 なにかを大きくしたなら、なにかを小さくさせる。

 無条件で欲しいものを全てを手に入れられるわけもなく、代償が必ず存在する。


 ぼくたちは日常的に買い物をして欲しいものを手に入れた時、同時に財布の中にしまっておいたお金を失っているのだから。

 だから、重要視した取り回しやすさは健在。


 刃はかなり小さくなってしまったけど(というかぼくがそうしたのだけど)問題は特にない。

 たとえばぱんぱんに膨らんだ風船を一つ割るのに、大きな刃なんて必要なく、裁縫の時に使うまち針一本で割ることができる。


 それと同じ。

 ぼくの能力は、つまりそういうことなのだから。


「勝った……の?」


 戦いを見届けた初が呟いた。

 目の前には、仰向けに倒れたオウガがいる。


 ……同じ条件なら厳しかっただろう。

 能力がないオウガだからこそ、今のぼくでもなんとか倒すことができたのだ。


 鎌の能力を使って足下を崩す、さらに言えばオウガの足を破裂させる。

 機動力を奪えば当たり前だが、攻撃が当たる。

 それを利用し、刃を警戒したオウガに、取っ手を使って意表を突いた刺突を浴びせることで意識を奪った。


 鎌を持っているからと言って、刃で斬りつけるとは限らない。

 それに、これ以上、オウガを鎌を斬りつけては、作戦に支障が出てしまう。


 自分の能力に振り回され気味な今だと、加減も難しく、やり過ぎてしまう可能性もあったのだ。

 オウガには、唯一の逃げ道を残しておかなくてはならない。


 ぼくと初のケースは稀だ。

 本来、立場を奪われた元人間は、入れ替わった死に神に『自分がいなければ乗り越えられない障害』を与えることで彼らに選択肢を与える。

 すなわち、そのまま足掻くか、再び一つになり、能力を使うことで先へ進む方法か、を……。


 簡単に言えば、危機的状況を作ること――つまり、間接的に、殺す。

 ――そう、死に神たちが自由を得るためにやったことと、同じなのだ。


 元人間が溜まるクロスロンドンで、彼女が元に戻るためにぼくたちに持ちかけた計画。

 オウガを追い詰めるために、ぼくには初が必要だった。


 でも、計画を説明しないで初が戻ってきた時だけに限り、計画は前へ進む。

 初がいなければぼくは、どうしたってオウガには敵わないと分かっていたからだ。


 逃げても構わないと思っていたし、初が戻ってこなければ彼女も元に戻る計画を切り捨てる覚悟もしていた。

 ……でも、初は戻ってきた。

 計画のことなど一切知らず、再会した時とは違う吹っ切れた様子で。


 ……夏葉さんたちがなにかしたのだろうか。

 だとしても、無理やり連れ戻したわけでないのなら、文句はない。


 ――ここからだ。


 望んだ状況は作り出した。


 後は、オウガと彼女の問題だ。


 オウガは語っていたそうだ。

『オレは死に神の中のスタンダード』だと。


 なら、ぼくと初とは違う、スタンダードな方法で選択肢を与えてやる。



 倒れるオウガを覗き込んだ彼女が、声をかけた。


「どうする? 戻る?」

「ひばり……か」

「このまま死ぬか、あたしに体を返すか、今ここで選びなさいよ、オウガ」


 人間になって死を抱え込んだのは、元死に神のお前だって、同じだぞ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る