第8話 玄関




 というわけで、卒業式から帰って来たその日の夕方でしたね。

 父が頼んだトラックに、屏風びょうぶをに積んで、お寺へ向かったんですね。



 まあ、子供心に、っていうか、ホッとしましたよ。

 やっぱりね、毎年あそびに来てた子がおかしくなる、祖父も両方が死ぬ、みたいなことがあるとね。


 どういう道筋でか、学校でも聞きつけたのがいたみたいで。まあ、そこまで深刻な、イジメとかにまではなりませんでしたけどね。

 それでもまあ、やっぱり、思っちゃうじゃないですか。

 あの屏風がぜんぶ悪い。

 あの屏風のせいで、大変なことになったんだ、ってね。


 まあだから、屏風がお寺に収められて、まあ、仮にタタリみたいなもんがあったとしても、お坊さんか誰かがなんとかしてくれるんだろ、ってね。




 それさえなかったら、もう、明日からは春休みです。

 とりわけ中学進学の春ですから。もう、宿題も、自主学習もなんもない。

 もう完全に休みです。自由の日々。

 まあ、そうは言っても、その日はけっこう忙しかったですね。

 学校から持って帰ってきたものの整理とか処分とか。

 おまけにね、母が春風邪かぜでも引いたのか、体調くずして寝込んじゃってたんです。

 まあそれで、なんやかんやあわただしくてねぇ。


 そのせいですかね。

 お風呂はいったあと、妙に眠くなってきましてね。

 9時、晩の9時を過ぎるか過ぎないか、そのあたりで寝たんですよ。

 ええ、さすがに早いですよね。いくら子供だからってもね。

 それも、お風呂から出て、パジャマ着て、眠いから部屋のベッドに寝ころんで、そのまま寝入っちゃった。

 まあ、そりゃ無理もなかったかもですよね。

 目が覚めちゃったんですよ。

 真夜中に。


 ふと目が覚めたら、電気のつけっぱなしの部屋。

 白く照らされた部屋とは反対に、カーテン開けっ放しの外は真っ黒。

 机の上の時計は、2時すぎたあたりを指してる。当然、昼じゃない。真夜中の2時。

 やだなあ、って思いましたよ。

 トイレに行きたくなってたんです。


 うちのトイレは一か所、それも、玄関の近く。

 部屋からは、だいぶ遠かったんです。

 そりゃもちろん、廊下もどこも真っ暗でしょう。

 父も母も、けっこう寝つきのいいほうで、10時すぎたくらいに寝るのが普通でしたしね。

 それに、寝付ねつくまえに家じゅうの電気を消しちゃう。もうぜんぶ。

 嫌ですよ、そりゃ。気味悪いじゃないですか。


 でもまあ、さすがにそこまで小さい子供でもありませんでしたしね。

 嫌ではあるけれど、ガマンしつづけるほど怖いってわけでもないし、

 トイレについてきて、って、親を起こすなんて恥ずかしいマネするほどでもありませんから。

 一人で向かったんですよ。暗い廊下をね。


 暗いったって、まあ見知った家のなかですからね。月明りなのか、外の街灯なのかわかりませんけど、外からはちょっと光もとどいてた。

 それを頼りに暗い廊下を歩いたんです。

 まあ、生家ですからね。古い家といってもそこまで怖くもなかったですけど。

 廊下のあちこちにかざだながあって、そこには古い花瓶だのなんだの、得体のしれないものが置いてあって、それはさすがに気味が良くなかったかな。




 その足が止まったのが、そう、玄関につながる廊下へ入ったあたりでした。

 玄関が、オレンジ色にそまってたんです。


 うす暗い、でも、妙になまなましいオレンジの光でして。

 その光に照らされて、体を見せびらかすように、外への戸口をふせぐみたいに。


 あの屏風が、そこに立ってました。



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