第9話 「嗅覚と戦士の紋章」

 なんとか名前に繋がる会話をして欲しいのだが、そう都合良く行くはずもないか……


「二つ名って、確か『灰色のモリガン・ル・フェイ……』あとなんだっけ?」


 イマダンが魔法使いの童女に聞いた。


「流石の鳥頭だな、オマエは」


 褒められて、貶された!

 確かに、大事な二つ名をすぐ忘れるなんて……さすがだ!

 とりあえず今は名前の代わりに呼ぶつもりだから、イマダンも聞き逃すなよ。


 彼女は歩みを止め、こちらを振り返り両手を広げて声高々と発言した。


「よく聞け! 愚かなる愚民よ! 隅っ子育ちよ!

 コホン! 『我こそは、伝説で偉大なる妖精女王であり戦いの女神、そして、ここ幸運の島の支配者、灰色のモリマン・ノォ・ヘェの生まれ変わりにして、さらにその上位の存在なり……』

 ……え~と……

 コホンコホン! あっ、『人は言う、アナタ様のうしろには悪意ある者は消え、残るのは綺麗なお花畑だと……そう我こそは神々の化身にて頂点、深淵の知識を極めし美しきドルイド、大魔法貴婦人スーパーゼッートッ!』……だっ‼︎

 ふぅ!」


 なげぇよ!

「なげぇよ!」


 呆れるほどの長さで、俺とイマダンはハモってしまった。

 こんな長い二つ名なんか覚えられないぞ!


 だが魔法使いの童女は身体全体で最後の決めポーズの『Z』で締めくくった姿が、とても微笑ましい。


「最初に名乗ったのと違うじゃないか」


「な、なにお~!」ぷー!


 イマダンの指摘に、彼女の顔が赤くなった。

 ほっぺを膨らました……もうたまらん!


「もう一回、間違えずに言ってみろよ」


「き、貴様ぁ!」ぷんぷん!


 ああ、もうダメだ、ぷんぷんが可愛すぎる。


「まあまあ、ケンカしないにゃぁ。

 ち・な・み・に、わたしの二つ名は覚えているかにゃ?」


 吟遊詩人の少女が問いかけた時、大きな胸が揺れた。

 顔も可愛いのに、どうしてもふくよかな胸に目がいってしまう。


「も、もちろん!」


 もちろんイマダンも揺れる胸を見ながら答えた。


「『無類なき美声のボエルジ』!」


 ボエルジ! 弾唱詩人の事だ。

 字の如く楽器を使う吟遊詩人の事だ。

 大昔の詩人には、語り部[フィラ]、弾唱詩人[ボエルジ]、吟遊詩人[バード]などの種類があったはず……


「え、えぇ……」


 吟遊詩人、いや弾唱詩人の少女は、はにかみながら下を向いた。


 ん? なんか恥ずかしそうにしてる……自分で聞いて来たくせに……


「ワタシは! ワタシは!」


 妖精っ娘が話に入って来た。


「『び、美少女アイドル天使、プリティースイートドール』!」


「ワーイワーイ! その通りー!」


 わーい! ドールって人形扱いしてもイイって事だよね! それになんだかとっても美味しそうだ。

 妖精っ娘が空をグルグル回ってはしゃいでいる。

 ああ、心が癒されるぅ……俺はファンタジー世界にいるぅ!

 おや、妖精っ娘がイマダンの耳元に近付いた。


「実はネ、ワタシ達の二つ名、さっき考えたばかりなんだヨ」


 ニコッとして、また飛び去った。


「コラー! バラすんじゃない!」


 魔法使いの童女が杖で妖精っ娘を追い回す。

 ……なんてホッコリする風景なんだ。


「でもネ、アノ子だけは本当に二つ名があるんだヨ」


 妖精っ娘がまた耳元に近付いて、甲冑の少女を指差した。


「『麗しき純潔の乙女、潔白の妖精騎士』!」


 イマダンが答えると、甲冑の少女は顔を赤らめて下を向いた。


「初めの『麗しき純潔の乙女』は、オレがさっき足したんだけどな」


 魔法使いの童女が自慢げに言った。


 ……結局、使える二つ名はなかった。

 しかも約二名は喜んでいるが、もう約二名は辱めを受けているかのように顔を赤らめて下を向いている。


 とりあえず俺は、魔法使いの童女は『魔童女』で、弾唱詩人の少女は『詩人少女』、あとは『甲冑少女』と今まで通り『妖精っ娘』と呼ぶ事にした。


 皆んな、俺の世界の十代の女の子と変わりなく可愛くてイイ娘じゃないか。

 最高のパーティーだ。


 このあと、しばらく会話が途切れてイマダンが少しずつうしろに下がって最後尾に付いた。

 どうしたんだ、体調が悪いのか?


 俺はなんとか身体を動かし、イマダンの顔を覗こうとした。

 彼はなにやら鼻をピクピクさせている。

 なにか臭いがするのか?

 俺もマネして臭いを嗅いでみた。


 “クンクン!”


 なんともいえない、凄くイイ香りがする……なんの匂いだろう?


「クンクン!」


 イマダンも匂いを嗅いで……ニヤリとした。

 あっ、この男は!


 イマダンは“クンクン!” 前を歩いて“クンクン!” いる“クンクン!” 少女たちから発せられるイイ匂いを“クンクン!” 嗅いで“クンクン!” 喜んで“クンクン!” いやがる“クンクン!”


「クンクン!」


 なんてヤツだ! “クンクン!”


「クンクン!」


 “クンク、クンクン!”

「クンク、クンクン!」


 女性諸君に告ぐ。

 年頃の男子にとって女性の匂いは、どんなブランドの香水よりも嗅ぎたい、最高の香りなのだ。

 是非、生暖かい目で見てやって欲しい。

 以上、青年の主張でした。


 “ぷふぁー!”

「ぷふぁー!」


 俺達は吸い過ぎたせいで、思いっきり息を吐いた。

 なんて至福の一杯なんだ。

 ああ神様、臭覚を戻してくれてありがとう!

 本当に最高だ! そうだろ、相棒!


「も、もう我慢出来ない……」


 えっ? 俺の相棒は小声で呟いた。


「み、皆んなぁ、ちょ、ちょっと待っててくれないかぁ」


 そう早口で言うと、イマダンは近くの森の中に早足で入った。


「はぁはぁ、ゴクッ! み、皆んな、可愛いなぁ」


 イマダンはドンドン森の奥まで進んで行く。

 ……まさかな……


「カワイイ、早く……早く出したい!

 うっ、ダメだ……もう我慢出来ない! したい!」


 場所を決めたイマダンはズボンのベルトを素早く外した。

 嘘だろ……

 や、止めろ! 少女たちがアソコでお前を待っているんだぞ!

 ズボンを下ろすんじゃない!

 確かに、あんなイイ匂いを嗅げばそんな気分になるのも分かる、仕方ない!

 でも、ここじゃダメだろ!


「はぁはぁ、で、出る、イク〜!」


 イ、イッちゃダメだ! 早まるな〜!

 イマダンは、しゃがみ込んだ。


 “♪ビィビィディボビィディプ〜!”


 ウギャー‼︎ くせぇー‼︎


 イマダンは俺の目の前で、己の内なる体内から産み出された内容物を、暴れまくる滝の如く下半身から思いっきり吐き出した。

 どうやら彼は、もよおしていたようだ。

 しかも、一番臭いが来る真後ろに俺がいる!

 まさにベストポジション……いや、バットポジションだ!


 神様ぁ~、助けて下さいぃ~。


「ほほっ、大丈夫かのぉ」


 神様は遠くの方にいるのに声は近くに聞こえた。


 鼻がぁ~、臭覚を消してくれぇ~!


「ほほっ、さっきまで喜んでいたのにのぅ」


 “♪ズュビッドュバァ〜!”


 ダメだー‼︎ 耐えられないー‼︎


 彼から発せられる爆音は、森の静寂を掻き乱し、さながらヨハネの黙示録の天使のラッパのようであった。

 そして彼から産まれ溢れ出た悪臭は、森の清らかな香りを打ち消し、森に住む生き物たちを不快にさせた。

 なにより彼から放たれた異物は、森の土壌を蝕み腐敗させ、全ての動物、植物に世界の終末を感じさせた。


 俺は人生の締めくくりのポエムを詠うほど危機迫っていた。


「オノレの場所をコヤツの前に動かすように意識するのじゃ。

 臭覚までなくすのは勿体無いぞよ」


 俺は言われた通りに意識した。

 するとイマダンの前面にクルリと操作盤ごと移動出来た。

 ふぅ! なんとか直撃臭から解放された。


「生き返ったせいで、お腹がビックリして全部出たのだろうて。

 さて、ワシも帰るとしよう。

 じゃが、しばらくは呼び出せば出て来るからの、心配せんでいい」


 帰るのか……


「うむ、ではさらばじゃ、じょわっ‼︎」ぴーっ!


 神様は彼方へ飛んで行った。



 ***



 しばらくして村に着いた。

 村はレンガ作りの高い壁に囲まれていた。

 モンスター? の襲撃に備えての事だろう。


 村の入り口で、門番に『戦士の紋章』を見せろと言われた。


「右手の甲を空に向けて『天が落ち、押し潰さぬ限り、破られる事なし、我は二十一番目の戦士』と叫ぶんだ」


 魔童女の言った通りにイマダンがしたら、上空にカッコイイ紋章のような光の図形が現れた。

 他の三人も同じ事をして村に入った。


 すぐに宿屋に入って、そこで食事を済ませた。

 なにが入っているか分からない茶色い汁を、イマダンは不味い不味いと言ってすべて平らげた。


 部屋は当然、男は一人部屋だ。

 殺風景で、ただ寝るだけでの質素な作り。

 イマダンは部屋をひと通り見渡して呟いた。


「皆んな可愛いなぁ……ダメだ! もう我慢出来ない!」


 イマダンはズボンのベルトを素早く外した。 

 おいおい、ここはトイレじゃないぞ。

 イマダンはズボンを脱いでベットに入った。


「はぁはぁ、皆んな、カワイイ……ヤ、ヤリテェ~」


 えっ?


「イ、イク~!」


 ウギャー‼︎

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