第10話 「みんなの公衆浴場」

 朝早くイマダンは魔童女に叩き起こされ、一緒に村の中を歩かされた。


「眠いよ~」


「シャキッとしろ! オレだって眠いんだ!」


 イマダンも昨日の事で疲れが取れないのだろう、眠そうな魔童女に叱咤された。


 俺も疲れが取れない。

 話の通じない神様たちとのややこしい会話や、そのあとの厳しい刺激臭でヘトヘトになっていたからだ。

 だから昨日、村が見えた頃には俺の思考は停止していて、ただ皆んなの行動を眺める事しか出来なかった。

 しかも部屋に入るなり、ヤツの一人遊びに付き合わされて……もうゲンナリた。


 神様ぁ~、聞いてくれるか?


「どうしたのじゃ」


 神様はすぐにやって来てくれた。


 コイツの一人遊びを見ていて思ったんだけど、もし俺に守護霊が憑いていたら守護霊もガッカリしたんだろうなって……ゲンナリ~って。


「守護霊とやらも、生前は似たような事をシテいたと思うのじゃがのぅ」


 そっか……珍しく神様の言葉に救われた気がした。


 あと、コイツが寝たら俺もいつの間にか眠っているし、朝、コイツが叩き起こされた時も俺も一緒に起きたのだが、どうなっているんだ?


「オヌシが守護聖霊になってアヤツに取り憑いた時、二人は縁が出来て繋がったのじゃ」


 取り憑いたって……俺の事、幽霊みたいに言うんだ……


「元々、魂は眠くなったら勝手に眠るモノなのじゃ。

 だがそれではアヤツが危なくなった時、眠っていたら面倒見れんじゃろ。

 オヌシには守護聖霊の仕事を与えたんじゃからの。

 昼間に起きて夜は一緒に寝る、アヤツと共に行動出来るように二人を繋げたのじゃ。

 オヌシとアヤツが繋がったお陰で、想いが通じ合う時もあるはずじゃがの」


 あっ、確かに言葉がハモった事がある。


「まさに運命の赤い糸と呼ぶものじゃの」


 運命の赤い糸って言うのはヤメテ!

 俺は頬を赤く染めながらイマダンのうしろ姿を見つめた。


「ほら、これでも食べな」


 魔童女が懐から赤い物を出してイマダンに投げつけた。

 イマダンは落としそうになったが、なんとか取った。


 リンゴだ!

「リンゴだ!」


 イマダンは喜んではしゃいでいたが、魔童女は無視して自分の分のリンゴを懐から取り出して、歩きながらかじりついた。

 口は悪いけど、やっぱりイイ娘だよなぁ……


 ん? 

 イマダンは食べる前に、また匂いを嗅いでいる。

 コイツ、まさか!

 ヤツはリンゴの匂いではなくリンゴに染み付いた魔童女の懐の匂いを、体臭を嗅いでいる。

 間違いない! なんとかしなければならない。

 このゲーム機を使って天罰を与えなければ。


 アレコレ考えていると、まだ神様がいる事に気付いた。

 あっ、もう消えてイイよ。


「なんと! じゅわっきっ‼︎」びゅーん!


 他愛のない時間を過ごした間に、魔童女とイマダンは寂しい空き地に着いていた。

 おそらく村の集会や祭りに使う空き地なのだろう。

 この朝の時間帯には誰もいない。


 空き地の中央に立った魔童女と向かい合う形のイマダン。

 魔童女の幼くて可愛い顔でイマダンを見つめている。

 イマダンの心臓がドキドキしているのが俺に伝わる。

 俺もドキドキしているのだから……いったいなにが始まる?


 魔童女が近付いて来た。

 本当にドキドキの展開なのか?

 イマダンが手汗を服に拭った。

 いきなりサービスシーンが始まるのか?

 やっぱり彼女たちはモトダンのハーレム要員なのか?

 これでいいのか異世界転生?


「おれの事……ス、スキ」

 

 イマダンがとんでもない事を言おうとしている!

 リンゴをもらっただけで勘違いしてる!


「サーベルを出してみろ」


 魔童女がイマダンの言葉を遮るように命令した。


「えっ?」


 イマダンはすぐには理解出来ずオロオロしていたが、覚悟を決めたようで行動に移した。

 なんとイマダンはズボンのベルトを外し始めて、ズボンを脱ごうとしているではないか。

 股間をサーベルとは呼ばないぞ!


「なにをやっている⁉︎

 腰に付いてるサーベルのことだ!」


 魔童女に怒鳴られて我に帰ったイマダンは腰の剣に気付いて引き抜いた。

 がっかりのイマダンだが勘違いする方がおかしいだろ。


 俺たちは剣先を見た。

 やはり剣の先、刀身はなく柄の部分しかない。

 しかも折れたのではなく、刀身が柄から引き抜かれたように見える。

 イマダンも不思議そうに柄の先を見ている。

 そういえば鞘もない。

 昨日の戦闘で両方とも失くしてしまったのか?


「やはり、覚えていないようだ」


 魔童女はがっかりした様子でイマダンを見た。


「今度は剣先が伸びると意識してサーベルを抜いてみろ」


 イマダンは柄を腰に戻して、もう一度柄を抜いた。

 しかしなにも起こらず、手に持っているのは柄の部分だけだ。


「そのサーベルは『秘宝魔具』といって魔法の掛かった道具、魔法武具だ。

 その先から光の刃が出てくるのだが……出せないのか?」


 光の刃?

 イマダンは何度かトライしてみたが、なにも出ない。

 なにかコツとかないのか?

 死んでしまうほどの戦いで壊れてしまったとか?

 魔童女は彼に抜く事しか要求してこない。

 イマダンは意味なく柄をブンブン振り回して遊び始めた。


「そのオマエの『ジイの剣』だが……」


 ジイの剣? Gの剣と言うのか!


 イマダンはピタッと動きを止めた。


「オマエの『ジイの剣』についての話だが……」


 ん?

 魔童女の話を聞いた途端、イマダンが固まったように動かなくなったのだが……

 汗をかいているじゃないか! 顔も赤い……

 はっ!

 また、もよおしたのか? また滝のように激しいヤツか?


「はぁはぁ! おれの自慰の件についての話……ですか?」ごくり!


 イマダンは唾を飲み込んだ。

 彼の声が震えている……おい、大丈夫なのか?


「どうかしたのか?」


 魔童女がさらに近付いて顔を覗き込んだ。

 イマダンはさらに汗を吹き出した。


「む、臭うな」


 彼女は不快な表情をした。


「えっ!

 あの、昨日のアノ臭い……ですか? はぁはぁ!」


 確かにコイツの男臭さはトップクラスだ。


「オマエ、大衆浴場に行ってないだろ」


 大衆浴場があるのか!

 この異世界には古代ローマのような文化があるのか?

 これで少し臭いが気にならなくなるぞ!

 日本人には風呂は必需品だからな、良かった良かった。


「体臭……欲情……イッてない?」


 イマダンも昨日、転生したばかりなんだから風呂があるなんて知らないのは仕方ないだろう。


「汗とか、汚れはどうした?」


「ヨ、ヨゴレですか……はぁはぁ! ティ、ティッシュがなかったから、はぁはぁ!

 シーツにぬぐってしまいましたぁ!」


「ティッシュってなんだよ?」


「あっ、いや……」アセアセ!


 この異世界にティッシュボックスがあるはずかない。

 不用意な発言は怪しまれるぞ、気を付けて欲しいものだな。

 しかし、なんだか話が噛み合っていないように見えるが……


「はぁはぁ!」


 どうした、尋常じゃない汗だぞ! やっぱりトイレを我慢しているのか?

 急いで駆け込んだ方がいいんじゃないのか!


 イマダンはなにか観念したのか、足を震わせながら地面に崩れ落ちるかのように膝を着いて土下座をした。


「申し訳ございません!

 お、おれの昨日の自慰の件についての話……ですよね。

 み、皆んなの体臭で欲情してしまい……何回もイッてしまいましたぁぁ‼︎」


「なんの話だ?」


 な、なにを言っているんだ、イマダンは!

 お前はなんて事を……まだ年増もいかない童女にナニ話してんだよ!

 とんでもない勘違いだ!

 ほら、魔童女がうつむいて黙っているじゃないか!


 魔童女はしばらくうつむいていたが、イマダンの方を向いて口を開いた。


「……なんだ。

 結局、村の『みんなの大衆浴場』にいったんだな。

 それにしても臭いな……フッ、身体を洗っても匂いが落ちないとは、オマエの臭さはトップクラスか?

 まあ、大丈夫なら続きをするぞ!」


 ……?

「……?」


 良かった……良かったなぁ……

 この幼な子には、大人の話が分からなかったようだ。

 しかし、とんでもない話の食い違いだな。

 魔童女が意味を知っていたら、とんでもない惨事になっていたぞ!


 イマダンはそそくさと立ち上がり、何食わぬ顔で『Gの剣』から刀身を出す行為を始めた。


 イマダンは恥を振り切って、柄を振り切ったのだ。

 でも、あいからわずなにも出ない。


「『己のイチモツよ、そそり上がれ!』ですわん!」

 

 突然、知っている語尾の少女の声が響いた。

 二人は声のする空き地の入り口の方を見た。

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