7.もっと長く笑えたら

 百貨店を後にして芝居小屋に向かったが残念なことに今日は休演日だった。

 公演スケジュールを忘れたイーサンが申し訳なさそうな顔で謝ってくる。俺は「気にすんな」と言いながら背中を叩いた。


「予定が狂っちゃいましたね……。次はどうしますか?」

「劇場ってここから遠いのか?」

「魔術士ギルドと同じで街の反対側なんですよね……。それに、今かかってる演目はどれも人気が高くて、昼過ぎには当日券が全部売り切れちゃうんですよ。明日以降のチケットだけでも買いに行きますか?」

「また、急にダンジョン探索に同行しろとか言われる可能性もあるからなぁ……。やめておくわ」


 街の反対側まで戻って、魔術士ギルドで生活魔術を習いたいとリクエストしたが、講習会の受付時間はとっくに過ぎているそうだ。今日はとことん間が悪いな。


「それなら、美術館か博物館にしておくかー」


 ゾンビとかサメとかジャンクなものばかり食ってないで、たまには文化らしい文化を摂取しないと感性が偏るしな。


「えーと、ここからだと美術館の方が近いですね。どうしますか?」

「よし、美術館にしよう」


 ジョンの先導でしばらく歩くと、四角い箱のような形をした白い建物が見えてきた。


「あれが美術館ですよ」


 ジョンが箱型の建物を指差しながら言う。

 なんというか、随分モダンなセンスの建物だ。

 食文化なんかもそうだけど、テラリエルって「異世界」にしては妙に現代的なところが多いよな。宿舎には風呂どころか水洗トイレもあるし。どっちも機械的な仕掛けと生活魔術を組み合わせたものらしいけそ、初めて見たときはちょっと、いや、かなり驚いた。まぁ、生活する分には元の世界とあまり変わらない方が助かるけどさ。

 

 俺達は入口の近くにあるカウンターで入館料を支払い建物の奥に進む。


 一階の中央部には複雑な幾何学模様を立体化させた金属製の巨大オブジェが鎮座していた。な、なんだこれは……?

 奇妙なオブジェを取り囲むようにベンチが置かれ、そこで休憩している人達がいる。百貨店と同じように家族連れやカップルっぽい人達が多かった。


 一階は特集展示がメインのようで、他にも大量の幾何学オブジェが飾られていた。前衛芸術特集か何かだろうか?


「これは一体……」

「人気芸術家アーティストの作品らしいけど、ちょっとよく分からない感じですよね……」


 俺とジョンは展示台やガラスケースに並ぶ丸やら三角やら四角やらなんやらが複雑に絡み合った大小様々な金属製オブジェを、困惑に満ちた表情で眺める。


「やっぱりセンスが謎過ぎるだろ……」

「そうか? メチャクチャかっこいいじゃん!」


 イーサンが瞳を輝かせながら俺の言葉に反論する。

 ……まぁ、いいんじゃね? 趣味は人それぞれだし。それに、じっくり観察するとかっこよく見えないこともなかった。


 イーサンがもう少しオブジェを見たいと言うので、俺とジョンは先に二階へ上がることにした。


 二階は常設展示スペースらしく、街と縁のある芸術家の作品が展示されていた。作品は絵画から陶芸、武器まで多岐にわたった。


 俺はガラスケースに飾られた武器の前で足を止める。

 反りのある青い刃の長剣――刀のように見える――が黒塗りの鞘と一緒に展示されていた。

 

「これ、ランディさんが使ってたヤツと似てるな」

「ランディ副会長の長剣は所持スキルの抜刀術に対応した特殊な作りで、芸術的な価値も高いんですよ。これは、副会長の長剣を担当した武器職人が過去に手がけたものですね。彼はこの街の出身で、今は王都に工房をかまえるほどなんですよ」


 ジョンが眼鏡を光らせながら早口で解説してくれた。


 他の展示物を見学する途中でイーサンと合流した。イーサンは両手に紙袋をぶら下げていた。物販コーナーで買い物をしてきたようだ。


 せっかくだし、俺もアーシアさんとフィオーラにお土産でも買っていくか。



 ☆ ☆ ☆ ☆



 一階の物販コーナーでお土産を購入した後は、美術館の近くにあった服屋と雑貨屋を冷やかすなどした。気が付くと、異世界の太陽は西に向かって傾き出し、空は茜色に染まりかけていた。


「そろそろ時間ですね」


 ジョンが神星教のエンブレムをあしらった懐中時計で時間を確認しながら言う。

 俺達は宿舎に戻ることにした。


「今日はありがとな。楽しかったよ」


 俺は星騎士コンビに礼を言った。


「あ、あのさ……。フィオーラのことなんだけど……」


 イーサンがおずおずと切り出してきた。


「分かってるよ。俺の方でも気にかけておく」


 俺の言葉にイーサンはほっとした様子を見せる。ジョンも安心したような表情だった。二人は宿舎の前まで俺を送り届けると、大きく手を振りながら別れの挨拶をした。俺も大きく手を振って「じゃあな!」と挨拶を返した。


 宿舎一階のラウンジでアーシアさんとフィオーラがお茶を飲んでいた。

 二人とも午後の用事を済ませて、リラックスタイムに入っているみたいだ。


「タカマル様、おかえりなさい」


 アーシアさんがソファーから立ち上がり出迎えてくれた。


「おかえりなさい。この世界の文化は堪能できた?」


 フィオーラがお茶受けのスコーン……ぽく見える焼き菓子を、フォークで一口サイズに切りながら聞いてくる。


「おかげさまで」


 俺はソファーに座りながら答える。


 アーシアさんがテーブルの脇にあるワゴンからティーカップを取り出し、お茶を注いでくれた。俺はお礼を言ってからカップを受け取る。

 一口すすると、林檎のような爽やかな甘味が口の中に広がった。


「百貨店の後はどこに行かれたのですか?」

「芝居小屋と美術館に行きました。芝居小屋は休演日でしたけど」

「劇場じゃなくて芝居小屋なの? あそこって、屍人ゾンビや空飛ぶサメに襲われる変な話ばかりやるところじゃない。死霊術士ネクロマンサーなんだから屍人ゾンビくらい自分で召喚すればいいのに。サメは無理かもしれないけど」

「うるせー。それとこれとは話が別なんだよ」


 フィオーラはどうでもよさげな調子で「ふーん」とつぶやき、カットした焼き菓子を口に運ぶ。まったく無粋なヤツだな。


「そうだ。これやるよ」


 俺は美術館の紙袋ショッパーからお土産を取り出し、フィオーラに渡した。


「え、何よこれ……って重っ!?」


 丸と細長い三角錐と台形を組み合わせた金属製のオブジェ(一応、文鎮ペーパーウエイトとして使えるらしい)を受け取ったフィオーラがギョッとした顔になる。


「何って、美術館のお土産だよ。結構、かっこいいだろ?」

「嘘でしょセンス悪過ぎ!?」

「失礼なヤツだな! 重量があるから武器にも使える優れもんなんだぞ!」

「馬鹿なの!? これならメイスでも使った方がマシよ!」


 俺はブツブツうるさいフィオーラを無視して、アーシアさんにもお土産を渡した。


「え、えーと……。ありがとうございます……?」


 アーシアさんの表情が微妙に引きつっている。


「ブサイクなぬいぐるみね。趣味を疑うわ……」


 フィオーラが信じられないものでも見るかのような表情になる。

 さっきから失礼なキッズだな。イノシシとウサギとクマをかけ合わせた合成生物キメラのようなぬいぐるみだけど、なかなか可愛いと思うぞ? この街に住んでいるぬいぐるみ作家が作ったものらしい。物販スペースの片隅で山積みされていたから回収してきた。イーサンとジョンにもすすめたけど、何故かやんわりと断られた。


「やれやれ、俺の卓越したセンスが理解できないとは……。マジ嘆かわしい話だな」

「卓越したセンスって……!」

 

 俺の言葉にフィオーラが呆れ半分の表情で吹き出した。


「はぁ……。タカマルには負けるわ……」


 フィオーラが苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。

 アーシアさんが妹のおどけたような仕草を見てクスクスと笑っている。

 俺とフィオーラもつられて笑い出した。

 

 しばらく、そうやって三人で笑っていた。

 こんなふうに、アーシアさんとフィオーラが辛いことや悲しいことを忘れてもっと長く笑えたらいいのに。俺はそんなことを考えた。

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