6.少女・単眼鬼

 百貨店のチョコミント博覧会は大勢の人で賑わっていた。家族連れと思しき人やカップルっぽい男女が多く、イベントスペースを野郎三人で練り歩く俺達は若干浮いてないこともなかった。


 俺達は一通りブースを回って目星を付けた店で商品を購入すると、スペースの片隅にある飲食コーナーの席に腰を落ち着けた。


 俺はチョコミントのサンデー、ジョンはチョコミントのクレープ、イーサンは箱に入ったチョコミントクッキーの詰め合わせを購入した。


 俺達は購入した商品を黙々と食べる始める。


「美味いな」

「そうですね」

「うん、うまい」


 そこで俺達の会話は途切れた。

 さっきから空気が微妙に重い。


「……あの女の子はなんだったんだ?」


 俺は気になっていたことをつい言葉にしてしまった。


「あの子は、多分、スラムの子だと思います……」


 俺の言葉にジョンが答えた。イーサンはバリボリと派手な音をたてながらチョコミントのクッキーを噛み砕いている。


「スラム、か……」


 俺は小さく呟きながら、神殿前の広場で見た行列を思い出す。

 女の子はあの列に並ぶ人達と似ていたような気がした。


「イーサンはなんで女の子のことを追いかけなかったんだ。お前のスキル——縮地法なら追い付けたんじゃないか?」

「それはそうだけど……」


 イーサンは珍しく歯切れの悪い態度だった。


「神星教団って生活の苦しい人達の支援活動をしてるんだよな?」

「……はい。定期的な炊き出しや孤児院の運営などをしています」

「なるほどな……」


 当たり前といえば当たり前の話だけど、テラリエルにもいろいろと複雑な社会事情があるようだ。

 

「神星教団にあまり良い印象を持っていない人や、他人から支援を受けること自体を嫌う人達が街外れに住んでます。それで、その……たまに、盗みを働くんですよね……。食べ物や着るもの欲しさに」

「そうか……。俺の世界にもそうゆう人達はいたよ……」

「どこの世界も変わらないんですね……」


 ジョンの瞳が眼鏡越しに揺らめいた。どこか痛ましそうな表情だった。


「ロッシオ司教とガリアン会長、それにアーシアさんもどうにかしたいと思ってるんだよ」


 イーサンが言う。

 クッキーはもう食べ終わっていた。


「特にシスター・アーシアは支援活動に積極的なんです」

「まぁ、フィオーラのこともあったしな……」

「イーサン!」


 何かを言おうとしたイーサンをジョンがたしなめる。


「あー、ゴメン……」


 俺達はまた黙り込んでしまった。


 ひとまず、情報を整理しようか。

 この街には生活困窮者の集まったスラムがある。

 神星教団は信仰活動の一環として、生活困窮者に対する支援活動を行なっている。具体的には炊き出しや孤児院の運営がそれにあたる。

 アーシアさんはそれらの支援活動に積極的である。

 イーサンの言葉から察するに、それはフィオーラと何か関係があるようだ。

 そして、その話題にジョンはいい顔をしなかった。

 ところで、フィオーラはエンシェント家の養子である。

 炊き出しに並ぶ人達を見たフィオーラの反応と、それに対するアーシアさんの反応。

 そこから導き出される答えは……。


「あー、なるほど……」

「……察し、付いちゃいましたか?」

「まぁ、なんとなくだけどな」

「プライベートな話だからこれ以上は何も言えませんよ」

「分かってるよ」

「はー、なんだよ。面倒だな。オレとジョンとフィオーラがスラム出身の孤児院育ちなことなんて、別に隠す必要ないだろ。オレは恥ずかしくないし!」

「お前さー」


 ジョンが珍しく険しい表情を作る。


「なんだよ。ジョンは恥ずかしいのかよ」

「恥ずかしいとか、恥ずかしくないとか、そうゆう問題じゃないんだろ。イーサンは少し大雑把過ぎるんだよ。デリカシーが足りてないんじゃない?」

「そうゆうジョンだって細かいこと気にし過ぎなんだよ。繊細過ぎてかえって雑になってるんじゃねーの?」

「なんだと!?」

「なんだよ!?」


 うお、段々、険悪なムードになってきたぞ。

 近くの席の人達がこっちをチラ見している。


「これこれキッズ達よ。ケンカをするではない。仲良くするのじゃ」

「別にケンカなんかしてねーし。あとなんだよそのおかしなキャラは」


 イーサンが口を尖らせ、不貞腐れたような顔になる。


「ジョン。心配しなくても、お前らが口を滑らせたとかチクったりしないから」

「ありがとうございます……」


 ジョンが申し訳なさそうな顔で言う。まったく、眼鏡に相応しい真面目なやつだな。


「同じスラム出身の孤児でも、オレ達はフィオーラに比べればだいぶ恵まれてたからなぁ……」


 そう言うイーサンの目はどこか遠くを見るようだった。

 ジョンはもうイーサンのことを止めようとはしなかった。止めても意味がないと判断したのだろう。


「フィオーラの左目さ……」

「うん」


 イーサンの言葉に俺は頷く。

 チョコミントサンデーはすっかり溶けて器の底に溜まっていた。


「あいつ、のせいで物凄く苦労したんだよ」


 蝶の眼帯に隠されたフィオーラの左目。

 あの目で「何か」を見ているのは分かっていた。

 俺の特殊な体質——確率的なゾンビ状態——や奇妙な同居人ザックの存在をフィオーラはその左目で見抜いたからだ。

 そして、彼女は眼帯を外した自分の顔を見られるのを嫌がっていた……。


「フィオーラの左目って、あいつのスキルと何か関係あるのか?」

「……はい。天恵ギフテッドとも呪いカースドとも言われる非常に強力なスキルです」

「そんなにヤバイのか?」

「ええ……。フィオーラの左目は、あらゆる事象の「本質」を透視する魔眼、単眼鬼キクロプスと呼ばれています。そして、それは、この世界の秘密を暴く恐ろしい力——タカマルさんの死霊術ネクロマンシーと同じように、忌みスキルとされるものなんです」

「もちろん、オレ達はそんなこと気にしないけどな。でも、フィオーラの本当の家族はそう思わなかったんだ……」


 イーサンとジョンの表情はどこまでも悲しげだった。

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