第10話 真一の旅のルーツと由貴の話し合い

真一と由貴が乗った東北新幹線『はやて』は昼前に東京に到着した。


由貴「しんちゃん、ここのホテルに私の名前で予約入れてるから、いつでも行ってね」

真一「わかった。ゴメンな、気を使わせて…」

由貴「ううん、私だって北海道でいっぱいお世話になったんだから…。お陰さまで、リフレッシュできたもん(笑) だから、彼氏とカナに会って話し合いが出来そうだから…」

真一「そうか…」

由貴「話し合いが終わったら、しんちゃんの携帯(電話)に連絡するね」

真一「わかった」

由貴「じゃあ、また後で…」

真一「あぁ…」


真一と由貴は東京駅で一旦別れた。由貴はこれから東京都庁近くのホテルで彼氏と親友のカナと話し合いの場へ向かった。昼食を兼ねて…とのことだった。


カナ「由貴」

由貴「…………」

さとる「由貴」

由貴「…………」

カナ「…とりあえずご飯食べよ」

悟「そうだな、食べよう、由貴」

由貴「…………」


3人はホテルのレストランに入る。悟は由貴の彼氏で、今回の話し合いの場として、ホテルのレストランを悟が確保した。悟としては、由貴と誤解を解いて和解したい一心だった。その為、今回レストランの食事代や場所代は全て悟が段取りと費用を受け持った。カナも悟同様に、誤解を解いて和解したかった。由貴は少し緊張するあまり、悟とカナに口も聞かず、ぶっきらぼうな態度をとっていた。3人の間に沈黙が続いている。せきをきって悟が話し始める。


悟「この2週間程、どこにいたの?」

由貴「………」

カナ「一人旅に出たの?」

由貴「………」

悟「オレたちは怒ってないから…。どこにいたのかだけ教えて欲しいんだ」

由貴「福島」

カナ「福島?」

由貴「米沢」

カナ「米沢…」

由貴「仙台」

悟「東北をまわっていたのか?」

由貴「青森、北海道」

カナ「ほ、北海道?」

悟「北帰行か…」

由貴「…………」

カナ「心配してたんだよ、由貴。無事に東京に戻ってきてくれて嬉しかったよ」

由貴「…………」

悟「とりあえず、食べよう。冷めてしまう」

カナ「そうしよう…」

由貴「…………」


由貴は終始無言になっていた。カナは由貴を気にしながらスープを飲んだ。悟も由貴に何て話そうか考えながら食事をとっている。


一方真一は、東京駅から電車に乗り、一路柴又へ向かった。映画『男はつらいよ』の舞台にもなっている。

柴又駅で電車を降り、改札口を出ると、主人公の銅像が建っている。真一は銅像に敬意を表して一礼した。そして帝釈天の参道を歩く。


真一(映画で見た場所やなぁ…)


ぶらり歩いて、真一は帝釈天に到着し参拝する。北海道の旅の感謝の念と初めて柴又に来た旅の報告、そして由貴のことを念じていた真一だった。


帝釈天での参拝を終え、草団子を食す。


真一(あ、昼飯食ってへんやんか…)


真一は昼食を食べることを忘れていた。すると団子屋のとなりに食堂があり、少し待って店に入った。店員から相席を依頼され了承する。

真一の席に相席の客が来た。2人組の若い女性だった。


女性A「失礼します」

女性B「失礼します」

真一「あ、どうぞどうぞ」

店員「ご注文は何にしましょう?」

真一「天丼の松竹梅の差は何ですか?」

店員「梅は普通の海老の天丼、竹は天丼の海老が梅より1本多くて、野菜のかき揚げもついてます。松は海老が梅より2本多くて穴子天も乗ってます」

真一「じゃあ、オレは天丼の松で」

女性A「私は天丼の竹で」

女性B「私も天丼の竹で」

店員「わかりました。少々お待ち下さい」


店員が厨房へ向かう。しばらくすると店員が天丼を持ってきた。


店員「天丼の竹2つです」

女性A「はーい、ありがとうございます」

女性B「ありがとうございます」

女性A「お先にいただきます」

女性B「いただきます」

真一「どうぞどうぞ。“竹”うまそうですね(笑)」

女性B「“松”の方がもっと美味しいかもしれないですよ(笑)」

店員「はい、天丼の松です」


店員が真一の天丼を持ってきた。丼に溢れんばかりの穴子天も乗った天丼だった。


女性A「穴子の方が美味しいですって(笑)」

女性B「男の人なら食べられるよねぇ…(笑)」

真一「大丈夫かな…(笑)」

女性A「大きなカバンカバン持って来られてるって、旅行で来られたのですか?」

真一「ええ…」

女性B「東京観光ですか?」

真一「いや、それが北海道でして…」

女性A「えー❗」

女性B「じゃあ、柴又へは何しに来られたんですか?」

真一「この前仕事辞めて、旅に出てるんです。ずっと電車で新潟、米沢、仙台、青森を通って北海道へ…。で、いま盛岡から新幹線で東京まで戻ってきて、旅のルーツやないけど、柴又にフラッと寄ったんです」

女性A「えー❗ 北海道の帰りに柴又なんですか?」

真一「ええ…。一人旅だったんですが、紆余曲折あって、二人旅になってしまって…」

女性B「どういうことですか?」

真一「仙台から乗った新幹線でとなりの席のおねえさんが彼氏とケンカ?して北帰行してるって言ってて、それでついてきちゃったんです」

女性A「そうなんだ。旅の出会いかぁ…。お兄さんは彼女は?」

真一「オレの彼女は旅なんで…」

女性B「女の子の彼女じゃないの?」

真一「オレ、女性のことは疎いもんで…」

女性A「ところで、お家はどこなんですか?」

真一「オレは南町てす」

女性A「えっ? じゃあ国定公園は近いですよね?」

真一「ええ、車で30分くらいですね…」

女性B「そうなんだ。私達、国定公園へ旅行してたんです。それでいま国定公園から東京に来たんです」

真一「えっ? 国定公園から東京に? お家はどちらなんですか?」

女性A「三重県の伊勢からなんです」

真一「伊勢から国定公園に行かれて、今東京って、また旅行ですか?」

女性A「実は私たちの大学時代の友達が結婚するので、明日は結婚式に呼ばれているんです」

女性B「それでその友達が昔、国定公園にある観音堂の御守おまもりを持っていたら、今の旦那さんと知り合って結婚することになったんだけど、その御守を失くしてしまったらしくて…」

女性A「友達が結婚式前で少し寂しそうにしてたから…」

真一「それでわざわざ国定公園の観音堂まで行って御守をもらいに?」

女性B「友達をビックリさせようかと…(笑)」

真一「かなり手間暇かかってますね(笑)」

女性A「伊勢から動いてるから、ちょっと痛かったけど、友達の幸せのためなら…」

真一「お二人とも優しいですね…(笑)」

女性B「でも国定公園の近くの所から北海道に旅に行って柴又で出会うのも何かの縁ですね(笑)」

真一「そうですなぁ…」

女性A「お兄さんの旅は『男はつらいよ』の映画の影響ですか?」

真一「まぁ、そんなとこですね…」

女性B「でもいいなぁ、そんなのんびりした時間で旅ができるなんて、うらやましいなぁ…」

真一「こんな男に惚れたらダメですよ。無職で長い間、家を留守にして旅にでてる男なんて、女性にモテるわけないですよ(笑)」

女性A「大丈夫。お兄さんは若いんだから、出会いはまだこれから絶対ありますよ」

女性B「そうですよ」

真一「お世辞でもうれしいです…。おねえさんたちは美人やから、すぐに彼氏見つかったでしょ?(笑)」

女性A「それがなかなかみたいで…」

女性B「友達が結婚するのが羨ましくて…」

真一「なんで? こんな美人のおねえさんを世の中の男、ほっとかないでしょ…」

女性A「私達、ガツガツしてるから、逃げられるのかも…」

女性B「歳も歳だし…」

真一「オレより少し歳上のおねえさんなんかな…。オレは同い年か歳上のおねえさんの方が話しが合うと思う…。世の中の歳下の男に注目したらどうですか?」

女性A「そうだね…」

女性B「明日の結婚式で探してみる?(笑)」

真一「じゃあ、お先です…」

女性A「気をつけて、旅を楽しんでください」

女性B「気をつけて…」

真一「ありがとう」


こうして真一の柴又での一期一会の昼食はお開きとなった。


その頃、都庁付近のホテルのレストランでは、由貴たちの静かな食事が続いていた。


悟「北海道は何処へ行ってたの?」

由貴「函館、登別、札幌、小樽、襟裳岬、帯広、富良野、美瑛…」

悟「そんなにまわってたの?」

由貴「………」

カナ「一人旅…だよね?」

由貴「それが…」

悟「えっ? 誰と行ってたの?」

由貴「…私、私…、東京で悟とカナを見て怒って、咄嗟に適当に新幹線に飛び乗って、着いたのが福島だった。福島からまた電車で米沢に行って観光してたら、出会い頭に人とぶつかって…」

カナ「うん…」

悟「大丈夫だったの?」

由貴「うん…。そのあと仙台に行って、東北をまわろうとして、新幹線に乗ったら、となりの席の人が米沢で出会い頭にぶつかった人だったの」

カナ「へぇー、そんな偶然あるんだね…」

由貴「それで、その人は仙台まで普通電車でやって来て、前日新潟で泊まってたんだって。それで北海道に行くって聞いて…」

悟「そうなんだ…」

カナ「男の人?」

由貴「うん…。でも心配しないで。私の事情を新幹線の中で話してたら、最初は『仲直りしないと』って言われたけど、その時の私は納得してなかったから、しばらく現実逃避したかったの。そしたら渋々理解してくれて…。私が旅のこと何も分かってなかったから、ワガママを言って、その人の一人旅についていったの。勿論部屋は別々だし…。本当は悟を裏切ろうかとも考えたこともある。だけど、その人は『よく考えて』ってブレーキをかけてくれたの」

カナ「そんな優しい人に出会ったんだ…」

由貴「北海道に行ったら、悟とカナがメールとか電話くれたときは登別温泉にいて、温泉に入った後だったの。そして日高の方へ行った時に、競馬の馬が練習する所へ見たりして…。馬を見てたら、私、悟のことを考え出したの」

悟「牧場へ行ったのか?」

由貴「馬の練習場だった。道中、あちこちに馬が草原を駆け抜けていたし、絵になっていた。それを見て、少し怒っていた気持ちが変わったの」

悟「そうか…。馬に教えてもらったんだ…。いいなぁ、馬に会ったんだ…」

由貴「うん…」

カナ「どうして馬に会ったの?」

由貴「その人、競馬をたまにしてるって言ってた。それで競馬場で見る馬がどうやって練習してるのか、見たかったらしい。実際に見た馬は来年レースにデビューする馬たちだっから…」

悟「そうなんだ。いいなぁ、うらやましいなぁ」

由貴「…私、その馬たちを見ていたら、悟のことを考えてた」

カナ「由貴…」

由貴「なんであの時カナといたのか…って。本当にたまたま肩を組んでいたところだけを見かけたのかどうか…。本当に信じていいのかわからなかった。でも大切な人を信じるのも大事だなぁ…って。来年レースにデビューする馬がひたむきに練習に打ち込んでる姿を見たら、考えさせられたの。私もひたむきに考えようってね…」

カナ「由貴…」

悟「由貴が話してくれたから、オレも話す。でも話したら『言い訳』って思われたくないから、あくまでオレの独り言として聞いてほしい」

カナ「………」

悟「『独り言』、話してもいいかい?」

由貴「………」


由貴が黙ってコクりと頷く。


悟「あの時、由貴に内緒でカナに相談していたんだ。カナは由貴のことをよく知ってるからね。だって幼なじみだから…。カナもことを快く相談にのってくれたんだ。ちょうどあの時、オレが頼んでいたものをカナが取りに行って持ってきてくれたんだ。その時、カナがバランスを崩して倒れそうになって、オレが肩を支えたところに由貴が来たんだ」

カナ「由貴、ゴメンね。私が誤解を招くようなことをして…。由貴がショックを受けた気持ち、私、ダメよね…」

悟「あれからずっと、カナが自分を責めてるんだ…」

由貴「なんで私のことでカナに相談するのよ? 私ではダメだったの?」

悟「ゴメンな。理由があるんだ。九州へ旅行だから、オレ絶対由貴に…と思って。だけどギリギリになったから…」

由貴「どういうこと?」

カナ「…………」

悟「本当なら九州の旅行で由貴に話したかったんだけど…」

由貴「何よ?」

悟「カナに証人として今立ち会ってもらう」

カナ「うん…」


悟がそっと由貴に小さな箱を差し出した。


悟「由貴、誤解を招くようなことをして申し訳なかった。由貴にこれを渡したかったんだ」

由貴「な、何よ?」

悟「中学の時に出会って席がとなり同士で話してて、楽しかった。カナと出会って、カナは由貴の幼なじみ。彼女と彼女の親友だ。オレは由貴と高校の時に付き合って、間があいてまた付き合って、もう由貴と離ればなれになりたくないんだ。だからカナに少し由貴のことを教えてもらってたんだ。それで、これを渡したくて…」

由貴「何よ? 開けてもいいの?」

悟「あぁ…」


由貴が小さな箱を開ける。


由貴「…え?」


由貴が驚いた。小さな箱の中には、キラキラ輝いた指輪が入っていた。


由貴「これ…」

悟「九州へ旅行に行った時に渡そうと思ってたんだけど…、こんな形になってしまって…」

カナ「由貴、本当にごめんなさい」

由貴「カナ、悟…、私…私、私がバカだった」


由貴が号泣する。小さな箱の中には、指輪が入っていた。


由貴「悟…これ…」

悟「九州旅行で渡す予定だった。こんなオレだけど、結婚してください」

由貴「悟…、ありがとう。こんな女だけど、これからよろしくお願いします」


由貴は泣いている。悟はホッと胸を撫で下ろした。カナも由貴の涙を見て、もらい泣きしている。


悟「カナに相談してたんだ。オレ、由貴のことずっと見てたんだけど、どうしてもアクセサリーの好みは分からなかったから、由貴のことをよく知ってるカナに聞いていたんだ。由貴に内緒でね…。そしたら、こんなことになってしまって…」

カナ「私があの時バランスを崩していなければ、九州で悟が由貴に渡せたんだから、私の責任よね…」

悟「いや、それは違う。オレが余裕をもってカナに頼まずに自分で引き取りに行っていれば何事もなかったんだ。だから、カナは何も悪くないよ。オレが自分で蒔いた種だからね…」

由貴「悟、カナ…、私、あなたたちを疑ってた。私がバカだった。早合点して北海道へ逃げたんだから…。本当にごめんなさい」

カナ「由貴…、私もごめんなさい」

悟「由貴、カナ、本当にゴメン。由貴、九州旅行、仕切り直して行かないか?」

由貴「うん…。ありがとう。今度のリベンジにはカナも一緒に行こうよ」

カナ「私はいいよ。2人で行ってきなよ。邪魔したら悪いから…」

悟「あー、良かった。仲直りができた」

由貴「ありがとう、悟、カナ…」

悟「あぁ…」

カナ「うん」

由貴「あのね、実は私、ここに来るのが正直怖かったの。それで、仙台から北海道まで私のワガママを聞いてくれた旅の人に東京までついてきてくれたの」

カナ「そうなんだ」

悟「旅の人は今どこにいるの?」

由貴「柴又に行く…って言ってた。それで私、これまで迷惑をかけたから、せめてもの恩返しで今日本当なら京都へ戻る予定だったんだけど、無理を言って今日東京で泊まってもらうことにしたの。私が部屋を予約して…」

悟「そうか。お世話になったから、挨拶しておかないとなぁ…」

由貴「うん」

悟「どこのホテルを予約したの?」

由貴「実は、このホテルなの」

悟「そうなんだ」

由貴「ちょっと連絡してみる」


由貴は真一に電話をかける。


由貴「もしもし」

真一「もしもし」

由貴「いまどこにいるの?」

真一「いまはホテルにチェックインして部屋にいるけど…」

由貴「あの、今しんちゃんがいるホテルのレストランにいるんだけど、ロビーで会えないかなぁ?」

真一「かまへんけど(かまわないよ)…」

由貴「じゃあ、待ってるね」

真一「わかりました」


真一は自室からロビーへ移動する。

一方の由貴、悟、カナもロビーへ移動する。

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