第二話 君を彩る






「意図的だとしたらあんまりじゃないか。今日は日直だから僕。昨日は日付と同じ出席番号の僕。先週は当たった人の後ろに座ってた僕。まったく、吉岡よしおか先生は僕に何回方程式を解かせたら気が済むんだろうね。三森、聞いてる?」

「聞いてない。……間違えた。キイテル、キイテル」

「なんて悪い奴だ、本音を隠すのが下手すぎるよ」

 移動教室で旧校舎に向かってる間、風見の愚痴は続いた。その内容は正直どうでもよく、俺はまったく別のことを考えていた。タンポポの彼女だ。

 本当に些細な出来事。その時はそれ以上思わなかった。なのに、あれから日が経つごとに彼女のことを考えている。

(なんでちゃんと名札を見なかったんだ……)

 近距離で、顔を合わせて、会話もして。これ以上なく自然に名前を確認できる機会だったと今なら思う。胸のプレートは小さく、離れたところからは読みようがなかった。そう、見かけてはいるんだ。離れたところからは。

 教室から見下ろす昼休みの校庭。

 広い食堂の離れた座席。

 友達と話ながら歩く廊下。

 きっと今までもあったはずのすれ違いに、あの子を見つけてしまう。人混みの中で鮮やかに目を引くんだ。枯れ葉に紛れた春の黄色みたいに。

「あ、見つけた!」

 風見の声にギクリとなる。思考を読まれるわけもないのに、一瞬コイツなら出来かねんとさえ思った。なんてことはない、風見が見上げる先にいるのは例の三年生らしい。……いや、なんで見つかるんだよ。

 校舎を仰ぐ。俺にはよくわからないが、たぶんたくさん並ぶ窓ガラスのどこかに姿があるんだろう。

「お前、本当によく気付くな」

「センサーが働くのさ。恋とはそういうものだよ、三森」

「恋、ねぇ」

 頭の隅に浮かぶ顔。恋なんてそんな大袈裟なもののつもりはない。だけど、妙に落ち着かない気持ちになって、なんとなく首の後ろを掻いた。


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