第19話 さよならは突然に訪れる

 眠っていたシイコが、不意に起き上がって、最高の笑顔で、トオルに抱きつく。

 トオルは涙をぽろぽろこぼしながら、ぎゅうと抱きしめ返した。

「シイコ、なあ、戻らないで……俺のとこ、ずっといてくれよ、なあ、シイ……」

 その瞬間だった。トオルの腕からすり抜けるようにシイコの姿がかき消え、茶碗が真っ二つに割れた。からん、と、乾いた音がして、あのときトオルが茶碗に埋めた種が、割れた茶碗の片方に転がった。

「シイコ!!」

「……種に……戻ったの……」

「そういうことです。ハッピーシードは、役目を、終えました」

「役目を終えたって……俺まだちっとも幸せになってないじゃないか! なあ!」

 ぼろぼろと泣きながら、トオルはミヤコにすがりついた。いままでの陽気さが一転、ミヤコは、とても冷静だった。

「……あなたが、気づいていないだけですよ」

 ノゾミは茶碗の片端から種を拾った。なににも似ていない、初めて見る形の種だった。しばし、トオルと種とを見ていた彼女は、空間を見つめなおしてから、ひとりごとのように、言った。

「たねもの屋」

「なんでしょう」

「この種、また土に埋めたら、どうなるの?」

「……さあ……ただ言えるのは、同じ花は咲かない、ということくらいでしょうか。ハッピーシードの花は、そのとき限りのものですから。土に埋めても、もう、普通の花しか咲かないと思います」

「それでも、埋める価値は、あるわね?」

 ノゾミの言わんとするところを察したミヤコは、静かに言った。

「――あなたが、そう思うのなら」

「そう。ありがとう。そのうち植木鉢を買いに行くわ、あなたの店にね」

「配達いたしますよ。そこまでがアフターフォローですから。では、また後日」

「ええ、待ってるわ」

 ミヤコは静かにトオルの家を去った。

 ノゾミはミヤコの気配がなくなるまで彼女の背中を見つめたあと、トオルのほうへ向いた。彼はまだ、子どものようにしゃくりあげていた。いい歳をした大人ではあるけれど、トオルの混乱は見てとれた。

 自分が同じ立場になったらどうだろう。ノゾミはどこか頭の片隅で考えていた。

「幸野」

「……わかんないです。俺、何が幸せだったんだろう。なんでシイコは消えちゃったんだろう。主任……俺、シイコ幸せにできたんですか。俺はシイコがいて、主任がいて、幸せだと思ったのに。シイコいなくなっちゃって、俺、俺、…………」

 ノゾミはゆっくりと、やさしく、包み込むように、後ろからトオルを抱きしめた。

「幸野。……の種、ちゃんと、残ってるじゃない。私だって……ここにいる。大丈夫。大丈夫よ……」

 トオルは泣いた。ノゾミから受け取った種を握りしめたまま、たくさん泣いた。

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