月一バトルロイヤル
朝、言ってた畑、もう収穫はだいぶ前に終わっているらしくむき出しの土、周囲には掘り返されたウマイモの蔓や葉が積み重ねられ、乾燥して変色していた。
更にその周囲は早しで、村にも道にも遠い、隔絶された場所に、四人、程よい距離で円を組む。
道中、ここの持ち主らしいおじさんに許可ももらい、憂いは無く、後は戦い決着をつけるだけだった。
「どうやら今回も逃げ出す方はいなかったようですね」
「驚きだ。まさか私との実力差が未だに理解できていないとは、まるで成長してないな」
「はぁん。もう戯言はいいか? じゃあ潰すぞ?」
「今日こそまとめて俺っちが……おい」
トーチャの言葉を遮りリーア、輪の中に入る。
「危ないですから下がっていてください」
「嫌よ」
リーア、きっぱりと断る。
「あなたたち、それぞれ自分が勝ち残れると思ってみたいだけどそんなの知らないわ。妾はあなたたちを雇った。だから契約を遂行しなさい」
「ですから言いましたよね。彼らを打ち倒した後に僕一人で」
「何よ。それを信用しろって? これで全員怪我して台無しになっちゃったら妾どうするのよ! 禁止よ中止よ! 戦いたいなら妾の仕事終わってからにしなさい」
昨日言うべきことをいまさら言って、当然のように誰も従わなかった。
「残念だがお嬢ちゃん、こいつぁ漢と漢の問題、仕事にゃくらべられねぇんだ」
「だからちょちょいのちょいで終わるから、ちょっと待ってろ」
「まだわからないのか。貴殿らのその物事を正しく見えていない眼が、この娘に不安を与えているのだ」
「口はいいです。いい加減、行動で証明しましょう。準備は?」
勝手に進める四人にリーア切れた。
「いいわ。だったら妾も戦うわ」
頭に血の上っての突発な申し出に、やっと四人、リーアを見た。
「いやそいつはお嬢ちゃん、無理だって」
「何が無理なものですか。妾も短い間とは言え一緒に旅してきたメンバーでしょ? だったら参加する権利はあるわ」
「おごるな。これから先、怪我じゃ済まないんだぞ」
「何よ。そんなに妾に負けるのが怖い?」
安い挑発、だけども四人にはてき面で、それ以上はとやかく言わなくなった。
「……では、いつも通り、このコインを投げて地に落ちたら一斉にスタートです」
粛々と進めるマルクに、だけどもリーアは恐れがなかった。
ピン。
指で弾かれ回転しながら空へ、そして落ちてくるコインに五人、見上げながら身構える。
そして音のない落下、それとほぼ同時に最初に動いたのはリーアだった。
「bomba!」
弾かれる前に貯めていた魔力、落下よりも先に終わらせていた呪文、アンチマジックの完成、青い光が広がって、トーチャは落ち、ケルズスは剣を抜き、マルクは杖を構えて、ダンがゆらりと身を揺らした。
「どうよ!」
リーアの短絡的な考えは、ここまでしか考えていなかった。
ただアンチマジックで戦場をめちゃくちゃにすればみんなうんざりして、それでこのバカげたイベントは終わる。諦める。元に戻る。
子供らしい安直な考え、それをリーアに後悔させたのは、目前に迫るダンの姿だった。
それなりにあったはずの間合いがあっという間に走破され、全力で向かって来る虎の獣人、リーアよりも大きいだけの体が寄り巨大に見えて、あのミルクを噴き出していたのと同一人物とは思えない、鋭い眼光に、リーアは自分の考えが甘かったと初めて知った。
これが、戦い。
本気の、本当の、じゃれ合いじゃない、迫るダンの姿に、リーアははっきりと後悔していた。
強張る体、動かない足、ただ思考だけが加速される中、目の前でダンが真横に吹き飛ばされた。
「なぁにやってんだてめぇは!」
吹っ飛ばしたのはケルズス、腰を狙った横薙ぎの大剣、刃を向けた本気の斬撃、だけども刃がわき腹に触れる前にダン、膝と肘で挟んで抑え、両断をこらえたのをリーアは辛うじて見ることができた。
それでも勢いまでは殺せず吹っ飛ばされて、だけどもコロコロ転がりすくりと立つダンに、ダメージは見られなかった。
「何とは心外な。バトルロイヤルは弱者から潰していくのが定石、流石に私でも彼女の方が弱いのは認めるところだ」
「なぁにが認めるだ馬鹿野郎。雑魚相手、女子供相手に全力で潰しに行く馬鹿がどこにいるってんだ」
「それこそ私を馬鹿にしている。本気の一撃など放つわけもない。ただ首の後ろにトンと、優しく寝かせて上げるのみ、だ」
言い合いながらザクザクと間合いを狭めてくるダンに、ケルズスは大剣を上段に構える。
互い、真剣な眼差し、本気でやり合う覚悟、ヒシヒシと戦闘の空気を肌で感じながらもリーアは、場違いな足の違和感を感じていた。
それは足首から脹脛に、膝を超えて内太ももに触れて、ようやくやっと目線を二人から放してスカート越しに触れると、硬い何か、熱を帯びていた。
「ちょっと!」
慌ててバサリ、パンツが見えない程度にはためかせると端っこがチラリ、トーチャの姿が見えた。
「ちょっと何でそんなところにいるのよ!」
「うるせぇ! 俺っちだってこんなとこ登りたくないやい! だけどここ以外に登頂ルートないだろが! いやだっらたアンチ解いて俺っちに飛ばせろコンチキショー!」
そう叫びながらもぞもぞ、這い登って来る。
「言っとくがな! お前みたいなチンチクリンに興味なんかねぇんだよ! それにこんなか暗い上に色々でかすぎてエロい気にもなれねぇや! だから安心して首絞めさせろ!」
「何でよ! 離れて! 出ていきなさい!」
スカートの中のトーチャを振り払おうとクルクルバサバサやってるリーアに、ダンとケルズス、先ほどの緊張感も忘れて呆然と見てしまう。
そこへ、マルクが口を挟む。
「今回もまた、困ったことになりそうです」
そう言って一人、離れたところから見るのは畑の向こうの林、その間の道からぞろぞろとやってくる集団だった。
みな見覚えのある服装、黒革のズボンにジャケット、そしてスキンヘッド、いつぞやにボコボコにした『ブラック・ブル・ブラッド』だった。
ただし今回の数はその時の十倍、二百は超えている頭数、武装も手斧だけでなく、槍や剣、服の上にプロテクターを付けているものも見える。そしてその中央には手作りらしい
「貴様らだな! 俺の金貨少女をかっぱらったっていう四人組は!」
怒鳴るのは御輿の上、スキンヘッドの一人、一際大きく、肩には金属のスパイク、手には金棒、鼻にピアスの大男だった。
その登場に静かに構え直す三人、目もくれずに暴れるリーア、そしてその足から剥がされて蹴り飛ばされたトーチャ、五人はあっという間に囲まれていた。
「部下共が大分と世話になったらしい。この借り、きっちりと返させてもらうぜ」
御輿の男の宣言、スキンヘッドたちがざっと前に出る。
これを前に、身構える三人から出たのはため息だった。
「まだ、大丈夫ですよね?」
「私は一向にかまわん」
「はぁん。まぁ、風が吹いたもんだろ」
話してる間にトーチャ、土の上に落ちる。
「あぁ上等だ。どいつもこいつも調子乗りやがって、マジのガチでぶっ殺してやる」
小さな体に大きな殺意を抱えて、だけども歩く姿はちまちましていた。
やる気の四人に御輿の男、さっと手を上げる。
それを合図に集団の奥から出てきたスキンヘッドたち、手に抱えた壺から液体を土に撒き、そして松明で火を放った。
燃えて焦げる臭いは油、皮肉にも昨日あれだけ食べたバターの香りだった。その炎は畑周辺で枯れてた蔦や葉に燃え移り、気が付けば五人、周囲を炎に囲まれていた。
「さぁ! これで逃げ道は無いぞ! 数に潰され存分に公開するがいい!」
高らかな宣言、盛り上がるスキンヘッドたち、これにトーチャ、どさりと土の上、胡坐で座り込む。
「……俺っちの負けで言い」
いきなり降参した。
「この状況、炎を使う俺っちが圧倒的有利だ。それで勝てたとしても、手柄はあいつらスキンヘッドのもの、俺っちのじゃない。もう好きにしろってんだコンチキショー!」
手足を投げ出し、土の上に仰向けに寝そべって拗ねる姿に、残り三人、ため息をつく。
「はぁん。まぁた邪魔が入っちまった」
「これで貴殿の敗北を認めたらそれこそ、私の勝利がアレのものになってしまう」
「火を消して、あいつら潰して、それから場所を探して仕切り直し、また三十日後に延長ですかね」
「何よ。ちょっと待ちなさいよ」
進む話にリーア、割り込む。
「妾が戦いに参加しても邪魔扱いしなかったくせに、火を点けられた程度で延長するわけ?」
「僕に訊かないでください。今回の原因はあそこで寝てますから」
「あーそーだなー、俺っちが負けたんだよなー」
「見てわかるだろう。あぁも腐ってしまっては倒す価値もない。だから延長なのだ」
「何よそれ。結局あなたたちの主観で決めてることじゃないの。フェアじゃないわ」
「なぁに言ってんだお嬢ちゃん、俺様らの五人目になりたいって言ったのはそっちじゃねぇか。それにアンチマジックなら、気絶させりゃそれで取り除けんだからなぁ」
「……じゃあ何、妾が戦いに参加しないって言ったうえで、こっそりアンチマジック使い続けたら、それはそれで邪魔だから戦わなかったわけ?」
リーアの問いに四人、誰も応えなかった。
あっさりとした、だけども方向性は間違ってなかった考えに、あれだけあった後悔は消し飛び、やはり妾は正しかったと開き直るリーア、その反動か解けてしまったアンチマジックに、トーチャ初め四人、本調子に戻る。
……そして、スキンヘッド相手に、またつかなかった決着のうっぷんぶつけ、四人は仲良くはっちゃけた。
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