イーストノース開発特区

長い長いお祭り

 新年のご挨拶パスタ四皿、収穫祭おめでとうなパスタ二皿、新兵激励鳥の串焼き十七本、狩りの腕はてんでダメなのよビーフハンバーグステーキ六枚、劇場オープニングセレモニーのチーズセット二皿、美味しいと頬張ってくれた焼きウマイモ三皿、初めての公務泣いちゃったスープ一杯、精霊際の前は静かなスープ一杯、黄色いドレスのスポンジケーキ一つ、青いドレスのスポンジケーキ一つ、プリンセスが毎日飲んでる紅茶三杯、夢見るドリームホットミルク一杯、さわやかレモンのおトイレ紅茶一杯。


 真昼間、お祭りの熱気にあふれる村の混沌の中、屋根だけのテント、簡素な折りたたみ式の椅子と机、やたらとカラフルなお皿に盛られた量少なめの料理に四人、テンションダダ下がりで不満たらたらだった。


「うぉい、このハンバーグ、喉が焼けるほど甘ぇんだけどよぉ。ソースじゃないぜ? 肉がべった甘いとか、砂糖練りこんでんのか?」


「このパスタもだ。具もなくただ甘い。私は初めて食すのだが、これはこの味で合っているのか?」


「このスープって、違いが中のウマイモの形だけなんですね。それと味はただの塩味、出汁を取るということを作った人は知らないみたいですね」


「おい。このお茶全然レモンの味も香りもしねえんだが、これって舐めてんのか?」


 ぶつくさと失望の声、がっかりを通り越して男四人が泣きそうな顔で料理を啜っていた。


 そこに同じく座りながらも、リーアだけがこんなものと、元より期待してなかったから失望もなかった。


 その代わりに、体の芯から熱くなるような恥ずかしさだけがあった。


 ここはお祭りやイベントの時だけ開かれる出張カフェ、今並べられている料理は全てコラボメニューだった。


 それぞれ一品ごとにモチーフや元ネタが存在しており、味や量や栄養よりも、一品を話の種として身内で盛り上げるためのものでしかなく、値段こそ高価ながらそれは高揚した気分に便乗しただけであって料理単体で見れば三流四流なのは当然だった。


 そして、今回のコラボ、モチーフ、元ネタは、外ならぬリーア自身だった。


「リーア姫誕生祭ってことはだ。お嬢ちゃんってば誕生日だったのかぁ、おめでとさん」


「ありがとう。でももう二月も前の話よ」


 冷静さを装って応えるも、耳まで赤くなってると自覚している。


 これだけメニューが作られて、そして食べられているのは人気のある印、だから些細な事柄さえもがみんなに記憶され、話題になることは喜ばしいことだ。


 それに王族、お姫様ともなれば私事など存在せず、どこで何をどうしたか、国民に広く知られるのが当然の公務であって、だからこそ手本になるよう、恥ずかしくないようにしようと気を引き締めるものだと教えられてきた。


 だからといって、そんなのよりも前の、本当に幼かったころの、物心つく前の話、初めての公務で泣いちゃった話を蒸し返されるのは、また別の話だった。


 それを会う年寄りが毎回のように口にして、子ども扱いしてくる、それだけならまだまし、だけどこの四人に知られて笑われるのは、いや、とリーアは唇をきつく結ぶ。


 あまり深く話題にしたくない、そんな乙女心を読めないのはダンだった。


「ほう、ここでは王族の誕生を長々と祝うのだな」


「祝わないわよ。王都でもちょっと騒ぎになるぐらいでやって一週間、当日過ぎたらもう次のイベントよ」


「ほう、ではここは何故まだやっているのだ? 日数を数えるということができないのか?」


「できないんじゃないの。ただ他に無いのよ」


 照れ隠し半分、地方とはいえ国を馬鹿にされてむっとしたのが半分、リーア、饒舌に反論した。


「元々ここは物流の中心地だったの。地方の村々から収穫した農作物なんかを集めて、仕分けして、各都市に分配する市場だったんだけど、作ってるのウマイモばっかりで特産物なんて無いのよ。そのウマイモだって質の向上のしようもないし、後はコストをいかに下げるか、だけど一番大きな輸送コストを考えちゃうと王都にも国境にも遠いここじゃ、立地の段階で勝負終わっちゃってるの。だからウマイモ以外でお金を稼ごうとしてるのよ」


「それでお祭り、ですか。しかしそれにしても二カ月前の誕生祭を長々とというのは少し考えものですね」


 睨む先を小ばかにしてくるマルクへ。


「言ったでしょ? 他に何も無いのよ。ここに来る間も森、林、泉、川、そしてだだっ広い畑、何もないの。それがここだけじゃなく、各地方村も似たり寄ったり、自慢できる偉人もいなければ気の利いた伝説もない。唯一ランドマークにできるのが公共の劇場だけ、そしてまともな演目もないから話題がオープニングセレモニーに妾がやって来た、だけで止まっちゃってるのよ」


「はぁん。あれだな。後先考えないで箱もの作って、だけども使いこなせないで、その維持費に奔走してってとこだろぉさ。典型的な地方開発、村おこしの失敗例だなぁ。後は若者離れ、老人溢れ、過疎が加速し、ひたすら赤字を垂れ流す。その前にすっぱり切り捨てて統廃合するってぇのが上のもんの責任だぜぇ」


 今度は知った風な口を利くケルズスを、リーアはにらみつける。だけども、言ってることは真っ当なのでため息で終わった。


「わかってるわよそんなこと。でもこれは恥じることじゃあないわ。他の国では戦争、飢饉、重税で食べるのに困ってる。けど妾の国じゃあみんなが食べられるから食べ物余ってて、お金に困ってるっていう贅沢な悩みなの。他に類がないから手探りなだけで、この問題解決が他での、歴史でのモデルケースになるんだからね見てなさいよ!」


「解決できりゃあなぁ」


 またケルズス、リーアは睨みつけながら紅茶を啜る。


 冷めてて、何の香りもしないただの色付きお湯にありったけの甘味料を溶かし込んだ、紅茶と呼ぶのも憚られる液体、なのに値段だけは高級で、これまで買ってきたどの飲み物よりも高価だった。


 こんなものでぼったくらなきゃならない地方財政、陥没した道路に手入れされてない看板、幼いリーアにもわかる地域格差、何とかしなければとは思えても、具体的な答が出てこないもどかしさ、リーアは口の中で安い紅茶を噛みしめた。


 漂う悪い空気、それを読めないダンが口を出す。


「しかし、過疎だなんだと言っているわりに人が多いような気がするが、気のせいか?」


「それは、そうね」


 言われて改めて見回す五人、王都ほどではないが多い人通り、観光客はまばらで多くがここらの住民とわかる服装で、ワイのワイのとやっている彼らからは変な活気が感じられた、


 と、トーチャが答えを見つけた。


「おい、あれじゃねぇか? 何かほら、イベントか?」


 そう言って何やら指をさしている、ようだけどその手、その指はちっちゃくて方向が分からない。それでも目を凝らし、刺してるものをリーア見つけて、そして見なかったことにした。


「はぁん。ちょうどいいじゃねぇか」


 ケルズス、見つけてしまった。


「なるほど、まさしくぴったりじゃないですか」


 続いてマルク、嬉しそうだ。


「……どこだ?」


 ダンだけが見つけられなかった。


「行くわよ」


 ガタリ、席を立つリーア、皿はほぼ空っぽ、お金は前払い、だというのに四人、誰一人として続かなかった。


「何よ!」


「なぁおい。俺っちたちは何で旅してんだっけ?」


「それは、妾が姫であることを証明するためよ」


「だったらなぁお嬢ちゃん、これほどぴったりなイベントはそうは無いぜ。これこそ天の助けってやつだ」


「おい、何俺っちのいい話横取りしてやがんだ。甘いもん食いすぎて頭甘くなってんじゃねぇのか? あ?」


「知らないわよそんなの。そもそもあれに参加したところでどんな評価受けようとも何の証明にもならないでしょ? それどころか参加した段階で偽物と言ってるようなものだし」


「いえいえ、あぁも大きく宣伝しているのです。きっと目利きの方々が集まっていることでしょう。でしたら、本物を見たことがあるはず、避けるのは得策ではありませんよ」


「何よ。それっぽいこと言って、ただ妾をおちょくりたいだけでしょ」


「そりゃあ、なぁ」


「おい無視してんじゃねぇぞ筋肉スイーツ、焙ってキャラメルにしてやろうか」


「下賤な好奇心が無いと言えば嘘になります。ですが、これもチャンスであるのも事実、それに話題になればどこかの誰か、適切な方に気が付いてもらえるかもしれませんよ?」


「それは……」


 リーア、正論を前に口ごもる。


 口ごもりながら、必死に参加しない理由を探すも、見つけられなかった。


「あ! あぁ! あれか! あの『リーア姫そっくりさんコンテスト』! ほう、第五回とは、人気があるようだな」


 ダン、遅れて見つけて話しに入ってきた。


 そしてリーアに逃げ道は無くなった。

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