孤高なる筋肉に万雷の拍手を

「は? 何よそれ、ずるっこじゃない」


 リーアの非難する声は歓声にかき消された。


 観客たちがもたらす大歓声、降り注ぐ拍手、口笛に踏み鳴らす足い音、みな立ち上がって頭上で何かを振り回している。


 その観客たちに手を上げ応えるローズ、そうしている間に今度はネックレスが輝き出し、それに呼応して胸の傷がみるみる塞がり、終には傷跡も残らず完治した。


「ほう。回復の術も使えるのか」


「僕に訊かないでください」


「馬鹿言え、あんな雑魚が複数契約できるもんか。ありゃ別んところから遠隔で付与されてんだよ。あのパワーもエンチャント系だろさ。そんなんもわかんねぇとか目玉は飾りだな」


「あぁ、わからないな。魔法魔術など弱者の創意工夫、称賛はあっても勝機は薄い」


「あぁ? それは俺っちに対する挑戦か?」


 変わらずもめてる三人に囲まれたリーアが見つめる先、戦いの場では未だにケルズスが炎に巻かれていた。赤い炎に灰色の煙、うっすらと張り付いてるだけのように見えるが炎は炎、その熱さに太い手足を出鱈目に振り回していた。


 そんな光景を睨みながら、すくりと立ち上がるリーア、だけども左右の二人は動かず、だからその場から移動できない。


「ちょっと!」


「僕に言わないでください」


「言わないわよ! 文句を言いに行くのはあっちによ! 退きなさい!」


「落ち着け。ルールでは魔法の使用は言及されてなかった」


「何よ! あの火が武器じゃないって! ばっかじゃないの! あんなのずるっこ! インチキ! 反則よ!」


「かもしれない。だが、そう思っているのはここだけだ」


 そう言ってダン、思わせぶりに視線を向けると、喜び興奮する観客の中に、こちらを鋭く睨むものがちらほら混じっていた。


「あなたは賭けすぎたんですよ。あの金貨一枚、それだけでチャンピオンへの配当金差し引いてもぼろもうけです。ならば反則負けに文句言うのは僕たちぐらいでしょうね」


「だから何よ、ビビってるの?」


「なんだぁてめぇ。口には気を付けろって、口で言うだけじゃわからねぇってか、あ?」


「退きなさい!」


 目の前に降りてきたトーチャをリーアは手で払う。


「てめぇ」


「何よ! そんな顔で睨んで何よ! こんなとこで愚だってる暇あるならさっさとあいつ助けに行きなさいよ! あんなんでもあんたらの仲間なんでしょ!」


 リーアの一言に、三人、今度はそろって鼻で笑った。


「何よ!」


「愚問だな」


「同感です」


「だから何よ!」


「わかんねぇのかよ。あんなちゃちな炎で焼き殺せんなら、俺っちの下僕になんざなれねぇって話だ」


 トーチャの言葉に重なるように観客の歓声に変化、どよめきが広がる。


 その中心で火に巻かれたケルズス、立ち止まり、その太い両腕を高く高く掲げていた。


 まるでその筋肉を見せびらかすかのような大げさなポージング、そこから大きく円を描くように振り下ろし、へその前で両手を打ち鳴らした。


 パン!


 大きく弾けた音、同時に肌に感じるほど確かな衝撃、その動作一つでケルズスを包んでいた炎は消え去っていた。


「なぁんでぇ! 魔法もアーティファクトもありなら先言ってぇの!」


 ガハハと笑うケルズスの口からポポポと煙が噴き出る。心持ち髪の量が減った気もするが、それ以上のダメージはなさそうだった。


「……何よ、あれ」


 常人場慣れした動き、平然としている筋肉にリーア、腰を抜かす形でぺたりと座席に落ち戻った。


「悔しいが、やつの剛力や頑強さは私を上回る。そこへ今の動き、手と手、挟んだ腋、圧縮された空気の爆発はあの程度の炎ならかき消せるでしょうね」


「加えてですね。彼は肌から魔力を吐き出してます。制度は酷いものですが、量はなかなかです。火で焼かれてないのもそこらでしょうね」


「わかったかガキ、ありゃただの力自慢じゃねぇんだよ」


 納得、したわけではないリーア、だけど更なる質問をする前に状況は更新されていた。


 ローズ、炎から生還したケルズスを前に、周囲を囲っていた丸太の柵一つを抱え、持ち上げ、振り返り様に一撃、フルスイングを見舞った。


 これにケルズス、両腕で防御売するも、その巨体はまるで風に飛ばされた洗濯物のように軽々と吹き飛ばされて宙に浮き、そして丸太の小屋の一つに墜落、押しつぶした。


「まぁだからって、ちょっとばかし強いってだけだけどな」


 のんきなトーチャ、沸き上がる歓声、勝鬨を上げるローズ、ケルズスは崩壊した小屋の粉塵に呑まれて見えない。


 反応しきれないリーア、それでも見開いた目が一瞬光に眩む。


 光ったのは、ケルズスが置いていった荷物の一番上、黄金の籠手だった。


 それと同時に粉塵内部から、太い右腕がぬぅっと突き上げられた。


「来い! ミダス!!」


 ケルズス、命令、途端に黄金の籠手がふわりと浮かび、そして矢のように引き寄せられると、そのまま右手にすっぽりと納まった。


「喜べ、そして歓喜しろ。俺様の全力、喰らわせてやるぜぇ」


 わなりと蠢く指、晴れた粉塵の中から笑うケルズスが現れ、そして叫んだ。



孤高なる筋肉に万雷の拍手をウェイクアップ・マッスル・アスリート!」



 高らかに叫ぶと同時に突き上げる黄金の拳、そしていくつもの手が叩き合うような音と共に眩い閃光、溢れ出したのは雷だった。


 本物に比べたら矮小、それでも本物の雷、影をもかき消す稲光が駆け抜け、のたうつと、まるで針で縫うようにケルズスの身を貫き絡まる。


 その度に肌はどんどんと赤くなり、丸みを帯びていた体に陰影産まれ、浮き出た血管が脈打つのがリーアの席からもはっきりと見えるほど、浮き上がっていた。


 それはもはや変身に近い変化、雷に輝く筋肉の彫刻、その異様な姿に、恐れを抱いた観客たちが次々と逃げていく。


「何よ、あれ」


「あれが、あの籠手の力です」


 何度目かのリーアの質問、答えたのはマルクだった。


「属性はご覧の通り雷、ただし外へ放出しての攻撃ではなく、内へ流しての能力強化、原理は忘れましたが、電流を流すことで筋肉の限界値ギリギリまで力を引き出すんだとか、それと普段もそうしてトレーニングしているそうです」


「何よそれ。凄いじゃない」


「えぇ、ただまぁ、欠点もありますよ」


「何よ欠点って」


「あれ、派手ですが痛いんですよ。乾いた時にバチリとなる静電気、あれと同じようなことが全身で、絶えず起こっている。笑って見えますがあれも食いしばって我慢してるんですよ。そこまでして手に入れたパワーは、まぁ見た方が早いですね」


 そう言うマルク、見つめる先でケルズスが動く。


 ゆっくりと、練るように歩き、その度に諸々の影か走り抜ける。向かうは反対がの小屋、周囲から人が消え、中が空っぽになるのを舞ってから、そっとその一面を抱きかかえる。


 ベグン!!!


 聞いたことのない音、立てて、抱えられた壁はひしゃげて飛び散っていた。


 まるで紙でできていたかのように、だけども転がる破片は木片で、摩擦か圧力か、飛び散った破片からは白い煙が上がっている。


 それらを捨てたケルズス、次の小屋へ、今度はそっと、気を付けて抱え上げるもメキリ、無理に持ち上げられて変な力がかかってしまい、空中でたわみ、折れて、崩れてしまった。


 これも捨て、三件目、今度は腰を落としてそっと下に指を入れ、ゆっくりと傾けながら持ち上げて、静かに肩に、頭上にと抱え上げた。


 それらの動作に力みはない。ただ壊さないよう、慎重に、手加減しての動作、それを行うのはこれまでとは別次元のパワーがあるからだった。


 そのまま一歩一歩すすむケルズス、その度に持つ場所を変えているのはそうしなければ掴む指が丸太に食い込んで崩れてしまうから、気を配りながら小屋一軒をもってローズの前にと進み出た。


 その影に隠れて見えないローズ、だけどもその手から小屋の材料でしかない丸太が零れ落ちたのが見えた。


「じゃあ、行くぜぇ。食いしばんなぁ」


 ケルズス、宣言、揺れる小屋、同時に一歩、大きく踏み込むと同時に振りかぶり、そして横薙ぎ大きく振るった。


 その速度、冗談のように、まるで木の枝かのような軽々としたもの、なのに迫力は馬車の突撃、威力はそれ以上にも感じられる一閃、周囲に突風巻き起こすも空振りだった。


 ローズ、腰が抜け、しゃがみこんだ姿勢、掻い潜りその身は無事、だけどもそれが狙ってではないことは、汗と震えと表情で誰にでもわかった。


 だけどもケルズス、容赦せず、からぶった小屋を今度は真上に、頭上に高々と掲げ、叩きつける姿勢、そしてまた一歩、踏み出した。


「俺の負けだ!!!」


 絶叫、ローズの敗北宣言、響く。


 そこにはチャンピオンはおらず、ただ恐怖に頭を抱えてまるまる男が一人、いるだけだった。


 この、ずるっこもインチキも反則も関係ない、決着に、ケルズスは小屋を止め、影だけを被せる。


 続く沈黙、現状把握に誰も彼もが忙しく、当然と見ているのは三人だけ、そしてその空気の中で動けたのはケルズスだけだった。


「しまんねぇが勝ちは勝ち、もらってくぜぇ」


 言うやポイッと、乱暴に、粗雑に、正に八つ当たりのように小屋を投げ捨てると、崩れて壊れるのをしり目に、ローズの横をすり抜け、肩で風を斬りながら、向かう先は台座の上、聖剣だった。


 道を開ける観客、逃げる番兵、邪魔するもののいない台座を大股で登ると、わざわざこちらに向き直ってから、その柄に右手を、そして左手を添えて、そして掴んだ。


 腰を落とし、足の感触を確かめ、大きく息を吸い込むと、食いしばり、そして踏ん張り始めた。


 聖剣を引き抜く。


 この戦いの目的を実行しているケルズスに、誰も声を出せず、観光客も商売していた者たちも、ローズでさえもただ固唾をのんで見守っていた。


 それを面白がって見下ろす三人、ただ一人、リーアだけがあせっていた。


 抜けるわけがない。


 だけど折られてしまうかもしれない。


 不安、恐怖、だから何とかしなければと焦るも、どうしていいかわからず席も立てない。


 そうしている間にもケルズスの筋肉は盛り上がり、踏ん張り踏みしめた石段にひびが走っていく。


 馬鹿力、強化、魔法、それでようやくアンチマジックを思い出す。


 急いでペンダントを引っ張り出すも、遅すぎた。


「うぉりああああああああああああああああちゃりゃああああ!!!!」


 響く絶叫、それすらもかき消す爆発音、刺さっていた台座に大きなひび走り、砕け、そして弾け飛んだ。


 そしてケルズスがひっくり返る直前、聖剣の歪な瘤が付いた切っ先が白日に晒された。


 まるで絵物語の中の勇者のような光景に、誰かが呟いた。


「やっべ、ぶっこわしやがった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る