聖剣の行方

「どぉおおでぇえ、俺様のパワー、見事に引き抜いてやったぞぉ」


 自慢するケルズスは地面に仰向けで寝ていた。


 口は動いているが不自然なほど姿勢よく、手も足も緊張させてるみたいにピンと伸ばし、ピクリとも動かそうとしない。


 そんなケルズスに、リーアは容赦なく噛みつく。


「やったぞじゃないわよ! 何で引き抜いちゃうのよ! しかも土台ぶっ壊しちゃって! これ由緒正しいのよ! お金だってかかってるんだし! どう弁償するのよ!」


「それが嫌でみんな逃げちまったんじゃねぇかよぉ」


 そう言ってケルズス、首を何とか持ち上げて見た先、ソードコロシアムはもぬけの空だった。観光客も、売ってた方も、ローズも、それどころか聖剣を守っていた番兵さえもがいなくなっていた。


 残されたのは小屋に小屋の残骸、商品にハズレの引換券、ゴミクズ、そして崩れ去った台座が放置されているだけだった。


「まぁ。強がっていようと商売はグレーゾーン、賭け事は真っ黒、んで器物破損となりゃあ、トンずらもかくさぁなぁ」


「笑いごとじゃないでしょ!」


 寝たままガハハと笑うケルズスに、リーアがヒステリックに叫ぶ。


「うるせぇなぁ。ちったぁ音量考えろよ」


 そこへ飛んで戻って来るトーチャ、二人の間にフワフワ割り込むと大あくびした。


「どうだぁ? 残ってる奴いたかぁ?」


「いるわけねぇだろ。どいつもこいつも撤退しちまってマジで終わりだぜ」


「勝手に終わらせてんじゃないわよ! どうするのよこれ!」


 そう半べそで怒鳴りながらリーアが抱えているのは、ケルズスによって引き抜かれた聖剣の『女王の栄光』だった。


 銀一色の鍔に柄、まっすぐな剣身、シンプルなデザイン、だけどもその切っ先、石段に突き刺さって隠れていた部分に、不釣り合いな何かがへばりついている。


 例えるなら倒木に生えた食べられないキノコ、丸い瘤のような黒い石が左右段違いに合わせて五つ、へばりついてた。


「こんなの見たことないわよ! 何よコレ!」


「あぁ、こいつはなぁお嬢ちゃん、世にいう筋肉痛ってやつだよ。体、無理に電気で動かしたからなぁ、筋肉悲鳴上げててぇよ。回復すんのにちと時間がいるんだよぉ」


「聞いてないわよそんなの!」


 話のかみ合わないリーアの怒声に向けてなんとか首を動かそうとするケルズスだったが、努力届かず、わずかな角度で終わって元に戻ってしまう。


「ほっとけほっとけ、無茶したツケってやつだよ。まともに魔法も使ったことねぇ癖に高い籠手だかなんだか知んねぇが、そいつつけて調子乗ってこの様だ。笑ってやれ」


 そんな姿を見下ろしても平然としているトーチャに、ケルズスは力ずくで笑顔を作る。


「おう、好きなだけほざきやがれ。今ならおめぇ程度でも俺様に一矢やれっぞ」


「馬鹿言え、自爆した間抜け相手にすんのはチャンスとは言わねぇよ」


「勝手に話してるんじゃないわよ!」


 叫ぶリーアのもとに、マルクとダン、残されたゴミクズ内を漁り終わって戻って来る。


「どうだぁ?」


「だめですね。やはりロクなものは残ってませんね。せいぜいがおつり用の小銭と観光客の落とし物、後は怪しげなお土産ぐらいですかね」


 そう言って半端な大きさに半端に詰まった皮袋を見せるマルクと、その後ろに続く聖剣のレプリカが束で詰まった樽を抱えててるダン、二人の表情にはがっかりが浮かんでいた。


「何よ。また追いはぎ?」


「回収ですよ人聞きの悪い。あなたがお賭けになられた金貨の四倍半、お忘れですか?」


「何よ。違法賭博だって知ってら参加しなかったわよ。違法賭博なら違法賭博って言ってくれなきゃわかるわけないでしょ」


「いや、え、それは、いくら何でも無理があるのでは?」


「ってことは、価値あるのはこいつだけか?」


 そう言ってトーチャ、リーアの抱きかかえる聖剣の柄頭にペトリと座る。


「当然価値あるわよ! でも売り物じゃないわ! 退きなさい!」


 リーアの追い払う腕に飛び退くトーチャ、飛び戻って頭上、睨む。


「お前、何俺っちを羽虫みたいに追い払ってんだ? あ?」


「そんなの後よ! それよりこいつ! この変なの!」


 口は喧しくとも体は小さいリーア、両手で抱えてる聖剣をひっくり返し、震える手で抱きかかえながら切っ先を上に、そしてへばりついた瘤を見せつける。


 それにそっと右手の人差し指を伸ばしてはわせるマルク、小首を傾げる何気ない仕草には、幼いリーアにもわかる色気があったが、大切な聖剣の異常にそれどころではなかった。


「壊れちゃったのこれ?」


「いえ、壊れたのは間違いないですが、この異物は元からあったもので、これが剣が抜けなくなる仕掛けですね」


「……何よ。妾にもわかるように言いなさいよ」


「これ、この黒い石、これがアーティファクトですね。こいつがあの石段の中に仕掛けられていて、魔力で剣身を挟み込んで抜けないようにしてるんです」


「……はぁ?」


「で、あの馬鹿力がその石砕いてこれごと引き抜いちゃったんです」


「……壊しちゃったってこと?」


「まぁ半分は」


「やったぜぇ」


「黙って寝てなさい馬鹿力。それじゃあ何? もう妾が姫だって証拠にはならないわけ?」


「いえ、そうじゃないです。物理的には壊れて価値は皆無ですが、部分的にギミックとしては生きてます。つまり、正常に機能すればこの瘤が外れる、はずなのです」


「…………何、どういうことよ?」


「つまりだぁ嬢ちゃん、その黒いのが外せたらお姫様、じゃなかったからぁあ、なぁ?」


「は? 何言ってるのよ。妾は姫なんだから外れないこっちが壊れてるに決まってるじゃないの」


「だからなぁ、お嬢ちゃん。それじゃあ埒開かねぇじゃねぇか」


「話を持ってかないでください諸悪の根源筋肉さん。この手のギミックは普通、触れただけで発動するものです」


「してないわよ」


「でしたら、別の鍵、呪文や何かがあったのでは?」


「ないわよそんなの。前はただ触れて持ち上げたらそれで抜けたのよ」


「……僕に訊かないでください」


「何よ。使えないわね」


「なんですかその言い草は」


「あれではないのか。ほら、あれ」


「わかんねぇよ猫。魔法素人なんだから口挟むな無知晒して恥かいて憤死してろよ猫」


「……その素人の私にもわかることを、お主ら専門家が忘れていることの方が恥ではないのか?」


「何で僕もそちらに混ぜてるんですか、自分の無能さを他人に擦り付けないでいただきたい」


「うるさい妾抜きにして進めるんじゃないわよ。それで何? 忘れてたことって」


 ざっくり切るリーアに、ダンは黙ってその鋭い爪のある人差し指を、リーアの胸元に向けた。


 それに、最初わかってなかったリーアだったが、刺してる先がペンダントと気が付いてやっとわかった。


「アンチマジック!」


 思わず独り言、そしてペンダントに手を重ね、意識を集中させる。


「おい、こいつちょっと前に呪文なかったとか抜かしてなかったか?」


「親が裏でやってたとかぁ、脳内で設定変えてんだろぉどうせぇ」


 堂々と陰口を叩かれながらもリーア、魔力を通しペンダントを青色に光らせる。


「おいちょっと待て」


「bomba!」


 呪文の完成、広がる光、そしてトーチャとへばりついてた瘤、ぼとりぼとりと落ちた。


「どうよ! これで妾は姫よ! ひれ伏しなさい!」


 満面の笑みを浮かべるリーアに、だけども四人に変化はなかった。


「これよぉ。外したところで禁術使えるってぇだけで、王族云々かんけぇねえんじゃねぇか?」


 ケルズスの指摘に反論しようと口を開くリーア、だけども言葉が出てこない。


「つぅうかよぉ。ひょっとするとこれって王族の地位を餌に禁術使い釣るための餌なんじゃね?」


「手段なんかどうでもいいわ。妾が抜いた。それが事実よ。違う?」


「いやぁ、それ見てたの俺様と愉快な下僕だけだし」


「四人もいるのよ。不足?」


「数の問題じゃねぇって。つぅうかそれでいいなら、俺様がぶち抜いた方が証人多いから俺様が王族って落ちだぜ?」


 やっと回復してきて上半身起こすケルズスの前に、リーアは大切なはずの聖剣を投げ捨てる。


 響く金属音、腹立ちまぎれの癇癪、リーアはスカートの裾を両手でぎゅっと握りながらその顔を俯かせる。


 泣きそう。


 そう察した蛮族四人、やばいという空気、目線交して責任のなすりつけ合い。


 だけどもリーアはまっすぐ顔を上げ、潤んでもない眼で前を見た。


「いいわ。だったら次よ。別に、妾が姫である証は、ここにしかないわけじゃないもの」


 そう言い捨て、ずんずんと出口へと歩いていくリーア、その背中を見て肩をすくめてトーチャが続く。


「おぃい、俺様はまだ本調子じゃねぇんだぞ」


 立ち上がり、足を引きずりケルズス、その後にマルクと、投げ捨てた聖剣を拾うダンが続いていく。


「あ」


 とリーア、立ち止まる。


「忘れずに聖剣回収しなさいよ。証にならなくても大事なものですもの。それに機会があればまた証に……」


 リーアと、続いてた三人、振り返ってみた先で、ダンは拾った聖剣を、レプリカの詰まった樽の中へと、すとんと差し入れた。


 …………段々と、しまった、という表情に変わっていくダン、その目がいくら探しても、レプリカに混ざった本物は、区別できなくなっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る