パワー対パワー

 ソードコロシアム本来の観客席、石でできた座席にはまばらな観光客の姿、下で頭越しに見るより高い所からの方が見やすいと判断した連中がそれぞれ集まってあれやこれやとニタニタしていた。


 その中で一人、このコロシアムで唯一不機嫌を隠さないリーアがどかりと、足を組み、腕を組んで座っていた。


 その右手にはドンが、左手にはマルクと荷物が、頭上にはトーチャがせわしなく飛び回っている。それらを無視してリーアが見下ろす先、前の席にはケルズスが置いていった鎧と剣と黄金の籠手、錆と汗の臭いが立ち登ってくる。


 更にその向こう、ソードコロシアムの内、砂ジャリの上、聖剣の前の広場を囲うように観光客が囲い、熱狂し、これから開催されるケルズスと相手側ローズとの激突に胸躍らせ、興奮からか足を踏み鳴らし、ざわめきが響き渡っていた。


 漢比べ、どちらが強いかは永遠のテーマ、とは歌っていたが、その周囲を飛び回るのは賭け金を集めてる連中、結局これもギャンブルなのだった。


 まるで建国前の野蛮な時代、教科書にも載ってなかったような太古の時代が蘇ったかのようで、リーアは機嫌が悪かった。


 そこへ、空気も読まず男がやってくる。


「どうだい、お宅らも一口、っていっても身内が出場だから八百長防止で選べるのは挑戦者だけだがね」


「……どうする?」


「僕に訊かないでください」


「まぁ、勝敗は、心配あるまい」


「それはそうですよ。こんなところで負けるようでしたら僕の付き人はさせてませんよ」


「問題はそっちじゃねぇだろ」


 リーアを挟んで話し合うダンとマルク、そこへ頭上のトーチャが入る。


「俺っちが賭けるなら、儲けた額の四倍は使い切るまであいつのおごり扱いでうざい目に合う、だろ?」


「僕もそう思ってました」


「なるほど、賢くないわりに鋭い指摘だ」


「なんだとてめぇ」


「おーい、もめてないで賭けるかどうか決めてくれ。ちなみに自信満々のご様子だが、ベットは四と半分だぜ」


「何よそれ」


「一賭けたら四倍と半分になって帰ってくるってことだよお嬢ちゃん」


「じゃあお得じゃない。これで足りる?」


 そう言ってリーアが取り出したのは金貨一枚、四人に配ったのと同じモノだった。


「あーーー足りるけど、もし当たっちゃったらここら一帯破産だな」


「それが狙いよ。根こそぎ買いたたいて全員ここから追い出してあげるわ」


「そりゃあ、頑張って、応援して、祈ってな」


 半笑いで男は金貨を受け取り、紙に金額と割り印、半分切って返す。


「そいつが引換券だ。当たったら持ってきな」


「ありがとう。もういいわ」


 そっけない反応に肩をすくめて男が帰っていく。


 それを見もせず、引換券をしまうとその右手をダンへ差し出して……待っても反応がないので睨み上げる。


 「……なんだ?」


「巻きピザ、妾の」


 言われたダン、きょとんとして、両手を上げてナイナイする。


「は? 何よ渡したでしょ? 持っててって」


 言われてもないものは無く、ダンはただ無言でぺろりと、赤い舌で唇を舐めるだけだった。


「あなたね!」


 リーアの叱責をかき消すように歓声が沸き上がった。


「お待たせいたしました! これより! 緊急スペシャルマッチの開始です!」


 小屋の上で声を張り上げてるのはここまで案内してきた細い男だった。


「まずは挑戦者! 溢れる筋肉! 黄金の手! ケルズスの参戦だぁ!!!」


 一斉に沸き起こる歓声、同時に群衆の中から広場に入るのはケルズス、この距離でもわかる大きさ、丸みを帯びた体は流動して筋肉を魅せ、そしてまだ高い太陽の光で反射する禿げた頭、両手を上げて応じている。


「迎え撃ちますのはわれらがチャンピオン! 無敗の男! ニヒルな笑顔が美しいナイスガイ! ハイパワー! ローズの登場だぁあああ!!!」


 より一層盛り上がる歓声、応じて登場するのはあの大男、鳩胸をなお膨らませ全身のアクセサリーと白い歯を輝かせながら、この距離でもわかる葡萄一房揺らして片腕上げて入ってきた。


「さぁ! それでは最後にお馴染みのルール確認! 場所はここ! 時間無制限! 決着はどちらかがぶっ倒れるかくたばるか! あるいは無様に命乞いして終了だ! そして用いる武器はこいつだ!」


 同時にまた群衆から登場、男四人が引きずるように持ち込んだのは錆びの浮いた、金属の大きな箱、リーアどころかケルズスさえもすっぽり入れそうな中に、雑に突っ込まれている沢山の剣だった。


「先に武器を選ぶのは挑戦者! ついでに仕掛けがないか調べても良いぞ!」


 運び手四人が退場すると共にケルズスが進み出て、一瞥、手を突っ込んで掻きまわし、そして一本、大剣を引き抜いた。


 普段担いでいたのと比べたら棒きれのような、だけども他の剣と比べたらやっぱり大きな剣を軽々と右手一本で振り、刃先を指でなぞって確かめる。


「まぁ、流石に刃は落してるでしょうね」


「なんだよ血は恐いってか?」


「洗うのが面倒なんだろう」


「だろうじゃなくて巻きピザ!」


 四人の方に目も向けず、ケルズスは選んだ剣を素振りしながら箱から離れ、代わりにローズが進み出る。


「おい出るぞ」


 誰かの一言がリーアに届いた。


 そしてローズ、徐に手を伸ばし、剣ではなく箱の端を掴むと、そのままグイン、持ち上げた。


 錯覚じゃない。


 影がちゃんとできている。


 ジャラリ、中の剣が片方によって音が鳴り、ジャラジャラと零れ落ちて空の箱、それでも絶対重い金属の塊を、ローズは高々と頭上まっすぐ真上に構えて持ち上げた。


 スケールの違うパワー、リーアの知っている世界の常識が壊れて崩れて、立て直すより先に鐘がなった。


 開始の合図だと気が付いた時にはもうローズは動いていた。


 まるで加重を感じさせない歩み、だけど足跡だけが深々と残って、そしてアッと今に間合いが潰れて、箱を、叩きつけた。


 ごがああああああああああああああんんんんんんんんん!!!!!


 リーアがこれまでで聞いた中で最も大きな音、金属の箱が打ち鳴らされて反響するすさまじい音、すり鉢のコロシアムに響き渡って、だけども観客共々静まり返ったのは音の発生源が健全だったからだった。


「なぁんでぇ、それ、使ってよかったのかよぉ」


 リーアの元まで届くケルズスの一言、健在だった。


 丸みの、剣を持って振り上げた右腕一本で、箱の一打を受け切っていた。


 威力がなかったわけではない。


 その証拠に足のジャリ、水の波紋のように広がっている。


 受けてなお、平然と立っていた。


「じゃ、俺様の番だなぁ」


 笑顔が見えそうな嬉しそうな声、同時に右腕が跳ね、頭上の箱を跳ね退かす。


 これにやっと重さを思い出したローズ、大きく態勢を崩して、そこから両手で箱を持ち直し、防御の姿勢、踏みとどまった。


「おらぁ、ちゃんと踏ん張れぇあ!」


 そこへケルズス、全身の肉を波打たせての全力連撃が降り注ぐ。


 ガインガインガインガインガイン!!!


 最早何に例えたらいいのかもわからない金属の連続音、右手一本、手首のスナップ効かせた、しなるような動きで打ち付ける剣が、見る見るうちに四角かった箱を丸く凹ませていく。


 そしてどんどんと追い詰められていくローズに反撃の余裕はない。


「おっしゃああこれでどうだぁああ!」


 ケルズスの雄たけび、気合のこもった横薙ぎ、重い一撃に、ローズの箱も振るった剣も同時に限界を迎えて千切れ飛んだ。


 ガロン! カン! ザク!


 音を立てて落ち転がる金属の箱、同様に折れて飛んでったケルズスの剣先は、音を立てて聖剣に当たって落ちる。


そのどちらもがジャリに触れるよりも先に、ケルズスの踏み込み、右手に残る剣の残骸で、呆然としているローズへ斬りかかった。


 「どりゃああもらったあああ!!!」


 瞬間、リーアの顔を覆う肉球、巻きピザの臭い、目隠ししてきたダンの手を払いのけて見た光景は鮮血だった。


 鳩胸、斜めに切られて血飛沫散らすローズ、揺れる葡萄一房、だけどもリーアの目には、まだ余裕の笑顔に見えた。


 刹那、一瞬の閃光、次の瞬間にはケルズスの体が炎に包まれてた。


「は、何よ、あれ」


「僕に訊かないでください」


「左手だな。中指、指輪からだ」


「だから何よ!」


「魔法だよ、ありゃ」


 埒の開かないダンに怒鳴り変えるリーアに、頭上のトーチャが冷静に答えた。


 それを肯定するかのように、周囲から歓声が巻き上がった。

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