第16話~16

父の介護に行き始めたキッカケは「歪んだ座標軸」に書いているが、私が49歳の終わり頃、福祉課から連絡が来て、父に会いに行ったのは私が50歳の誕生日を迎えたばかりだった。



介護と言っても父はタクシーで毎日伊勢丹に行ってしまうので、私が実家に行ってもその習慣は止まらず、仕方なく私の車で同行していた。

そして父の習慣のもう一つは必ずピカデリーで映画を観る事だった。

最初のうちは私は映画を観たくない。ミュージカルを辞める時に観ない事にしたからとだけ言ってその間私は時間つぶしをしていたが、それも面倒になり、映画を一緒に観るようになった。認知症のせいで、とにかく時間が来たら観ないといけない。すなわち同じ映画でも観ないと気が納まらない父と一緒に観るという事は、観るようになったらなったでそれは大変だった。記憶にあるのは、「永遠のゼロ」等は11回も観させられた。。不思議だったのは、早期記憶出来ない病のくせに「セリフ」だけはおぼえてしまっているようで、泣くシーンではそのシーンが来る前に泣くマインドになっていて、待ちきれず泣いているようだった。


私は私で映画を観る時、素人ではない観方になっている事にも気づかされた。

あの演技は。。この演技は。。物語にのめり込み楽しむ事が出来ていない。表情などを観る時も、「私なら。」とか、「役立てるには?」とかそういった思いに囚われてはそうか。。もう関係無いのだし。。と言う気持ちで打ち消し、再び無意識レベルで勉強のような観方になってしまっていた。。


役者さんがそんな勉強をするかどうかは知らない。ただ、私の場合は何事もどのように勉強し、どの様な結果をもたらそうとしているのか?それをきちんと話せないと殴られるという恐怖観念が植え付けられていたからだろうか?

ただし、それは「歌」の場合のみだったのだけれど。。

そして当時は映画を観に行ったりしたら「お前は女優にでもなるつもりか!ママの遺言は歌手でしょ。」と怒鳴りつけられた。

本を読みたいと思う時期があって、一心不乱に読んでいてもそうだった。「歌手になる道筋も立てられない癖に何をのんびり本を読むんだ。」と言って私の本を取り上げ、びりびりに引き裂いて私の顔めがけて投げつけられた。

歌謡曲を習っていた先生に「これからはタレントはマルチになる。歌だけやっていてはダメなのよ。お芝居も出来なきゃダメ。映画を観たり、本を読んだりして勉強しなさい。」と言われた事がキッカケだったのだけれど。。「父の頭の中は母の遺言。当時の時間が止まっていたのだと思う。」


目標を持って生きる事。近親姦被害者たちは何かにのめり込み自分の実態から逃れようとすることが多いようだ。。

私はあの頃、「ぴあ」と言う雑誌に映画観賞無料券やコンサートの招待券の応募に目立つようなはがきで応募し、編集部のたしか。。あしのれ・・れだけ〇で囲んでいた方、そんなニックネームの方から又あなたに当てましたよ。等と言うコメントを貰いながら無料券を手にしていた。本を読むことは一度中学の時にも父に暴言を吐かれ、読むのをやめていたけれど、高校の終りごろのこの時は本を読む事の楽しさを感じ始めていて、それでも読まないようにする事が悲しくてならなかった。


「歌」。。歌手になると言う決意。たとえ母からの呪縛であってもそれがあったから、いろんな辛いことにギリギリ耐えられてもいるといった皮肉な状況だったのだろう。。


父の介護。。

そのうち、父はカラオケボックスに行きたいと言い出した。

私はカラオケだけは行きたくない。と抵抗したが、佳代さん(父のマネージャーで後に籍が入っていた)とハワイではカラオケによく行ったとしきりに言うので、私も何十年ぶりかでカラオケを解禁することにした。



歌ってみて、自分の歌が随分下手くそになっている事に気づき、仕方ないなと思う間もなく、父が言う。。

「ここまで歌えてやめたのはもったいないね。」だった。

そこまでは良かったが、「あなたの歌には金がかかっているんですよ。芸能界は何が起こるか分からない。今からでもあきらめちゃダメなんです。映画を観て本を読んで歌も練習すれば、有加(自叙伝での私の名前)ちゃんは今からでもタレントになれます。。ママの遺言は今からでも間に合います。」


これには閉口した。本を投げつけ映画を観れば女優にでもなるつもりか!と怒鳴りつけた父が何を言っているのだろう。。と思った。


ある時、カラオケで私は童謡を歌った。何の抑揚もつけず、つまらなそうに歌った。「歌など上手くなりたくなかった。」そう思った。


しかし、カラオケに行く頻度が増すと、今度は厭らしい父も復活しだす。

そう。。

私がダンサーから「歌」の仕事に繋がりだした時と同じように。。

「俺の愛人になれ。ママの遺言を忘れたのか。」と。。


介護の最後の方。。よく言われた。「ママの遺言を裏切りやがったな。。」


父の要求(愛人)を拒否すると言われたのが、「あなたは生きているだけで害になる。」だったか。。

これは父の本心だと思う。。


「遺言遺言」と叫ぶ父はその遺言を悪用しているだけ。勿論無意識レベルだろう。

本心は思うようにコントロールしきれなかった妻(私の母)に対する憎悪。最後になって悲劇の主人公のように亡くなってしまった妻に向けられなかった憎悪を

母の持ち物を処分しながら処分しきれない母の子供。。勿論父の子供でもある私が父にとって一番の「害」だったのだ。


「歌」はやっぱり私にとってこびりついたチューングガム。。



そして、狂った父にとってのこびりついたチューングガムは

私の存在そのものだったに違いない。




しかし、介護の仕事をし始めて私は「歌」から違う感覚を得る事になる。

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